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第十四話 慣れないことはしたくない



 俺たちは再び相馬家の前に来ていた。現在の面子は俺・姫・二ノ宮兄。そして相馬優希の四人だ。


「すまん。俺たちのミスだ」

「いや、気にするな。慣れないことをお願いしたんだ。見失う可能性もあった。君たちを責めるつもりはない。それより、これからどうするか、だ」


 現在の状況を説明すると、言ったとおり、俺たちのミスで雲行きが怪しくなっていた。


 レストランを後にして岩崎のいる女子寮に向かった俺と姫だったが、一通のメールで中断を余儀なくされた。その内容は、


『弟がまだ帰ってきていないのだが、首尾のほうはどうなっている?』


 弟の尾行はとっくに放棄してしまっていた。まだ七時前と時間は早いのだが、これから何かをする可能性が高い。これからがメインだったはずなのに、その前に弟を逃がしてしまった。これは確実に俺たちのミスだろう。


「弟が行きそうな場所に心当たりはないか?」

「いや、解らないな。今となっては交友関係にも見当がつかない」


 そりゃそうだろう。高校生にもなると、実際に紹介するかしないかは置いといて、兄弟や親に友人を紹介する機会なんてそうそうない。


「あんたはどうだ?今日の情報から、行きそうな場所は解らないか?」


 今度は二ノ宮兄に話しかける。これで解らなければ打ち止めだが、


「近くの大きな自然公園に夜な夜な忍び込んだりしているらしいんだが……」


 まだ夜じゃない。しかし、他に情報がないなら行ってみるしかない。


「場所は解るか?」

「大丈夫だ。任せてくれ」


 二ノ宮兄は力強く肯定した。暑苦しいな。


「それでいいか?」


 俺が聞くと、


「それで構わない。現場に急行しよう」


 相馬優希も力強く頷いた。この人は根っからの体育会系だな。二ノ宮兄は体育会系ではないようなのだが、俺から見れば、二人とも暑苦しくてしょうがない。とりあえず、


「よろしく頼む」




 例の自然公園は近くというには少し距離があったように感じた。現場に着いたときには、午後七時を回っていて、さすがにあたりは夜の帳が折り始めていた。しかし、公園に営業時間外という概念はない。心もとない街灯がいくつか点灯しているだけで、その身をほとんど闇にやつしているが、未だ営業中だ。身を隠しつつ、よからぬことを企むには絶好の場所だな。驚くことに、この公園は公営だった。政府が率先して非行に走る場所を提供しているとは、世も末だな。


「弟はどこにいるんだ?」


 俺が二ノ宮兄に問いかけると、


「さすがにそこまでの情報は集められなかった」


 となると、手分けして探すしかないな。大きな公園とは言え、テーマパークほどではないから、そこまで時間はかからないだろう。しかし、身を隠すところは五万とありそうだ。見つからない可能性も十分にあるのだが、単純に来ていないという可能性もある。何しろ、百パーセントここに来ているという保証はないのだ。制限時間を決めて、捜索するとしよう。


「二手に分かれよう。それで、今から一時間後にもう一度ここに集合。解ったな」


 俺の提案に反論はなかったので、早速捜索を開始するとしよう。で、組み合わせだが、


「行くよ、一兄」

「おう」


 当然のように姫と二ノ宮兄が組むことになり、残ったのは俺と相馬優希だ。


「じゃあ私たちも行くとしよう」

「ああ」


 姫と二ノ宮兄は正面入り口から右回り、俺たちは左回りで捜索を開始した。



 街灯がいくつも灯っているとは言え、木に囲まれた自然公園の中は暗闇に支配されていた。人は本能で暗闇を恐れるが、実際に理解できるような現状だった。俺は心霊現象の類は全く信じないし、夜を怖いと思うこともなくなった。しかし、これほどの暗闇。俺とて少しは気後れする。ま、そうも言ってられないのだが。


「あんた、この公園に詳しいのか?」


 尋ねたのは俺だ。隣を走る相馬優希が答える。


「ああ。まあ地元だからな。詳しいかどうか解らないが、君よりはずっと公園内の地理に精通しているだろう」


 そりゃ頼りになりそうだ。しかし、相馬優希は若干声のトーンを落として、


「それでも、弟の場所に心当たりはないのだが……」


 と呟いた。俺とてそこまで期待しているわけではない。解っているなら俺たちに相談などしなかっただろう。それにここに来て落ち込まれても困る。元気付けるわけではないが、俺はこういうことにする。


