第十七話 ヒーロー
「相馬暁の件で、動きがある」
と言う情報が入ったのは、八月の第二週の週末辺りだ。情報元は二ノ宮兄。未だ危険であることに変わりはないが、少し時間が経過した。一応依頼を受けたのだ。終わらせないと先に進めない。とは言え、別にモチベーションが上がった訳じゃない。やる気があるかないかと言われれば、ない。
「動きがあるとは、具体的にどういう状況なんだ?」
集まった場所は、いつぞや来た例の自然公園の近くにある喫茶店だ。面子は俺、姫、二ノ宮一輝の三人だ。麻生には連絡を入れたが、まだ来ていない。あのやろう、まだ頭が冷えてないのか。
結構名前の有名な店のフランチャイズなのだが、客はほとんどいない。平日の午後六時過ぎという中途半端な時間であることも理由の一つかもしれないのだが、駅から多少離れてしまっているのが、一番の問題なのだろう。
「どうやら大きな集会のようなイベントがあるらしい。実は相馬暁が今回も参加するかどうかいまいち解っていないんだが、出席率はかなり高いらしいから、おそらく今日も参加するだろうと言う話だ」
どこで仕入れた情報か解らないが、中々具体的な話だな。
「その情報確かなのよね?」
「ああ。任せておけ。信頼できる筋からの情報だ」
岩崎の時に思っていたのだが、情報ってどっから入手するんだろうな。おそらく強力な人脈から仕入れるのだろうけど、今回みたいにある程度閉鎖的な集会の場合、その情報は正しいのかいまいち判断できない。その提供者は参加者なのか。もし参加者ならば、なぜ部外者である二ノ宮兄に教えるのか。参加者でないのなら、なぜそんな情報を持っているのか。その情報は正しいのか。疑問は尽きないのだが、ここは信じるしかあるまい。情報の収集は二ノ宮兄に全権任せていたわけだし、姫が信頼している以上、こいつはある程度の能力を有しているに違いない。毒を食らわば皿までも、だ。
「これから連中の元に向かうわけだが、潜入は俺と二ノ宮兄でやる。姫は待機」
「何でよ。私のこと、子供扱いするわけ!」
そういうわけじゃない。というか危険なことをする場合、何となく女性は下がっていろ的な雰囲気を出すだろ、一般的に。なぜ女子だけ庇われて、男子の人権は蔑ろにされなければいけないのかと思うのだが、ここで姫を前線に駆り出して、捕まったりするといささか面倒なので、やはり遠慮してもらうのがベターだろう。
「今日は大規模な集会らしい。危険なことになるかもしれないから、姫は安全なところにいて、連絡係になってくれ」
もしものとき、警察に連絡する役回りに人間がいたほうがいい場合もあるだろう。電話が出来ない状況もあるだろうし、一人だけ外にいたほうが、いろいろ取引できるかもしれない。
「紗織、成瀬の言うとおりだ。危険な役回りは男が担うって決まっている。それに、お前は弱点になりやすい。女子と言うこともあるが、紗織は特に小柄だし」
「そうだな。姫は小柄だしな。あと童顔だし、虚弱だし」
「何か言った?」
明らかに最後二つは余計だったな。ま、どうやら納得してくれたらしいし、早速準備をしようじゃないか。
その後、俺たちは緊急時の連絡方法や集合場所などを決めて、相馬暁が出てくるのを待った。
開始時刻に関して、情報を手に入れることは出来なかったらしいので、とりあえず目的地である例の公園に向かった。前回使った場所をそのまま利用するとは、結構大胆だな。無警戒とも言える。ま、俺たちにとっては好都合だ。姫はそのまま喫茶店で待機。俺たち男二人は、公園の入り口付近で待機して、相馬暁とその仲間たちが集まるのを待った。
張り込みをして解ったのだが、こういった自然公園のような場所は、闇が侵食してくると途端に人がいなくなる。駅前や繁華街はこれから賑わってくるころだが、心もとない街灯がポツポツとあるだけの、寂しい場所に人は集まらないらしい。
おそらく深夜になると、警察が見回りに来るかもしれない。つまり、夜とも夕方とも言える現在のような時間が、一番人気がなくなる時間なのかもしれない。やつらはそろそろやってくるだろう。そんな予感が俺の脳裏を掠めた。
その予感に違うことなく、それらしい人間が一人二人と集まり始めた。時計を確認すると、時刻は午後八時。まだまだ深夜と呼べる時間ではないが、辺りは完全に夜の帳が下り、人気はほとんどなくなっていた。
