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第十二話 尾行(後)



 相馬優希の弟であるところの相馬暁について、姫と適当に話し合っていると、今正に話し合っている議題の主である相馬暁が校門から出てきた。


「あれ、もう帰っちゃうの?」


 姫が疑問を口にした。どうやらそのようだ。時計を確認すると、ここに到着してからまだ三十分ほどしか時間が経過していない。察するに、


「ここには立ち寄っただけのようだな。するとメインの用事はこれからか」


 つまりこれからが俺たちのメイン業務になってきそうだ。まずいな。そうなると、俺たちに情報源がなくなってしまう。学校外の行動範囲については、二ノ宮兄の情報網はおそらく役に立たないだろう。もちろん学校の外で高校の知り合いと会う可能性はあるが、全員が全員とも高校の知り合いとは限らない。


「どうすんのよ」


 一応追いかけよう。見失ってしまったら最悪だ。それで、二ノ宮兄は今何をしている。尾行していたのではないのか。一体どこに行ってしまったんだ。


 俺たちが二ノ宮兄に代わって尾行を開始すると、不意に姫の携帯が鳴り響く。


「もしもし」


 姫が携帯電話に応じると、


「あんた、今何しているの?」


 かけてきたのは二ノ宮兄だった。


「ターゲットはもう学校の外よ。早く出てきなさい!」


 姫が怒鳴ったあと、いくつか会話が交わされると、


「はい」


 携帯電話を差し出された。電話を代われ、ということだろう。


「何だ」

『尾行は二人でやってくれ。俺はここでの情報集めに専念しようと思う。そっちに行っても大した役に立てそうにないし、男女二人のほうがいろいろと都合がいいんじゃないか?』


 言わんとしていることは解った。確かに的を射ている。というか、校門で別れた時点で別行動を取るほうが効率がいいと解っていたんだ。何ら問題はない。


「解った。そっちは任せる。集める情報についても、お前の独断でやってくれて構わないから、いいように勝手にやってくれ」

『御意』 


 電話を姫に返して、前を向いた。


「行くぞ」

「一は?来ないの?」

「あいつは高校に残って情報収集だ」

「ふーん」


 何となく不満そうな表情をしていたが、文句は言ってこなかった。




 それからの相馬暁の行動は、普通の男子高校生そのものであった。まず最初に最寄りのコンビニに入り、立ち読みをしていた。それが待ち合わせだったらしく、二十分後くらいにきた三人の男子高校生とともにコンビニを後にした。


 その三人の格好はまちまちで、私服を着ているやつが一人。制服が二人。しかもその制服を着ている二人は全く違った制服で、片方は相馬暁と同じ制服だったのだが、もう一人は別の制服を着ていた。


「見た目はやんちゃしてそうだけど、特に悪いことはしないわね」


 姫の言うとおり、解りやすく肩を怒らせて歩いたり、すれ違う人を睨みつけたりケンカ売ったりしなかった。それどころかタバコを吸ったり、ポイ捨てをしたりなんてこともせず、むしろ善良な高校生に見えなくもなかった。もちろん、それだけで決め付けることは出来ない。


「まだ日は高いし、目立つことをやらないだけかもしれない」


 ま、単純な話、断定できるようなあからさまな行動を取らなかっただけで、捜査は何ら進展を見せていないということだ。


 ただ、友人たちと合流してからしばらく経っても、それらしい行動は取ることはなかった。


「彼女の話は本当なのかしら?」


 彼女とは、相馬優希のことだろう。それが前提条件なのだ、嘘だったら俺たちは何のためにこんなことをしているのか、全く解らなくなってしまうぞ。


 俺は前方にいる彼らのほうを見る。彼らは楽しそうに談笑しながらファミリーレストランに入っていった。


「……………」


 確かに姫の言うことも解る。前回の尾行もそうだったが、何もしない連中を尾行していても、全く面白くない。外に出るたび悪さをするとは思えないが、これほど報告をすることがないと、さすがに疑いたくもなる。相馬優希は何を思って、弟の素行が悪いと断定したのだろうか。俺が見ている限り、世間に逆らっているのは格好だけで、あとは従順に従っているように見える。これでは麻生のほうがよっぽどやんちゃなことをしている。しかし、麻生が、素行が悪い生徒、と表現されたことは一度もない。そもそも素行が悪いとは、一体何を以って決めているのだろうか。


「とりあえず、追いかけましょう。私たちもレストランに入るわよ」


 考えてもしょうがないことではあるが、これ以上何もないと、俺たちが騙されているような気がして、とてもやる気になれない。ま、それでも今日くらいは尾行を続けなくてはいけないわけなのだが。


「今日ははずれだったようね」


 連中のあとに続いてレストランに入り、大胆にも連中の隣の隣に座っている。向こうは迷惑とも取れるくらい大きな声でしゃべっているため、向こうの会話は聞こえるが、こっちの会話は聞こえないようなとても都合がいい配置になっている。


