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第十九話 対決


 あれから三日が経過した。二宮兄弟に頼んでいた資料も集まり、相手とも連絡がつき、めでたく今日集まることになったのだ。場所は俺たちのホームであるTCCの部室である。


 俺たちはすでに部室に集合を果たしている。俺たちというのは、俺に加えて泉紗織と麻生の三人である。対する相手は一人で来るように言ってある。


「で、約束の時間は十二時ジャストなのよね?」


 すでに五分前になっている部室の時計を見ながら姫が言った。


「間違いなく十二時で約束してある」

「すっぽかされる可能性は?」

「あるにはあるが、ほぼない。すっぽかして得することがない。もし、このまま来なかったら、やるべきことを速やかに遂行するだけだ」


 俺がやることは決まっているのだ。あとは証拠がないのは今も同じだが、証拠は何もここだけにあるわけじゃない。こっちで証拠の確保ができなければ、別の場所で取ればいいのだ。ある程度目星がついている。現在の状況は、以前までとは違うのだ。


 俺の言葉に若干の疑いを感じている姫は、胡散臭いものを見るような目つきで俺をにらみつけてくる。麻生は眠そうにあくびをかみ殺している。どうにも緊張感が欠けているな。ま、今日が緊張すべきイベントであることは報告していない。例の麻薬事件と何らかの関係があることは気づいていると思うが、本当に緊張すべきポイントはそんなところではない。まずこれから来る相手がかなり重要である。おそらく二人とも驚くだろう。ま、その重要人物が来ないことには話にならないのだが。などと言っているが、俺はまったく心配していなかった。


「もう少し待て。絶対に来る。なぜなら、」


 俺が言葉を区切った理由は、部室のドアがノックされたからだ。座っている位置が一番近い麻生が応対に向かう。おそらく何の準備もせずにドアを開けたことだろう。間違いなく驚いたはずだ。そして、入ってきた人物に向かって、俺は先ほどのセリフの続きを口にする。


「こいつには守るべきものがあるからだ」


 入ってきたのは、ここにいなければおかしい人物。この部室に訪れた人間が、まず一番最初にこいつがいないことを口にした。いわばTCCの象徴であり、中心。開いたドアを閉じ、こちらに向かって一礼した人物は、お悩み相談委員会の長、岩崎だった。




「せ、先輩!」

「岩崎!」


 麻生と姫が同時に叫び、岩崎に向かって駆け寄る。


「今日は岩崎も呼ばれていたのか。久しぶりだな」

「先輩、ちょっと痩せたね。それで、悩みは解決したの?」


 口々に質問やら何やらをぶつける二人だが、岩崎は返答をよこさず、


「心配おかけしました」


 と一言。それでもいるべき住人が帰ってきて、二人はほっとした様子だった。


 悪いが、安心するべき事なんて何一つないぞ。


「話が終わったなら、座ってくれ」


 俺が言うと、二人ともむっとした表情で俺に詰め寄ってくる。


「そんな言い方ないでしょ。先輩、やっと帰ってきたのに。あんたは他にかける言葉がないわけ?あんたは、先輩が帰ってきてくれて嬉しくないの!」

「いーや、一番喜んでいるのはこいつだぜ。だって今日のことを岩崎に連絡したのは、成瀬だろ。俺たちには連絡しなくていい、なんて言っていたくせに」


 どうやら勘違いに気づいていない様子。幸せに浸るのはいいが、それは幻だ。これからこの部室で開かれるのは、宴じゃない。閻魔による裁判だぜ。


「はっきり言って、嬉しくも喜んでもいない」


 俺の言葉に、麻生と姫の表情が凍る。事情を知っている岩崎一人が、表情を変えなかった。一瞬ゆがめた口元が悲しそうな表情に見えたが、俺の見間違いだろう。


「こんな状況で帰ってきたやつを歓迎できるわけがないだろう。俺がこいつに連絡したのは当たり前だ。二人にそうやって言っていたはずだ」


 こいつは何を言っているんだ?麻生と姫が言っている。口に出したわけではないが、二人の表情が露骨にその言葉を表現していた。


「そんなの聞いていないぜ。お前の勘違いだろう」

「いや、間違いなく言った。事件の関係者と会うと」


 おそらく反論を用意していたのだろう。俺が言葉をつむぐと同時に麻生と姫が口を開いたが、そこから言葉は漏れてこなかった。これでようやく話ができる状況が整った。


「今回、俺たちが捜査していた事件に、こいつは関わっていたんだよ」


 俺は決定的な一言を口にした。


 静まる部室。凍りつく空気。今は夏で夏休みのはずだ。うだるような暑さ。焼け付くような日差し。せみの断末魔。部活動の掛け声。夏を象徴するこの全てから、俺たちは切り離されたような感覚だった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そんなわけないでしょ。先輩が麻薬を使うなんてそんなこと、あるわけないでしょ!」

