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第十八話 依頼達成?

依頼に対する事実上の解決編です。

きれいな解決ではありませんが、

ご容赦ください。




 俺たちは姫に連絡を取り、相馬優希の家の近くの喫茶店で落ち合う約束をした。


「さっきは助かったぜ。本当にヒーローみたいだったぜ」


 口を開いたのは麻生だ。全く気楽なもんだな。このセリフを聞いて、どっと疲れが増した。


「すまない。少し迷ってしまって、遅れてしまった」

「いや、ベストタイミングだったぜ」


 ここで気がついた。この二人の会話、おかしくないか。二ノ宮兄は俺と一緒に尾行を開始していた。遅れたってどういうことだ?それに麻生だが、あたかも二ノ宮兄が助けに来ることを、あらかじめ知っていたかのような話し方だ。それに、あの身のこなし。見事な一本背負い。おかしなことが多いな。


「お前、本当に二ノ宮か?」


 バカな質問だと思う。目の前にいるこいつは明らかに二ノ宮だ。間違いない。しかし、信じられないことがあって、おかしなことがある。正直いろいろ疑わしかった。ただ、次の言葉で俺の不安が杞憂であることが解った。


「ああ。二ノ宮で間違いない。ただ兄ではなく、弟の悠二のほうだがな」

「!」


 なるほど、合点がいった。確か、弟は柔道部に所属していたな。全国大会に出場するほどのうちの柔道部で、最近入部したばかりなのにもかかわらず遠征に連れて行かれるほどの実力者。素人相手なら、一本背負いでもはらい腰でも巴投げでも簡単に決められて当然だ。しかし、そういえば、


「お前は部活の遠征に行っていたんじゃなかったのか?」


 俺はそう聞いていた。


「ああ、今日の昼に帰ってきたんだ。だが、兄に言われてな。ここまでやってきたんだ」

「なるほど」


 それはご苦労なことで。確かに俺は先日、姫に言っていた。二ノ宮悠二も参加させていいと。さっそく連絡を取っていたわけだ。おそらく公園の外で連絡を待っていたのだろう。そこで麻生と会って、二手に分かれてあの場所に来たわけだ。口で説明したため、場所が解りにくく、遅れてしまったと。だいたいこんなところだろう。二ノ宮弟については、理解できた。そしてもう一人。


「麻生。お前は?何であそこにいたんだ?」

「何だ?俺だってTCCの一員だろ。お前だって、俺に連絡してきたじゃないか。忘れたのか?」


 忘れてない。話を誤魔化すな。


「だったらなぜ返信してこなかった。なぜ集合場所に来なかったんだ?」


 別に怒っているわけじゃないのだが、自然に問い詰めるような口調になってしまった。お互いの行動について、全く知らなかったのでは作戦もチームプレイもあったものではない。実際麻生の行動のせいで、俺と二ノ宮弟が危険な目に合った。これは大切なことだと思った。


「いや、まあ何だ、その……」


 言葉を濁し、中々考えが口から出てこなかった麻生だったが、


「この前のこと、俺なりに考えたんだけど、やっぱり俺が悪かったのかなって思って。確かにお前の行動は行き過ぎていたけど、いきなり殴るべきじゃなかったよな。怒鳴ったお前の気持ちも解るし、俺だってかなり頭に来た。でもあのとき俺がやったのはお前を殴っただけで、岩崎には何も言えなかった。どっちも悪いのかもしれないけど、成瀬の行動は岩崎や姫や真嶋のための行動で、俺は俺のための行動でしかなかった」


 懺悔を口にした麻生は歩みを止めて、


「悪かった」


 深々と頭を下げた。そんな麻生を見て、俺はため息を吐く。こいつは本当にまっすぐだな。笑ったり怒ったり懺悔したり。事実、あの時も麻生に対して怒りを覚えていないし、もちろん今も怒りはない。だが、そんなこと麻生には関係ないようだ。相手がどう思っていようと、自分が悪いと思ったら謝る。簡単なことのようで、実はかなり難しいことだと思う。それを当たり前のようにやるこいつは、案外大物になるのかもしれない。いや、逆か。簡単に自分の非を認めてしまうようではのし上がれない。時には他人に押し付けられるようでなければ、偉くなれない世の中なのだ。こいつはずっと下っ端だな。それも麻生らしいのだが。