徐々に人数が増えていく。だいたい十人くらいにはなっただろうか。俺たちは行動を開始した。
「またあとで合流しよう。危なくなったら各自で逃げろよ」
「承知」
ここからは別れて尾行する。俺は連中の右から回り込んだ。
この道筋見覚えあると思ったのは、比較的早い段階だった。それもそのはず、この前相馬優希と来た時と同じ場所に向かっている。またしても前回と同じなのか。無警戒を通り過ぎて杜撰と言ってもいいだろう。一体何を隠しているのか知らないが、本当に隠し事をしているのだろうか。これも前回同様だが、尾行されている連中は全く気付く気配がない。今度は前だけでなく後ろや左右も見ているが、二重尾行の気配もない。何を考えているのだろうか。またしても嫌な予感がするね。だが、進まないわけにはいかない。
五分ほど尾行を続けたところで、連中は立ち止まり、腰を下ろし始めた。そこは若干開けた場所であり、広場と呼ぶ以外に呼び名が思いつかないような場所だった。何も敷かずに、しかも近くにベンチがあるにもかかわらず、地べたに座る辺り、最近の若者らしいと言える。しかし、中にはどう見ても十代じゃない連中もいる。未だどんな繋がりで、何の集まりなのか見当がつかないな。今のところ男しかいないが、男だけの集団なのか。
地べたに腰をすえた十数人の男たちは、おしゃべりとともに何かを始めたようだ。見たところ、飲食をしているようだが、それだけじゃないようだ。どちらにしてもこの遠目からでは判別できない。暗がりであると言うことも関係しているかもしれない。もう少し近づこうか。いや、未だ二重尾行の可能性が残っている。迂闊な行動は避けなければいけない。危険な目に合うのは勘弁願いたいからな。情けないとか言うなよ。俺は普通の男子高校生だ。ケンカすらしたことないし、人を殴った経験も片手に余るくらいだ。痛い事も怖い事も大嫌いだ。スリルもいらない。そう考えると俺はなぜこんなことをしているのだろうか。自分でも理解できない。
さらに十分が経過した。連中は相変わらず飲食をしながら談笑をしている。細かい様子ははっきりしない。緊張感も薄れてきたころだった。危険が近づいていた。
「!」
連中を超えた林の影に、わずかに動く人影を発見した。よくは見えない。顔なんて全く見えない。しかし俺はそいつが誰だか解った。
麻生だ。あのやろう、来ていたのか。いや、そんなことはどうでもいい。あんなところで何しているんだ。近すぎるぞ。何か考えでもあるのか?いや、あいつに考えなんてあるはずがない。ただ単純に動きのない現状に焦れただけだろう。あいつは本当にじっとしていられないやつだな。子供じゃあるまいし、危険な行動であることくらい解るだろう。
俺は冷や汗を流しながら連中を観察した。今のところ気付いた様子はない。ひとまず胸をなでおろすが、直後かいた汗が一瞬にして冷えた。
麻生の後ろにさらに動く影がある。それが二ノ宮兄でないことは一瞬で解った。なぜなら動く影は一つではなかったからだ。確認できるだけで五つ。何かあるいは誰かを探しているのか。首を左右に振っている。キョロキョロしているところを見ると、まだ麻生は見つかっていない様子。だが、麻生が見つかるのは時間の問題だ。どうする。姫に連絡するか?いや待て。ここで警察を呼んだ場合、当然捜査の主導権は警察が握ることになる。となると、相馬優希の弟への想いが届くことなく終わってしまうのは明らかだ。また、万が一逃がしてしまったら、この捜査はおしまいだ。せっかく捉えた尻尾をみすみす逃がしてしまうことになる。その場合も相馬優希の弟への想いは届くことなく終焉を迎える。姉弟はもう二度と解り合えなくなるかもしれない。家族はバラバラのまま、元に戻らないかもしれない。
「…………」
まだ何も起きていない。ここは待機だ。だが、麻生が見つかってしまったら……。ま、仕方がないだろう。運命だと思って、諦めるしかない。今謝っておくぞ、麻生。
そして、不安が現実のものとなった。
身をかがめていた影が、背筋を伸ばして動き出した。まっすぐ麻生の下へ。そして、
「お前か?俺たちのことを調べているっている連中は」
若干距離があったが、間違いなくこう言った。やはりばれている。だが、何かがおかしい。何かが引っかかる。気のせいだろうか。