「使っているなんて言っていない。関係者と言っただけだ。さすがに麻薬に手を出すような愚行は犯していないと思う。それに近いことはやっていたと思われるがな」

「どっちにしても信じられないわ。あんたが暑さにやられて病的酩酊状態に陥ったって解釈したほうがよっぽど解りやすいし、信じられるわよ。訂正しなさい!」


 この娘はいったいどれだけ俺を信じていないんだ。まあいい。俺を信じなくとも、この状況は信じざるを得ないだろう。


「じゃあ本人に聞いてみればいい」

「うるさい!私はあんたに聞いているのよ!あんたが答えなさいよ!」


 ムキになって拒絶するところ見ると、状況を正しく理解しているのかもしれない。頭の回転はいいやつだからな。すでに思い当たる節があるのかもしれない。


「こいつのために言っているのかもしれないが、これ以上の反論は、こいつを苦しめるだけだ。やめとけ」


 俺の言葉に、岩崎の体がはねる。この言葉で表情が崩れるようでは、俺の仮説が外れていないことを意味するかもしれない。この勝負、すでに俺の手中に収まっているようだ。まったく嬉しくないがな。


「成瀬、悪いがまったく理解できないし、納得できない。教えてくれ。何で岩崎がここに呼ばれたんだ?」


 もちろんそのつもりだ。だが、その前に、はっきりさせておくことがある。


「答えてくれ。あんたは、俺たちを売ったな?」

「売っていません!あれは私の意思ではありません!」


 この表情、返事で俺は確信した。間違いない。俺の仮説が全てきれいに当てはまった。


「どういう意味だよ、そりゃ!」

「こいつの中学の友人、吉村健太郎が麻薬をやっている」


 俺がこの事実にたどり着いたのは、寮に行ったときの帰りだ。


「麻生、お前も見ただろう。あのとき、村田だけを残して、吉村は内川に連れて行かれた。吉村はかなり体調が悪そうだったな」

「あー、確かに。なんだか二日酔いにでもなった感じの、頭が重そうっていうか、気持ち悪そうっていうか」

「そんな感じの連中をどこかで見なかったか?」

「え?」


 俺もすぐには思い出せなかった。どこかで、しかも最近見たような……。しばらくして思い出したのが、吉村のことだった。そして、そんなことを感じたのは、例の集会をしていた連中と対峙していたときだ。


 思い出してほしい。夏休み前からどことなく暗い影を背負っていた岩崎のテンションが急激に上がった日のことを。あれは、中学の連中を再開した後のことだ。そのあとも、高テンションをキープして、俺たちと引き合わせた。しかしその翌週、いきなり休んだ。電話での声はとても高テンションではなかった。


「再開した直後はまだ打ち明けられていなかったのだろう。しかし、その後しばらく会っているうちに、吉村とそれを取り巻く内川・村田の様子がおかしい事に気づいた。何気なく聞いてみたら、麻薬の事実を告白され、黙っていてほしい、あるいは隠すことに協力してほしいと懇願されたんじゃないか」


 この辺りは想像するしかなかったのだが、無理のない話だ。こういう流れを辿ってしまってもおかしくはない。ここまではおかしくないが、ここからがおかしい。


「あんたはそのありえない頼みに、うなずいてしまった。そのため部活は休まざるを得なかった。たとえ、嘘をついてでも、な」


 友人の少ない俺から言わせてもらえば、信じられないね。麻薬の使用が犯罪であることは、子供でも知っている事実だ。しかも窃盗や傷害じゃない。麻薬は使用している人物が、一番悪い影響をこうむる。友人ならば積極的に止めるよう、言わなければいけないところだ。もし万が一麻生が麻薬をやっていると知ったら、俺は即座に通報してやる。なぜなら俺は友人思いだからだ。ちなみにここは感動するところじゃなくて、笑うところだぜ。