「あれは俺も悪かった。止めたお前が正解だ」

「許してくれるのか?」


 許すも何も怒っていない。しかし、


「ああ。ただし条件がある」


 一つだけ気に食わないことがあった。


「一発殴らせろ」


 あれは結構痛かったぞ。しばらくまともに食事が出来なかったし、口内炎もできた。傷が開いて口から血が出るのはちょっとした恐怖だった。そこはかなり迷惑を被った。報いを受けてもらいたいね。


 麻生は若干引いていたが、ここで嫌だと言うのは男じゃない。と思ったかどうか定かではないが、


「解った。かかって来やがれ!」


 と言って、目をつぶった。遠慮はしない。俺は思い切りグーパンチを見舞ってやった。


「いってーな!何も本気で殴ることはないだろう」

「俺もかなり痛かったからな。だが、これでおあいこだ。もう何も言うな。お互いな」

「ああ」


 相当痛そうにしていた麻生だったが、最後は無理矢理笑った。かなりぎこちない笑顔だったが、その笑顔はすがすがしいという言葉がぴったりだった。





 程なくして、集合場所である相馬優希の家の近くの喫茶店に到着した。


「どうした、麻生。顔が腫れているぞ。悠二の助けが間に合わなかったのか?」

「いや、これは別件。それよりお前はどこで何をしていたんだよ」

「俺は悠二が来るまで外で待機していた。そのあと紗織のそばにいた」

「いろいろ納得いかないが、とりあえず助かった」

「気にするな。俺は当たり前のことをやっただけだ」


 といった感じですべき会話のやり取りを終えると、俺たち三人は席に座った。


 先に喫茶店に来ていたのは姫と二ノ宮兄。そしてもう一人。依頼者である相馬優希だ。姫に連絡した際、俺が呼んでくれと言っておいたのだ。


「何でここに彼女を呼んだの?捜査には関与させないって言っていたのに」


 それはもう過去の話になってしまったんだ。臨機応変と言う言葉で全てが説明できる。


「捜査に関与させない?一体どういうことだ?」


 姫の言葉の真意について、俺に問い質してくる相馬優希。その表情からわずかに怒りが見える。


「ちゃんと説明してくれ」

「ああ。解っているよ」


 適当に飲み物を注文してから、俺は話を始めた。


「実は今日も俺たちはある筋から得た情報によって、捜査を行っていた。知ってのとおり、あんたにはそのことを話していない。なぜならあんたから情報が漏れている可能性があったからだ」


 連中は相馬優希が発した最初の一言で、相馬暁の姉であると見抜いた。優希が言った言葉は『私がお願いした。彼は頼まれただけだ』というごく簡単なものだ。こんな少ない情報から相馬暁の姉であると断定するのは、簡単なことじゃない。普通じゃありえない勘のよさだ。


「私がお願いした。この一言で『この人は暁の姉だな』なんて思えるか?答えは否だ。もう少し具体的で質のいい情報がなければ、たどり着けない答えだ」

「それで、君は弟が私の行動に気付いていると考えたんだな」


 そのとおりだ。最初に立てた仮説はこうだ。


 暁は世話焼きの姉にうんざりしていた。もう付きまとわないでもらいたい。あまりお節介をかけないでほしいと思っていた。そのことについて、信頼できる友人だか先輩だかに相談していた。そろそろストーカーまがいなことをしてきそうだと。


 これくらいの情報があれば、断定は出来ないにしても、もしかして、くらいには考えるかもしれない。試しに口に出してみたら本当だった。ありえない話ではない。


「だから今回、あんたに話を通さずに捜査を決行してみた。しかし、」


 効果はなかった。姉から情報が漏れていたわけではなかったようだ。


「すまなかったな。完全に予想をはずしてしまった」


 別に本心から申し訳なく思ったわけではない。ただ、彼女の立場からしたら、知らないところで勝手に仲間はずれにされてしまったのだ。あまり気持ちのいいことではない。だが、


「いや、私こそ謝りたい。こっちが勝手に信頼してお願いしたのに、一方的に考えを押し付けてしまったようだ。すまない」

「…………」


 なぜこの人は、ここまで俺たちのことを信頼しているのだろうか。理解できない。ついこの間知り合ったばかりだぞ。とてもじゃないが、信頼なんて出来ない。変なカルト宗教にでも引っかかっていないだろうか。見た目はしっかりした人だが、どうも抜けているように感じるな。