「推測するだけなら、いくらでも出来るだろう。おそらくあんたの弟は後ろめたいことをしようとしているはず。だったら人目のつかないところにいるだろう。そうなると、自然に入り口から遠い奥のほうにいるはずだ。こんな風にだいたいでいいから目星をつけて探せば、そう難しくないはずだ」


 横目で俺のことをじっと見ていた相馬優希だったが、ふっと息を吐くと、薄くだが、はっきりと微笑んだ。


「すまない。落ち込んでいる場合ではなかったな。道案内は任せてくれ」

「よろしく頼む」




 捜索を開始してから三十分が経過した。常に全力で走っていたため、体力は底をつきかけている。いや、実際底をつきかけているのは、俺だけなのだが。隣にいる相馬優希は平然としていて、俺はというと、膝に手をつけて呼吸を整えようと必死。


「大丈夫か?」


 大丈夫じゃない。一体どんな鍛え方をしているんだ?夜とは言え、夏真っ盛りだぞ。なのに、これだけ走って余裕そうな顔しているとはどういうことなのだろうか。もっとも、


「大丈夫だ」


 と言わざるを得ないのだが。せっかくターゲットの尻尾が見えているんだ。みすみす逃がしてなるものか。ここで終わらせることができれば、俺の夏休みはまだまだ続く。


 俺は流れる汗を拭うと、上体を起こした。


「行くぞ」


 と、再び闇中マラソンを開始しようとしたとき、周囲に人の気配がした。


「!」


 周囲に足音が複数。明らかにこちらに向かってくる。嫌な感じだな。俺は呼吸を殺して、周囲の闇を睨みつける。すると。


 現れたのは、若い男が五人。明らかにその手の人間だ。俗っぽい言葉を使ってしまうと、ヤンキーだ。囲まれている。一体いつから俺たちに目をつけていたのだろうか。


「お前らか。昼間、暁を尾行していた男女っているのは」


 驚いた。ばれていたのか。いや、相馬暁は気付いたそぶりを見せなかった。しかし、目の前のこいつの言葉は、紛れもなくその事実を突きつけるもの。もしかして、ここに来たのは罠だったのか。なかなか頭の切れるやつがいるみたいだな。ま、細かい話をさせてもらうと、女のほうは優希じゃなくて姫なんだ。情報が正しく伝わっていないみたいだな。などと、揚げ足取りみたいなことを心の中で呟いていると、


「いや、こいつは暁の姉だ。尾行していたやつじゃない」


 優希のことを知っているやつがいたらしい。優希の話では、相馬暁の交友関係について最近は全く関わっていなかったため、知り合いに心当たりはないと言っていたが。どういうことだ?


「何?じゃああの話は本当なのか?」

「そういうことになるな」

「……信じていいのか?」

「解らないが、今回は正解だったな」


 何やら話し合い始めた連中。内容はばっちり聞こえたが、俺には理解できない話だったので、優希に目を向ける。そして、表情でしゃべってみる。こいつら知っているか?と。俺の表情を正しく読み取ったらしい優希は、黙って首を横に振る。どうやら向こうが一方的に知っているという話らしい。


「姉のくせに弟つけ回すなんて趣味が悪いぞ」

「暁が迷惑だと思わないのか?」


 例の話し合いを終えたのか、連中がこちらに顔を向け、声をかけてくる。


「私は弟が心配なだけだ!」


 相馬優希は叫んだ。


「暁に会わせてくれ!会ってきちんと話がしたい。どんなことでもいいから、私は暁と話がしたいんだ。頼む、私を暁のところに連れて行ってくれ。知っているぞ、暁がここに来ていることは」


 しかし、そんな想いは、連中に届かなかった。


「悪いが、暁はもうここにはいない。あんたとも会いたくないってよ。今日から家には帰らないからな」

「そんな……」


 優希の表情が崩れる。それは他人の俺から見ても悲痛を感じさせるものだった。それほど、弟を心配していたのだろう。だが、その想いはこんな形で裏切られてしまった。とても辛く苦しいものだろう。それでも、