「本当なのか、岩崎」


 ショックを隠しきれない様子の麻生。だが、まだどこか同情をしている様子を含んでいる。理解できないね。


「………」


 相変わらず無言をセリフにする岩崎。とりあえず反論はないようだ。


「それで、俺たちを売ったというのは……」


 麻生の言葉で、話はさらに確信へと入っていく。ここからはさらにつらい話だぜ。


「とんでもないことを打ち明けられて、ショックから立ち直れない直後に、俺からメールが入ったはずだ。相馬優希から依頼が持ちかけられた、と言う内容のメールが」


 優希自身が言っていたが、岩崎と優希は同じ中学出身らしい。となると、岩崎は相馬優希のことを知っている可能性が高い。いや、知っているだろう。現在情報通として名高いこいつだ。中学のころとは言え、その片鱗くらいは見せていたはず。そうなってくると、当然気になる。優希も暁も同じ中学だからな。


「このメールと見て、まず最初に取るべき行動は、相馬暁は吉村と同類であるかどうか調べることだ」


 これは情報通じゃなくとも、簡単に調べられる。吉村に聞いてみればいいのだから。


「聞けば、暁も同じ仲間だと言う。その暁に俺たちの魔の手が迫っている。となると、同じグループである吉村も危険だ。次に取るべき行動は自然と決まってくるな」


 すなわち、情報を流すことだ。


「相馬暁には知らされていなかったんだと思う。知っていたのなら、若干でも行動に違和感が生じていたはずだ。俺には、暁が尾行の事実を知っていたとは思えなかった。これも実際にやつらと対峙して感じたことだが、誰が、という情報は流されていなかったと思う」


 公園で対峙した連中は、『尾行しているらしい連中』の人相まで把握していなかったからな。人相まで伝えていたら、俺たちの事も、優希の事も知っていたはずだ。おそらく、『暁に探りが入れられる可能性が高い。どんなやつかは不明』みたいな情報が連中に流されたのだと思う。そんなことを感じさせる内容のセリフにいくつか覚えがある。


「俺の予想では、こいつ本人が情報を流したんだと思う。でなければ、流れている情報が曖昧すぎることに理由がつけられない」


 さっきから予想だけでしゃべっているような気がするな。気持ち悪いが、仕方ない。今は裏を取っている段階だ。岩崎がきれいにしゃべってくれれば、これはれっきとした事実になる。


「ここまでで、反論はあるか?」


 俺が岩崎に向かって問いかけると、


「ちょっと待ってよ。全く理解できないわ」


 と姫が口を挟んできた。


「何であんたのメールだけで、先輩は相馬暁が吉村たちの仲間じゃないのかっていう予想が出来たわけ?仮にただの勘だとして、何で先輩が暁の仲間に連絡を回せたわけ?」


 そのことについて、まだ話していなかったな。


「それは俺たちが会った麻薬仲間、相馬兄弟、吉村たち、それにこいつが同じ中学だからだ」


 俺が優希と二ノ宮兄弟に、中学のことを聞いたのはこういう理由からだ。


「俺たちが調べていたこの一連の事件について、吉村やこいつを含めて、全員が同じ中学出身なんだよ。こんなことが偶然の重なりで起こると思うか?偶然も何度か続けば、それは誰かの意志が介在している可能性が高い。なぜ、ここまで同じ中学の卒業生が関わってくるか。それはこの麻薬コミュニティーが、同じ中学出身という繋がりで成り立っているからなんだよ」


 今朝届いた二ノ宮一輝からのメールには、今話した内容の証拠が記載されていた。現場にいた全員のことを知っているわけではないが、少なくとも二ノ宮兄弟が知っている連中は全て、同じ中学出身者だったようだ。加えて相馬兄弟。そして吉村。ここまで来れば、同じ中学出身であるという繋がりが見えてくる。


「協力を仰いだのだから、こいつは全て聞いていたはずだ。こいつらの中学が温床になっている。となると、暁も同じ理由で、素行が悪くなっている可能性が高い。同じ理由だった場合、俺たちの捜査如何では、吉村に影響が及んでくる」


 そこまで考えれば、するべき行動はおのずと一つに絞られる。吉村を救わなければいけないと考えた場合、相馬暁を捜査する俺たちは敵だ。


「俺たちのことを売ったのは、忠告するためか、本気でリンチしようと思ったのか定かではないが、」

「売ったつもりはありません!リンチなんて、そんな……」


 耐えられなくなったのか、今まで黙っていた岩崎が俺の言葉を遮った。


「では時間を稼ごうと思ったのか?それとも単純に、連中を守ろうと思っただけの行動なのか。何にしても、俺たちは危険な目にあった。二度もな」

「いい加減にしてよ。岩崎先輩がそんなことするわけないでしょ!」


 反論を口にするのは自由だが、理由を言ってくれよ。岩崎がそんなことをするはずがない、という言葉は、今となっては何の力もないぜ。


「俺は一回目の尾行にいなかったから、何も言えないけど、二回目は岩崎に連絡しなかったんだろ?でもあいつらは尾行を察知していた。だったら岩崎のほかに情報提供者がいる可能性もあるんじゃないか?」