 ま、これこそ余計なお世話だろう。俺に言われたくないだろうし。俺は言いたいことをぐっと飲み込むと、もう一度話を元に戻した。


「予想は外してしまったが、すべてが失敗だったわけではない。少なからず解った事もある。今日はそれを伝えるために来てもらったんだ」

「何?」


 俺の言葉に優希の表情が変化する。俺以外のTCCの連中も同じ表情をしている。


「おい成瀬。聞いていないぞ」

「どういうことだ?抜け駆けか?」


 ま、今初めて言ったからな。抜け駆けの意味が解らないぞ。


「はっきり言って、これは何の証拠もない。根拠も相当弱いと思っている。ただ、探すところを探せば、証拠は出てくる。警察が介入してくれば、間違いなく何かしら出てくるだろうと思っている」


 言っている自分が情けなくなってくる。俺はいつも想像と推測だけで走っているな。もう少し何とかならないだろうか。案の定、俺たちのテーブルの空気は限りなく悪くなっている。姫は眉をしかめて、こいつは何を言っているんだ、という感じの表情をしている。麻生と二ノ宮兄弟は、頭の上に疑問符を浮かべている。相馬優希は憮然としている。


「中々自信がありそうだが、その自信の理由は何だ?」

「自信なんてない。単純にその可能性が高いと思っているだけだ。それに、他の可能性が考えられない。出来ることの少ない俺たちには、可能性のあることからつぶしていくしかないと思わないか?」

「確かに」


 俺の言葉に頷く優希。姫だけが納得できないようで、


「時間の無駄にならなければいいけど」


 とぶつぶつ言っていた。さらっと無視させていただくとして、俺の考えを話そうと思う。


「以前あんたは言っていたな。弟はかなり情緒不安定だと」

「確かにそう言った覚えがあるし、間違いなく情緒不安定だな。というより、感情の起伏が激しく、体調にもかなり波があるんだ。変な病気なのではないか、と思った時期もあったが、暁自身にかなり反対されたこともあり、病院には連れて行っていない。そのころちょうど、周りから世話を焼き過ぎだって注意されていた事もあり、私も自重していたんだ」


 なるほど。心配性でありお節介であるらしい。それほど大切な弟であるということなのだと思うが、さすがに鬱陶しいかもしれない。この人が俺の姉だったら、かなり嫌だな。愛情っていうのは、一般的には温かいものだが、それが重圧に代わってしまうことも少なくない。いくつかある『思い』の中でも、かなり『重い』部類に入るわけだ。…………。なんてうまいこと言っている場合ではない。とりあえず話を続けよう。


「あんたの予想、かなりいい線行っていると思う」


 俺の推測が正しければ、の話だが。


「何?じゃあやはり暁は病気なのか?」

「病気と言われれば、病気だ。間違いじゃない。だが、一般に言うものとは違う」

「じゃあ一体なんだ。焦らさないで教えてくれ」


 そう慌てるな、と言って聞く相手ではないだろう。でも落ち着いてほしいね。本当の病名なんて解らないし、事実かどうかも怪しい。何せ、推測なのだからね。


「重ね重ね言うが、これはあくまで俺の推測だ。早合点しないでもらいたい。いいな」

「解っている。それで、暁は一体何の病気にかかっている……可能性があるんだ?」


 解ってもらえたようで、安心した。


「おそらく依存症だな。正式な病気なのかは俺も知らない。病名も解らない。何の依存症なのかも解らない」


 ただ、ここまで言えば解ると思う。今、世間を賑わせている『あれ』である。


「依存症?というともしかして、」


 そう、麻薬だ。


「相馬暁は麻薬をやっている。いや、暁に関しては解らないが、暁のお仲間はやっている可能性がかなり高い」


 過去の状況から整理してみる。一番解りやすいのは今日あった出来事だ。俺たちは二十人ほど、暁のお仲間と対峙したが、タイプは三つに分かれていた。とにかく楽しそうで浮かれまくっていた連中。暗くなっていたり、苦しそうだった連中。二重尾行をしていて冷静そうに見えたが、明らかに感情の起伏が激しかった連中。麻薬にもいくつか種類がある。それぞれ違うものを使っていたのか、それとも使用前使用後みたいな時間的経過で変化が生じていたのか。俺には解らないが、どれも薬物を使用している連中の特徴を顕著に見て取ることが出来る。