「だから暁のやることに口出しするな。それを約束するなら今日は見逃してやる」


 こんな一方的なやり取りでは納得がいかなかったようだ。


「ふざけるな!私は暁の姉だぞ!私が弟を更正させないで、誰がやるんだ!」


 この人は本当に熱い人だな。まあ、それがこの人のよさであり、弟が未だ見捨てられずにすんでいる原因ではあるのだが、現在の俺のとってはかなり迷惑である。


「あ?今すんなり引いたら見逃してやるって言っているのに、いちいちうるせえやつだな」

「見逃せないっていうなら、力ずくで黙らせるしかないな」


 ああ、やはりこういう展開になるのか。ケンカなんかしたことない俺にとっては、悪夢みたいな展開だ。


「君は逃げろ。ここは私が何とかする」


 そういうわけにいかないだろう。俺だけ逃げたら格好悪いことこの上ないし、後味が悪くて寝覚めも悪い。


「そういうこと言うくらいなら、最初から巻き込まないでくれ」


 俺がため息交じりに答えると、


「そうだな。悪かった」


 優希は苦笑気味に答えた。


「俺たちを無視して、何いい雰囲気作ってやがるんだよ!」


 焦れた相手が、ワケの解らないこと言って突進してきた。俺はそいつに向かって、かばんを投げつけた。都合よく辞書やらペットボトルやらが入っていたわけではないのだが他に武器になりそうなものがなかったのでしょうがない。投擲に自信があったわけではなかったのだが、俺の手から放たれたかばんはカウンター気味に顔面にヒットした。当たり所がよかったのか(悪かったのか)、そいつは一撃でノックアウトし、地面にひれ伏した。ガッツポーズしたいところだが、


「てめえ!舐めやがって!」


 などと言われて、残り四人が一斉にかかってきたのだから、喜んでいる場合ではない。もうかばんもないし、俺は相馬優希のように格闘技をやっているわけじゃない。一対一でも勝てるかどうか解らないのに、一気に複数名など相手に出来る訳がない。考えてみれば、相馬優希にしても武器がないので、今はただのスポーツ少女だ。これは最初から勝てないケンカだったみたいだ。


 すると、


「貴様ら!そこで何をしている!」


 と中々迫力のある声が聞こえてきた。そして、いくつかの足音がこちらに向かってくる。おかげで、


「な、何だ?警察か?」


 とたじろいだ連中は、俺たちを無視して公園の闇の中に消えていった。


「大丈夫か?」


 声を掛けられて気付いた。やって来たのはなんと、二ノ宮兄と姫だった。


「もしかして、さっきの声は二ノ宮兄か?」

「ああ。中々迫力あっただろ?」


 全く妙な特技を持ち合わせているな。ま、おかげで助かったのだが。


 俺がかばんを見つけて、ほこりを払っていると、優希が近づいてきて、


「すまない。私のせいで、危険な目に合わせてしまったな」


 暗くて表情は見えないが、声はとても恐縮した感じだった。


「気にするな。依頼を受けて時点で、面倒になるとは思っていた」


 言ってしまってから、もっと気の利いた言葉を口に出来ないものか、と我ながら格好悪さを感じていたのだが、優希は、


「君は寛大だな。助かる」


 と好意的な捉え方をしてくれたので、結果オーライだ。


 とりあえず公園を後にして、歩きながら先ほどヤンキーどもが言っていたことを報告した。


「なるほどね。何もかも向こうに筒抜けだったのね」


 と姫。


「となると、少し手が出しにくくなるな。こうやって脅迫まがいなこともしてきているわけだし、次は何をしてくるか解らないぞ」


 何気なしに口にしたような言葉だったが、二ノ宮兄の言うことは正しい。


「少し様子を見よう。二ノ宮兄は出来るだけ極秘に情報を集めてくれ」

「解った」


 なぜだか知らないが、こいつがやる気なのは本当に助かる。


「あんたは動かず、俺たちからの連絡を待ってくれ。一番危険なのは、あんただ。勝手に動くなよ」

「不本意だが、しょうがない。首肯しよう」


 俺は明日から帰省だし、麻生もまだ帰ってこない。ちょうどいいと言えば、ちょうどいいタイミングだったのかもしれないな。とりあえず相馬暁の捜査は一時中断ということになり、今日はそのまま解散した。




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