俺が妙な感覚に頭を悩ませていると、再びヤンキーたちが言葉を発する。
「仲間はどこにいる。ここへ呼ばないと、痛い目見るぞ」
この言葉で確信した。やはりこいつらは怪しい。いや、怪しいのは見た目で解る。そういう意味じゃない。つまり、こいつらは最初から尾行されていることに気付いていた。しかし、俺たちがいつどこでどうやって尾行しているか、解っていなかった。解っていたのは、尾行されているという事実と、その尾行をしている人間は一人じゃなく複数であるという事実のみ。いつごろ、とか、どこから、とか、何人で、などという具体的な事柄は一切解っていなかったのだ。これが意味することは一体何か。
「…………」
どうやら俺の仮説が、また一歩確信へと近づいたようだ。出来れば違っていてほしかったが、現実は厳しいらしい。
とりあえずその仮説については後回しだ。またあとで裏を取るとしよう。今はやることが山ほどある。
俺は決意を固めると、今まで潜んでいた場所から勢いよく飛び出し、麻生を囲んでいる連中めがけてタックルした。
「いってな!誰だ!」
タックルを食らったやつは不意を衝かれたため、勢いそのまま吹っ飛び、しりもちをついた。
「な、成瀬」
名前を呼ぶな。
「逃げるぞ!」
俺が再び走り出そうとすると、
「逃がすかよ!」
先ほどまで楽しそうに宴会を行っていた連中(仮にAとしよう)がこちらに気付いていた。ちくしょう、周りを囲まれてしまった。やはりこのアホは見捨てるべきだったか。
「あー?なんだぁ、こいつらは……」
集団Aは俺たちのことを知らないらしい。仲間を騙しての二重尾行か。なかなかやるな。道理で無用心だと思った。計画が杜撰だったのも、全て計算か?
「すまん、成瀬」
小声で囁く麻生。謝るくらいならやるなよ。このタイミングで謝ったということは、自分の行動がまずかったという自覚があるということだ。好奇心だけで動きやがって。長い付き合いだが、今日ほどこいつの性格を呪ったことはない。しかし、
「謝罪は後で聞く。今は他にすることがあるだろう」
「違いないな」
今は仲間割れをしている場合ではない。相手は二十弱。俺たちは二人。かなりのピンチだな。どう乗り切るか。
「前回忠告したはずだぜ。二度と関わるなって」
二重尾行をしていた連中(仮にBとしよう)が凄んで声をかけてくる。
「そんな寝言は聞こえなかったぜ」
答えたのは麻生だ。麻生が聞いていないのは当たり前だ。その場にいなかったのだからな。俺はその場にいたのだが、悪いが無視させてもらう。俺は何とかして突破口を見出そうと、躍起になっていた。これから受け答えは麻生に任せることにする。せいぜい時間を稼いでくれよ、麻生。
「おいおい、格好つけるなよ。状況解っているのか?びびって頭がいかれたのか?」
「解っているぜ。びびっているのはあんたたちのほうだろ。たった二人相手に、何人集めているんだ?そんなに知られたくない秘密でもあるのか?」
麻生の言葉に閉口する集団B。こいつ、こういう才能はあるんだよな。何か納得いかないが、今は頼もしい限りだ。
「生意気な口を利くな。お前には関係ないことだ」
明らかに苛立っている様子。挑発して冷静さを失わせるのは、戦闘を行ううえで常套手段である。頑張ってもう少し挑発してくれ。
「調べているんだから関係あるに決まっているだろ。さっき自分で言っていたじゃないか。もう忘れてしまったのか?鶏っぽい頭だと思っていたけど、中身まで鶏だったんだな」
「調子乗るなよ、ガキが!」
正に一触即発。切れて殴りかかってくる寸前だ。挑発がうますぎるぞ、麻生。
集団Bは、どいつもこいつも口々に罵声を吐き、準備万端といった様子。こいつらだけでも五人いるのに、後ろに十数人いるなんて反則だろう。おそらく背後にいる集団Aも怒髪天を衝いている状態だろう。
半ば確信して、視線だけ後ろに向け、連中を確認する。すると、
「ははっは!うまいこと言うな、小僧」
「いいぞ、もっと言え!」
などと言って、かなりご機嫌な様子。何だ、こいつら。麻生の言葉を理解しながら、全く怒りがこみ上げてこないとは、聖人君子か?冗談じみたセリフを混ぜた麻生としては、笑ってもらえてとても喜ばしいのだが、決してギャグを言ったわけではない。意味が解らない。こいつら正気か?