 俺の推測が当っているかどうかは解らないが、連中の行動について合理的な説明が出来る。それが麻薬を使っているという推測だ。


「俺たちを襲ってきた連中には、薬物中毒の気配が読み取れた。あんたの話を聞く限り、暁もやっていそうな気配が漂っている」


 他にもう一人、薬をやっていそうなやつがいる。ここで言う必要はないと思うので、割愛するが、そいつも相馬暁に遠からず繋がっていると俺は考える。要するに、本人も入れて相馬暁の周りには薬物のにおいが充満している気がするのだ。


「あくまで可能性だ。俺は高いと思うが、こんな無根拠に近い状態で警察を呼ぶのは、さすがに常識知らずだと思うし、少なからず周りにも迷惑をかける。だから警察に通報するのは自重しておこうと思う。今はまだ」


 俺たちが襲われたと言う事実を警察に訴えれば、連中を捕まえることが出来るかもしれない。ただ、今はもうそれなりに時間が経ってしまっているし、俺たちは誰も殴られたり、怪我を負ったわけではない。おそらく目撃者もいないだろう。連中がどこの誰であるか全く解らない俺たちにとって、一体誰をどうやって警察に突き出せばいいのか解らないので、この方法はすでに使えないものとなってしまっている。逃げている時に通報すれば間に合ったかもしれなかったが、俺は必要ないと考えていた。遠くない未来、通報できると考えていた。今はまだ出来ないだけで。


 明らかに含んだ言い方だったと自分でも思う。


「今は、と言うからには、いつか通報するつもりなんだな」

「もちろん」


 だが、今じゃない。今はまだ何も掴んでいない。それに、


「この時間的猶予は相馬暁じゃなくて、相馬優希、あんたにプレゼントしようと思う」

「どういうことだ?」


 俺が証拠を掴もうとしているターゲットは相馬暁ではないのだが、もしそいつが麻薬を使っていると解ったら、おそらく暁にも警察の捜査が回ると思う。そうならなかったとしても、俺はそういう風に仕組むつもりだ。俺は正義感なんて高貴なものを持ち合わせているつもりはないが、おそらくいつもの岩崎なら間違いなく通報するだろう。俺は肩書きだけだが副部長だ。部長がいない場合、俺が部長の代わりに判断を下さなければいけない。


 だが、依頼人は暁の姉である。目の前で弟が警察に捕まることを良しとしないだろう。理性では解っていると思うが、感情では理解できない。それが人間だ。


「俺はこれから証拠を掴みにいく。その間、あんたは弟と話しをしろ。逃がすもよし、自首させるもよし。何でもやればいい。その代わり、タイムリミットが来たら俺は通報する」


 最初に相馬優希が持ち出した依頼内容は、周りを探ってくれ、の一言だった。弟を取り囲む事情を調べてくれれば、あとは優希のほうで何とかする。そういう内容だったと記憶している。事情らしきものは解った。暁をどうにかするのは姉である優希の仕事であり、その他のことで俺たちが何をしようと勝手だったはず。


「俺たちは暁の周りを探り、暁が情緒不安定になっている原因らしきものを探り当てた。これであんたの依頼は達成できたはずだ。このあと何をやろうと、あんたの自由であり、俺たちの自由でもある。あんたが何をしようと文句は言わないし、俺が通報することに文句は言わせない」


 優希は黙りこんだ。考えているのかもしれないし、泣いているのかもしれない。もしかして笑いをこらえている可能性もあるが、深くうつむいている優希の顔は、俺の位置から全く見えないので何とも言えない。


 時間にして五分くらいだろうか。言葉に出すと短いが、この重苦しい雰囲気の中で、誰もしゃべらず黙って過ごす五分は、永久くらい長く感じた。


「私は、」


 重々しい感じで口を開いた優希。さて、どんな恨み言を口にするかと思っていたのだが、


「私は本当に最良の選択をしたようだ」

「は?」


 聞き間違えたと思った。だが、


「私はずっと暁の味方だったのだが、それは弟だからだ。君は暁と何の関わりもない。情けをかける理由がない。にもかかわらずこうして私たちに選択肢をくれる。私としては、申し訳なくて仕方がないのだ。先日も危険な目に合わせてしまったし、今日も知らないところで暁のために動いてくれていたのだろう。正直頭が上がらない思いだ」