「ないとは言わないが、こいつがそれをしていないと言う理由にはならないな。尾行しているやつがいる、なんてことは一回解れば十分だろ。暁の周りで大きな集会がある、なんて情報を流せば、間違いなく尾行している連中を釣ることが出来る。二度目のことは、おそらく罠だな。あらかじめ情報を掴んでいたと言うより、俺たちが尾行するよう仕組んだのだろう。その網に、まんまと引っかかってしまっただけだ」


 黙り込む麻生と姫。反論はおしまいか。納得していないようだが、考えてみれば、俺がいろいろ説明してやる必要はなかった。何しろ、目の前には事の本人がいるのだからな。


「今まで俺が言ったことに、反論はあるか?」


 問いかけた相手はもちろん岩崎だ。別に間違いなく正しいことを言っているのに、皮肉をこめてこんな問いかけをしたわけではない。俺としては全く自信などないし、証拠もない。むしろ反論してほしかったね。しかし、


「何も、ありません」


 うつむき加減でこもった声を出す岩崎。そっくりそのまま正解だったわけではないと思うが、不正解と言うほど外れていたわけでもないようだ。


「じゃあ、これからどうする?」


 聞くまでもないだろうが、ここが最後の問いだ。返答次第では、完全に俺と決別することになる。


「ちなみに俺は通報するつもりだ」

「!」

「あんたが全て認めてくれたからな、証拠とまでは言わないが、俺自身に確信が生まれた。これで不安材料はなくなった。いくつか段階を踏む必要があるが、結果的に俺が通報するという意志に揺らぎはない」


 うつむいたまま、唇をかみ締める岩崎。俺の位置からは確かめようがないのだが、おそらく膝に置かれた両手は強く握り締められているだろう。


「お願いします。今回だけ、見逃してあげて下さい」


 一瞬の静けさに包まれた部室だったが、その静寂は岩崎の搾り出したような声によって、切り裂かれた。


「却下だ。俺の気持ちは今言ったとおりだ」

「彼らはたった一度、たった一歩道を踏み外しただけなんです。まだ元に道に復帰できます。お願いします」


 悪いが、退けないんだよ。ここで退いてしまったら、俺は裏切ることになってしまう。


「俺の気持ちは揺るがない」

「……何でですか?」


 うつむいたままの岩崎が、言葉に力をこめる。


「何でって、何が?」

「何でですか?何で今回に限って……。いつもの成瀬さんと違います!」

「……………」


 俺は岩崎の言葉を無視して、隣にいる二人に話しかける。


「この前約束したこと、覚えているな?」

「約束って、あー、話しかけるな、ってやつ?」

「もちろん覚えているけど」

「じゃあ、よろしく頼むぞ」


 ここからは俺と岩崎の戦いだ。手出しも、口出しも無用だ。


「そんなに彼らのことがお嫌いなのですか?」

「あいつらは関係ない」

「じゃあ見逃して下さい。彼は道を踏み外しただけなんです。たった一度のミスです。今回だけでいいので、見逃して下さい。どうかお慈悲を」

「俺が同情で動くと思っているのか?」

「思っています。私の知っている成瀬さんは、とてもお優しい人ですから」


 俺が優しいだって?笑わせる。


「それは勘違いだ。俺は他人のために動いたりしない、自分勝手な人間だ」

「では何で、私たちを妨害するのですか?彼を捕まえたところで、成瀬さんには利益はないはずです。正義感で動いているわけではないのでしょう」


 正義感だと?そんな言葉俺の辞書にあるわけない。俺の辞書にはないが、存在しないわけではない。事実、俺の辞書にはリンクが張ってあるんだ。どこに行くのかというと、答えは目の前にある。


「お願いです。今回だけでいいので、見逃して下さい。いつもの優しさを見せて下さい」

「聞くが、あんたたちのしていることは優しさなのか?」

「もちろんです。友情の証です」

「冗談でも笑えないな。それが本当の友情なら、友情なんてくそ喰らえだ」

「何ですって?」

「あんたを動かしているのは優しさじゃない。ただの義務感だ。連中があんたに抱いている気持ちも本当の友情じゃなくて、友情の押し売りだ。あんたたちの間にあるのは友情じゃない。ただの馴れ合いだ」