俺は前方にいる集団Bを注視しながら、首だけ向き直り、改めて見てみる。すると、今まで気付かなかった事実に気がついた。
集団Aは全員が陽気に楽しく宴会をやっていたわけではなかったようだ。表情を見ると、二種類の人間がいる。一方は麻生の皮肉を皮肉と捉えずに、大笑いしている連中だ。酒でも呑んでいたのだろうか。だが、転がっているゴミにアルコール類は見当たらない。とりあえず楽しそうで、羨ましい。
もう一方は、眼光鋭く俺たちを睨みつけているように見えるが、どうも焦点が合っていない。それに全く楽しそうではないし、怒っているようでもない。むしろ、どこか悪いところでもあるんじゃないかというほど、辛そうだ。ある者は手で頭を支え、ある者はめまいでも起こしているのか頭を振っている。楽しそうな連中は酒でも呑んでいるようだが、こっちの連中は呑みすぎて二日酔いになってしまっているような感じだ。
ん?そういえば、こんな表情・仕草を最近見たことがあるような気がする。身の回りで体調不良を訴えているやつはいないのだが、この記憶は一体なんだ?デジャビュなのか?いや、間違いなくある。それもかなり最近のことだ。
一体いつだろうと悩むこと、おそらく一、二秒。一気に閃いた。そして、またしても仮説が補強され、新たな仮説が組みあがった。全く嫌な気分だぜ。ジグソーパズルを解いたように、見事に組みあがったのだが、浮き上がってきた絵は嫌いなやつの嫌いな表情だったような感じだ。そんな体験したことないが、想像力で補えるだろう。とりあえず、不快だ。気分が悪い。
ま、俺の気分は置いといて、ここを突破する算段が立った。俺の推測が正しければ、簡単に通り抜けることが出来るはずだ。
「走るぞ、麻生」
「おう。任せとけ」
前方集団Bは五人。後方集団Aは十数人。明らかに偏った編成だ。何の情報もなければ、迷わず数の少ない集団Bに突進するところだが、俺は集団Aに向かって突進を仕掛けた。
まず、先頭にいるのっぽの腹に向かってショルダータックルを仕掛ける。俺の動きに全く反応できなかったのっぽは、まともにタックルをくらい、ものの見事にしりもちをついた。そのまま立ったばかりの幼児のようにごろんと仰向けに倒れ込んだ。
俺は止まることなく集団の中に突っ込んだ。ぶつかっても押しのけ、捕まれても払いのける。俺と接触をしたやつは例外なく全員バランスを崩して、地面に倒れこんだ。
「やるじゃん、成瀬!ラグビーでも始めたのか?」
そんなわけあるか。俺の体格で、どこまでできるようになるのか知らないが、時間もかけず、努力もせずにレベルアップが出来るわけないだろう。これにはちゃんとした理由があるんだよ。チートとも呼べる理由がな。
わはは、と豪快に笑いながら、俺が築き上げた屍の山を乗り越えてこっちにやってくる。これで難関突破だ。仮説が限りなく事実に近づいた今、さっきとは状況が違う。二ノ宮と合流して姫に連絡をすれば、俺たちの勝ちだ。
しかし、それほど簡単にはいかないのが世の中の厳しいところだ。
「おわ!」
楽しそうに屍を乗り越えていた麻生が、不意に奇声を発した。振り返ると、屍のうちの一人に、足を捕まれている。
「さっさと振りほどけ!」
俺が叫ぶと同時に、麻生は大きく足を振り、難なく振り切ったのだが、再び走り出そうとしたとき、すでにヤンキーたちに回りこまれていた。
「舐めたマネしてくれたな!」
「ただじゃおかねえぞ!」
と不愉快な言葉を吐き、怒りをにじませる集団Bのヤンキー。見ると、手には武器が握られていた。刃物である。汚いぞ。反則だ。
「おいおい。子供相手にどこまでやるんだよ」
俺はぼそりと呟いてみた。正直呆れた。気が立っているのは解るが、さすがに考え足らずだろう。こいつらはある程度正気を保っているのかと思っていたが、こいつらも十分いかれてやがる。治安の悪い国になったな。
「後悔なら死んでからするんだな」
別に後悔しているわけじゃないが、とりあえず絶体絶命だな。