 ここで一旦言葉を区切り、目元を拭う優希。泣いているのか?いや、泣くこと自体に不思議はない。今までずっと信じていた弟に裏切られてしまったのだから。しかし、


「ぜひお願いしたい。暁のためにも証拠とやらを探してきてほしい」


 再び顔を上げた彼女は笑っていた。理解できない感情だった。


「もちろんそのつもりだが、いいのか?」

「いいのか、とはどういうことだ?私が止めてくれと言ったら、止めるつもりだったのか?」

「いや、止めるつもりはない」

「おかしな話だな。では良いも悪いも、ないじゃないか」


 まるで俺がジョークを言ったかのように、本当に楽しそうに笑う優希。確かにそのとおりだが、こんなにもすんなり認めてくれるとは思わないだろう。どうにも悪い気がしてくるね。本当に通報なんてしていいのか、と。


「話を戻すが、あー、一週間時間を取ろう。来週、もう一度会おう。そのときまでに気持ちの整理をして、やるべきことを終わらせておいてくれ」


 すっかりペースを乱されてしまった俺は、無理矢理話を戻すことしか出来なかった。ずっと思っていたが、なぜこの人はここまで人を信頼することが出来るのだろうか。この際、聞いてみるか。


「聞きたいことがあるんだが、」

「何だ?」

「何であんたはそこまで俺たちのことを信じているんだ?」


 最初からそうだったと思う。例え、最近信じてくれるようになったとしても、俺たちはまだ何も成し遂げていない。信頼に足る働きをしていないのだ。信頼感を寄せられる覚えがない。


「おかしなことを聞くな。君は他人に信頼されるのが嫌いなのか?」


 嫌いではないが、気にはなる。仲のいい人や家族から信頼されるのは理解できる。しかし、最近知り合ったばかりの人間にここまで信頼されると、さすがに悪意を疑ってしまう。


「この件に関して、私はずっと独りだったのだ。教師や友人だけでなく、親からも見離されていた。優希は気にかけすぎだと。しかし、君たちは私以上にことを真剣に考えてくれている。それが、君たちの仕事なのだとしても、ここまで普通には出来ないだろう。私はそれが嬉しいんだ。君たちの真剣な取り組みに、私は私なりに応えようとしているんだ。そう考えた場合、精一杯の信頼を提供するしかない。でないと、君たちを裏切ることに繋がってしまうと思うのだ」


 言いたいことは解るが、どうにも重いな。悪いが、俺はそこまで真剣に取り組んでいるつもりはないぞ。どんな事情があろうと、麻薬に手を出すやつは、それから派生する全ての問題について自ら解決する責任がある。相馬暁がこれからどんなに過酷な人生を歩むことになったとしても、俺は全くかわいそうだと思わない。少なくとも俺が負うべき責任はないと思っている。それは逆に、俺がどんなに真剣に取り組んだとしても、この状況を何一つ変えてやれないことを意味する。俺がどんなにあがこうと、優希の信頼には応えることができないのだ。


 俺は思わず何か言い返そうとした。しかし言葉が出てこず、黙り込んでしまった。すると、そんな俺を見て優希は苦笑した。


「君はどうにも真面目すぎるみたいだな。私は君たちに、暁をおかしくしている原因を探ってくれ、と依頼した。そして君は答えを出してくれた。なら、私の依頼は完全な形で遂行されたと言えるだろう。あとのことは、全て私の仕事だ。全部たった今、君自身が言った言葉だ。私も納得している。だから私は、君にありがとうと言っているんだ。君が悩むことなど何もないはずだぞ?」


 そう言うと、優希は立ち上がった。律儀に十分すぎるほどの料金を残して。


「さっき暁のためにも、と言ったが、忘れてくれ。君は信頼が重いみたいだからな。これからのことは、君がしたいようにしてくれて構わない。って言うと、少し無責任すぎるかな」

「あんたも真面目すぎだ」

「そうか。それで、来週の件だが、どんな結果になっても私に知らせてほしい。依頼の報酬を渡したいからね」

「報酬なんていらないわ」


 応えたのは姫だった。


「あなたは勘違いしているみたいだけど、これは部活動の一環よ。部活動がお金を取るのはおかしいわ。お金以外の報酬でもね。私たちは非営利なの。気持ちだけで十分だわ」


 いつの間にか猫かぶりモードは解除されていた。優希の人柄を見て、自分も本心でしゃべらなければまずいと思ったのだろうか。それは俺も感じていたことだ。こいつは、まっすぐすぎる。こいつと話をしていると、注意されたわけでもないのに、今までの行いを悔い改めようかな、と思ってしまう。無言の圧力というやつだ。