 きれいごとが嫌というほど似合うこいつだが、今回ばかりは全然似合わないな。自分でも違うと解っている、理解しているのに気付かない振りをして言葉にしている感じだ。胸糞悪いぜ。


「あいつに対して本当の友情があるなら、優しさがあるなら、こんなことをするべきじゃないんだ。今ここであいつを逃がして何になる。すでに薬物中毒になっているあいつを警察から逃がして、一体誰のためになる。本当にあいつのためを思っているなら、あんたたちがやることは依存症から立ち直らせることだ」


 説教なんて性に合わない。教師みたいなきれいごとを口にするのも、本来は俺の仕事じゃない。


「優しさっていうのは相手の望むことばかりをすることじゃないし、友情っていうのは楽しいだけじゃない。相手のためっていう言葉は、未来のためにあるんだ」


 言っていて、やっていて思う。こんな役目二度とごめんだ。俺の役目じゃないことを再確認した。しかし俺はやめようとしなかった。やめるという選択肢について、一切考えなかった。一体何のために?答えはとっくに出ている。二人を黙らせて、俺一人が全部を引き受けたのも、それが理由だ。


「俺がいつもと違うって?こんなことをするやつじゃないって?確かにそのとおりだ。俺だってこんなことしたくないし、正直どうでもいい。じゃあなぜ俺がこんなことをやっているかというと、」


 なぜきれいごとなんて似合わない言葉を口にして、やりたくもない説教をしているのかというと、


「あんたがやらないからだ」


 つまり、こういうことだ。


「正義感たっぷりで、要らぬ世話を焼くのはあんたの役目だろ。あんたの立ち位置だろ?だが、今回あんたはここにいない。だから俺がやっているんだ。いつもと違うのは俺じゃなくてあんただよ。あんたは罪を許すようなやつじゃないし、加担するなんてもってのほかだ。戻って来いよ。いつもの立ち位置に」


 岩崎は口を開かない。もういいだろ。


「三日だけ、時間をやる。俺は土曜日に通報するつもりだ。その時間を、せいぜい好きなように使うんだな。逃がすもよし、自首を促すもよし。老婆心ながら言っておくが、警察を甘く見るなよ。高校生が四人集まったところで、逃げ切れるような組織じゃないぞ。本当に利口な道を選びたいなら、自首するのが一番だ。それがお前たちの『始まり』になるはずだ」


 俺の言葉を聞いて、黙り込む岩崎。さて。俺が言うべき言葉はここまでだ。今岩崎が何を思っているのか、どんなことを考え、どんな行動を取ろうとしているのか。俺には想像もつかないが、せいぜい言葉が届いていることを望んでいる。これから何をしようと、岩崎の勝手である。俺はこれ以上口を出すつもりはない。終わったな。


「話は終わりだ。これ以上、この件に関して話し合いを設けるつもりはない。三日後、俺は必ず通報する。時間を有効に使え」


 俺はイスを引いて立ち上がった。これ以上、ここにいる理由はない。


「じゃあな」


 俺は振り返らずに部室を後にした。最後にチラッと見た岩崎の横顔は、泣いているように見えたが、おそらく気のせいだろう。




 部室棟の廊下を一人で歩いていると、しばらくして麻生と姫が追いついてきた。


 当然何か言われると思ったが、意外なことに何も言わずにあとをついてくるだけだった。


 部室棟を出て、学校を出て。それからしばらく誰も口を利かなかった。最寄り駅まであともう少しと言ったところで、姫が小さく口を開いた。


「さっきの話、全部本当なの?」

「俺はそう思っているが、その保障は出来ないな」

「でも、先輩は否定しなかったじゃない」


 ま、確かに否定しなかったことで一つの証拠になるかもしれないな。しかし、


「あいつは全く自分を守ろうとしなかった」


 咄嗟に、そんなつもりでやったわけじゃない、と言っていたが、それ以外は自分を庇わなかったし、言い訳じみた言葉は一言も言わなかった。


「なぜあいつは自分で俺たちの情報を流したと思う?」

「え?彼らを守るためじゃないの?」

「確かに大枠はそれで間違いじゃない。しかし、それならあいつ自身が流す必要はない。彼らに直接言ったほうが、彼らの警戒心を強めることができたはずだ」


 間接と直接では、似ているようで全く違った情報伝達になる。直接のほうが信用できるし、無関係の岩崎でなく、関係者で当事者の吉村が仲間に情報を流したほうが信頼度も高い。それに、