「何かいい案はないか?都合のいい秘密道具でもいい」
俺は隣で同じく冷や汗をかいている麻生に話しかけた。藁をもすがるとはこのことだ。
「お前がそんなことを言うとは思わなかったぜ。生憎秘密道具は持ってないが、まだ希望はある」
「何?」
やけに自信満々だな。言ってみろ。
「ヒーローが助けてくれる。ほら、ヒーローは遅れてくるって言うだろ。出来ればマントに仮面をつけた格好いいナイスガイがいいんだが、この際贅沢は言わない。とにかく、ヒーローが俺たちを助けてくれるに違いない」
「一体何の話をしているんだ?」
夢か幻か妄想か知らないが、全く面白くない冗談だ。そんなやつが現代にいたら、そいつはヒーローではなく変態だ。笑えないぞ。
「何をごちゃごちゃ言っているんだ。そろそろ死ぬか!」
こうなったらヒーローでも変態でもいいから助けてくれないだろうか。神は信じないが、ヒーローは信じてもいい。今だけ。
すると、俺や麻生の願いが届いたのか、遠方から足音が聞こえた。どうやらこっちに向かってくる様子。
「誰だ!」
俺の目の前で刃物を構える集団Bの一人が怒鳴る。本当にヒーローが来たとは思わないが、せめて俺たちの味方であって欲しい。これ以上敵が増えてしまったら、物語としてはふさわしくない。
俺たちの正面に立ちふさがる集団Bの連中が若干動いて振り返ったため、俺たちはその足音の主を肉眼で捉えることができた。しかし、判別は出来ない。影を見る限り、一人のようだ。集団Bの連中もよく見えていないようで、警察ではないかと疑う彼らは、若干逃げる体制を作っていた。
近づいてくるにつれて、輪郭がはっきりしてきて、服装も見えてきた。そして、俺の目はようやくそいつの顔を捉えた。そして俺は、
「あのバカ野郎!」
悪態を吐いた。悪態を吐かざるを得ない。なんであいつは一人でこっちに来たんだ。助けに来たつもりか。だったら警察を呼んで来いよ。
走ってやってきたそいつは二ノ宮兄だった。姫の話では、根っからの文化系で、運動が得意ではないらしい。どう考えても足手まといだ。しかも、あろうことか素手だった。せめて武器を持って来いよ。一体何を考えているのか、理解できないな。
「こっちに来るな。逃げろ!」
俺が叫ぶが、全く耳を傾ける様子がない。しかも、俺の言葉で、ヤンキー連中が俺たちの仲間であることを悟り、
「先にあいつをやれ!」
と命令を出していた。その言葉に対し、御意とばかりに下っ端らしい男が二人、二ノ宮兄に向かっていった。二人とも刃物を持っていた。これでは援軍の意味がない。少しでもあいつを信じた俺がバカだった。これでは共倒れだ。誰がヒーローだ。何が遅れてくる、だ。遅れて来たにもかかわらず、俺たちより先にやられてしまうではないか。これはコントかギャグ漫画だったのか?
俺は二ノ宮の敗北を確信していた。せめて刺されないことを願っていた。しかし、
「なっ……!」
俺は目の前で起こった光景を信じることができなかった。あの口だけ男の二ノ宮兄が、最初に突っ込んでいった男の刃物を見事にかわし、まっすぐ突き出した腕を両手で支え自分の肩に乗せ、これまた見事な一本背負いを決めていた。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
目の前で華麗な一本背負いを決められ、ひるんだ二人目に対して、すばやく近づくと、今度はTシャツの襟と袖を掴み、背負い投げをかました。両方とも、誰が見ても鮮やかで明らかな一本だった。
受身を取ることができず、しこたま背中を強打した仲間を見て、俺と麻生を囲む三人のヤンキーが隙を見せていた。
俺はすかさず走り出し、麻生は二発ほど拳をプレゼントしてから走り出した。
「大丈夫か?」
二ノ宮が話しかけてくる。
「ああ。それより早くここを離れよう。話は後だ」
勢いよく走り出した俺たちは、さっさと公園を後にして、最寄りの駅前まで一気に走り抜けた。九死に一生とまでは言わないが、かなり大量に冷や汗をかいた。座って休みたい。