「では精一杯の気持ちを用意しよう。それなら受け取ってくれるんだな?」

「ええ。もちろんだわ」

「俺は物でも構わないぜ」


 と麻生。調子のいいやつだな。考えてみれば、この件に関して麻生はほとんど動いていないではないか。お前がもらえる胸を張って報酬なんて、すずめの涙だろ。姫が断っているのに、物を要求するな。


「来週は岩崎さんに会えるのか?」


 未だにその質問か。しつこいと言いたいところだが、今は申し訳ない気持ちと、岩崎に対する怒りが、俺の胸中を占めているため、そんな感想は生まれなかった。


「生憎だが、来週もたぶんあいつはいないだろう。しばらくは来ないと思う。夏休みが空けたくらいに顔出してくれ。今度は依頼なんて持ってくるなよ」

「解った。今度は代わりに菓子折りでも持ってこよう」


 それもいらないぞ。本当に律儀なやつだな。不謹慎だが、相馬暁も大変だな。これほど律儀な姉を持つと、さすがに息が詰まってしまうかもしれない。事実俺は今とてもおなかいっぱいである。


「あー、最後にもう一つ聞かせてくれ」

「何だ?」


 本当に不意を衝かれた様子で、もう一度、優希は振り返った。


「最近の弟の交友関係はほとんど知らないと言っていたが、暁が中学だったころの交友関係について、知っていることはあるか?」


 今更何を聞くんだ、と言う感じの空気に包まれた。まだ解らなくていい。だが、この質問は俺にとってかなり重要なことなんだ。もう帰ろうとしているやつを引き止めてまで聞く必要がある。


「そうだな、今よりは知っていると言えるだろう。何度か家であったことがある。暁から紹介を受けた事もある。だが、名前や顔はほとんど覚えていないな」

「弟と中学は同じなのか?」

「ああ。同じ中学を卒業している」

「そうか。解った」


 俺が質問を終えると、優希は妙な顔をしていた。煮え切らないような気持ちだったのだろう。最後の最後で何か隠されているような感情を味わっていたと思う。それでも優希は、自分の荷物を持つと、どこまでも爽やかな様子で喫茶店から出て行った。いろいろな意味で、厄介な人だったな。久しぶりに敬語でしゃべらなかったことに対して後悔したくなるような相手だった。あれほどまっすぐな人も珍しいのではないか。






「さて、今度は俺たちの問題だが、」


 優希を見送ったあと、俺は目の前にいる四人に向かって話を切り出した。


「申し訳ないが、これからは俺の指示に従ってもらいたい」

「それは構わないが、さっき証拠を手に入れるみたいなことを言っていたな。何か思いついたんじゃないのか?出来ればそれを聞かせてもらいたいんだが」


 悪いな。全員に説明できるほど、自信がないんだ。それにこれは、特定の個人の評判を著しく下げかねない推測なんだ。だからここでおおっぴらに説明したくない。


「それは証拠を掴んでから言う。とりあえず今は言うことを聞いてもらいたい」

「ずいぶんな口を利くのね。あんた一人で全部やってきたつもり?」

「そんなつもりはない。だからこれからも協力を仰ぎたいと言っているんだ」


 俺にしてはずいぶん下手に出ていると思うのだが、姫は納得いかない様子。どうにも反りが合わないな。このままでは分断されかねないが、俺は自分の考えを譲るつもりはない。最悪、俺単体で証拠を集めなくてはならないかもしれない。俺はそんなことを考えていたのだが、


「姫、ここは俺たちが引こうぜ。成瀬はこう見えて、結構わがままなんだ。俺たち大人が引いてやらなきゃ、成瀬が泣いちまう」


 言ったのは麻生だ。冗談じゃないくらい不名誉な話だが、


「まあ、確かにね。こいつの言いなりになっているようで、かなり嫌だけど、いいわ。でも勘違いしないでね。私は従っているわけでも信じているわけでもないから。仕方なく、あんたの言い分を聞いてあげるだけだからね」