「岩崎が本気であいつらを守ろうとして、俺たちを売ったのなら、見た目の特徴や人数、目的なんかも正確に伝えられたはずだ」


 なぜそうしなかったのか。答えは出ている。


「あいつは中学の連中を守るとともに、俺たちも守ろうとした。中学の連中が情報を回した場合、連中は俺たちと一度会っている。おそらく顔や背丈という特徴を事細かに教えることが出来た。そうなったら、俺たちはもっと危険な目に合っていたかもしれない。また、尾行をしているやつがいるかもしれない、くらいのあまり信用度の高くない情報だったからこそ、あいつらの警戒度はあまり高くなかった。そのおかげで、俺たちは助かったと言える」

「つまり、敵対していながら、私たちのことを考えてくれていたのね」

「そう。でも結局あいつはそのことを俺たちに明かそうとしなかった。だからあいつはまだ隠していることがあるんだよ。真実を全てしゃべったわけじゃないんだ」


 おそらくこんなことを言っても罪滅ぼしにもならない。などと考えたのではないか。それほど悪く思っているのだろう。寮にいったときも思ったが、相変わらず体調はよくないようで、今日も血色はよくなかったし、どことなくやせたように見えた。本当に阿呆なやつだと言わざるを得ない。他人のためにいろいろ動いて、自分が体調を崩すなんて愚の骨頂だろう。


「これからどうなるのかな」


 一体何について言っているのか定かではなかったが、


「なるようにしかならないだろ。それに何が起こっても、きっと時間が解決してくれる」

「うん、そうだね」


 どんな解釈をしても、納得しているようには見えなかった。姫がどんなことを思って、こんなことを言い出したのか、麻生が代弁してくれた。


「時間が解決してくれるまで、とても待てねえよ」


 本音はそういうことらしい。確かに、時間ってやつはいろいろな問題を解決してくれるが、何しろ時間がかかってしまう。今回のような場合は、時間には任せておけないかもしれないな。


「だが、今は待つしか出来ない」


 全ては三日後。まずは時間に身をゆだねるしかない。ただ、もう一度言うが、時間が何かを解決するには、三日ではとてもじゃないけど足りないだろう。三日ではどうにもならない可能性が高い。もし、三日でどうにもならなかったら――……。


「もし三日でどうにもならなかったら、俺たちが何とかしなくちゃいけないかもな」


 これ以上口出しするつもりはないとか、言うべき言葉はないとか言っておいて、何言っているんだろうな、俺は。寝言なのか、戯言なのか解らないが、咄嗟に出たこの言葉について、誰に言うでもなく謝罪を口にしようと思ったのだが、


「そうね、他人になんて任せてられないわ。ほしいものがあるなら、自分で動かないと」


 姫に賛同されるとは思わなかったな。どうでもいいが、そんなことに驚いてしまった。


「何よ。何見ているのよ?」

「いや、理由はない」

「あ、そ。言っとくけど、あんたに賛成しているわけじゃないわ。これは私自身の考えよ。それ以外の何者でもないんだから」


 こいつもエスパーなのか?考えていることをずばり当てられてしまったな。それとも、俺は考えていることが顔に出やすい質なのだろうか。


「俺だって協力するぜ。今日久しぶりに岩崎が部室に来て解ったんだが、やっぱりあそこは岩崎がいてこその部室だろう。これで岩崎がいなくなっちまうなんて、ありえないぜ」


 うちの部室にやってきた部外者たちが、口をそろえて岩崎岩崎と連呼する理由が解ったような気がする。要するに、部室の住人である俺たちも岩崎を必要としているのだ。だったら部外者が岩崎とその一味と考えていてもおかしくはない。むしろ必然だ。俺としては全く嬉しくない話だが、世間がそう認めているなら、俺も認めざるを得まい。


「先走っていろいろ考えているみたいだが、まだ何も決まっていないぞ。全ては三日後だ。それまで大人しくしていろよ、相馬優希との約束もあるんだからな」

「解ってますって」

「いちいち仕切らないで。私はあんたの部下じゃないのよ」


 とりあえず二人とも元気が出たようでよろしい。今言ったとおり、まだ何も決まっていない。この段階でしょげているのはおかしいことこの上ない。全ては三日後。せいぜい解りやすくて、面倒じゃない結末が待っていることを望むぜ。






これで推理する内容は全て終わりです。ですが、まだ事後処理的な部分が続くので、もう少しだけお付き合いください。

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