 姫が折れてくれたので、結果オーライである。おそらく気を遣ったのだろう。挑発して相手を操ることに長けている麻生の口車は、現時点ではかなり有効に作用したので、黙っておく。だが言いたいことがある。姫を黙らせてくれたのはありがたいが、もう少しましな嘘はなかったのか。最後の一言は間違いなく余計だろう。


「あー、話を戻すが、二ノ宮兄弟には調べ物を頼みたい。今日集会に来ていたやつや、相馬暁がよく会っていたやつの出身中学を調べてくれ」


 俺の予想では、今回の麻薬の繋がり、おそらく同じ中学がコミュニティーになっていると思う。最初に公園に言ったとき、優希を見て、一発で暁の姉であると解ったやつがいた。始めから優希を知っていた可能性が高い。優希は中学の知り合いなら多少は知っていると言っていたし、あいつクラスの人間なら、中学でも有名人だったに違いない。相馬優希は知らなくとも、相馬優希のことを知っている人間がたくさんいたかもしれない。そうなると、尾行について知らなくとも相馬兄弟の関係について知っている可能性がある。


「もし、麻薬のコミュニティーが解れば、一網打尽にすることは容易だ。警察に通報する際にも、信じてもらえる材料になるかもしれない」

「なるほど。解った、任せてくれ」


 即座に言ったのは、もちろん兄のほうだ。立ち上がらんばかりの勢いで、しかも自らの胸をドンとたたく少し古めかしいアクションつきで。で、問題は弟のほうだが、


「二ノ宮弟は当初から関わっていたわけじゃないから、抜けてもらっても構わないぞ」

「いや、協力させてもらう」


 こっちはアクションを一切せず、一言口にするだけだった。うーむ、姫の言うとおり、本当に真逆な人間であるらしい。面白いな。


「よろしく頼む」

「私たちは何をすればいいの?」


 今度は俺たちTCCの正メンバーのほうだが、


「今週の平日、時間をくれ」


 出かけるところがあるんだ。まだどこに行くかも、いつに出かけるかも決まっていない。連絡をしなければいけない。何せ相手のいる問題だからな。


「別にいいけど、何をするんだ?」

「まだ言えない。変な先入観を持ってもらいたくないからな」

「ふーん。ま、従いますけどね」

「私は従わないわ。でも、しょうがないから付き合ってあげる」


 俺としてはどっちでもいいけど、とりあえず俺の言うことを聞いてくれるらしいので、助かる。


「しょうがないついでにもう一つ、頼みがある」

「何、まだあるの?調子乗りすぎじゃない?」


 調子に乗っているのはお前だろう。だんだん腹が立ってきたぞ。俺は真面目に捜査をやっている。お前は文句を言っているだけ。なのになぜ俺がここまで言われなくてはいけないのだ。と思っていると、


「まあまあ。あいつはまだ子供だからさ、大人な俺たちがわがままを聞いてやろうぜ」


 またしても嫌な感じで、フォローに入る麻生。こいつにも腹が立ってきたな。あの説得で納得している姫にもムカつく。ま、話が進むからいいけどな。


「俺が、相手を説得している間、何も口を利かないでもらいたい。相手としゃべるのは、俺だけにしてくれ」

「それってどういうこと?誰かに会いに行くの?」

「ああ。あんたがよく知っているやつだ。話しかけたくなるかもしれないが、話しかけないでくれ」


 姫が黙り込んだ。麻生も黙り込む。おそらく、人物については想像がついているのだろう。ただなぜこのタイミングであいつに会いに行くのか。そこには至っていない様子。何度も言うが、これは想像だ。妄想と言っても構わない。俺だってこの推測が外れていてほしいね。当たっても、全然いい気持ちにならないだろう。


「話はこれだけだ。二宮兄弟は、結果が解り次第、俺に連絡をよこしてくれ。姫と麻生には追って連絡する。いつになってもいいように、今週は出来るだけ予定を入れないでくれ」


 俺の言葉に全員が頷きを返してくれた。今日はここまでだ。今日も中々ハードな一日だったが、今度はさらにハードになるだろう。それも肉体的にハードだった今日とは違って、精神的にハードな一日になるだろう。もちろん、全部俺の妄想だったと言うことになる可能性もある。全ては、次回解ることだ。せいぜいできるだけ全員が幸せに思えるエンディングを迎えられるようになってくれよ。


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