「とても無駄な時間を過ごしたような気がするわ。これでこのまま家に帰るようだったら、私は今日一日何をしていたのかしらね」


 俺だってそう思う。しかし、そううまいこといかないのが世の中だ。あと、一応言わせてもらうが、依頼を受けたのは姫だぞ。責任は一応みんなが持っているが、その中で誰が一番だと言われたら、即座に姫を指差す。


 そこで会話が終わる。ま、普通に考えたらすぐに解ることだろう。大して仲のよくない男女が、ずっと話し続けることなど出来るはずがない。しかもお互い仲良くなろうと思っているわけでもないので、会話をしようと努力するわけでもない。昼を少し過ぎて、客の出入りが若干穏やかになったこの時間。年頃の男女二人が、黙って飲み物を飲んでいたら、少し目立ってしまうだろう。何か注文でもしようか。飯でも食べていたら、会話がなくても別段おかしくはないだろう。


「ねえ」

「何だ?」

「さっきのことだけど」


 俺がメニューを手に取ると、諮ったように姫が話しかけてくる。さっきのこと?一体何のことだ?とはさすがの俺でも思いはしない。さっきというと、おそらく岩崎のことだろう。


「先輩が事件に巻き込まれて悩んでいるなら、求められていなくても手を差し伸べるべきじゃない?」


 嘘まで吐いて、俺たちの介入を阻止してきたんだ。求められていないと言うより、拒絶されていると言っていいだろう。


「自分に置き換えて考えてみればいい。あんたは無理矢理相談しろ、と言われて嬉しいか?」


 俺は嬉しくないね。そうなってくると、好意やお節介と言う域を超えている気がする。俺から言わせてもらえば、それはもう嫌がらせの域に達している。


「私は嫌だわ。でも私と先輩は違うもの。あの人は他人の好意を無下にしたりしない」


 こいつは岩崎のことを相当好ましく思っているみたいだな。人生の手本のように考えているのかもしれない。ま、言わんとしていることは解るし、否定もしない。


「それに、まだ拒絶されたと決まったわけじゃないわ。直接会って話をする必要があるわね」


 好きなようにやってくれ。俺は止めないから。ただ余計なことをして面倒ごとに巻き込むことだけは止めてくれ。


「ちょっと。何他人事みたいな顔しているのよ。あんたも行くのよ」


 何だと?行くなら一人で行けよ。


「なぜ俺が姫の用事に付き合わなければいけないんだ」

「別に私だけの用事ってわけじゃないでしょ。あんたも聞きたいことたくさんあるわよね」

「ない」


 というか、元々考え方が全く違う。俺は別に岩崎が悩んでいるとは思っていない。だいたい隠し事を無理矢理聞き出そうとするのは性に合わない。


「やるなら勝手にやってくれよ。別に止めはしない」


 俺はこう言ったあと、本来の目的であるところの尾行についてすっかり忘れていることに気がついた。あまり大きな動作はせずに視線だけを移動させてターゲットを確認。よかった。まだターゲットはレストラン内に健在だった。相変わらず声だけはでかいが、その他には特に悪いことをしている様子はない。この友人たちは善良な連中らしい。一応写真は取っておくが、こいつらは特に問題なさそうだな。相馬優希に報告する必要はないだろう。


 俺は安心して視線を元に戻す。すると、目の前にいる姫が機嫌悪そうに俺を睨みつけていた。


「何だ?」


 俺が問いかけると、


「あんた、岩崎先輩のことなんだと思っているわけ?」


 姫は突然口調を荒くした。質問の意味が解らない。何だと思っている?難しい質問だな。どう答えようか迷っていると、俺に先んじて、またしても姫が口を開く。


「あんたも普段からお世話になっているでしょ。少しは恩返ししようと思わないの?」


 恩を返すほど世話になっていると思っていないな。それに、何度も言うが、岩崎が悩んでいると決まったわけじゃない。何より、


「少し落ち着け。尾行中だぞ」


 目立つ行動は避けてもらいたい。ま、こんな叫んでいる連中が尾行をしていると思わないと思うが、それでもターゲットに顔を覚えられるのはあまりいいことじゃない。しかし、姫は、


「そんなことはどうでもいいのよ。質問に答えなさい」


 一歩も引かずに詰め寄ってくる。自分で受けた依頼を、どうでもいいと切り捨てやがった。俺から言わせてもらえば、岩崎に恩を感じていない俺より、独断で依頼を受けたのに、何の責任も感じていない姫のほうが信じられない。


 しばらく黙っていたのだが、姫は俺に対するプレッシャーを緩めようとしない。おそらくこの質問に答えないと、先に進めないらしい。やれやれだ。


「助けを求められれば、助けてやるつもりだが、俺はそう思っていない。むしろ、介入を拒んでいるような感じがする。だから、俺は関わるつもりはない」


 相談されてもいないのに、息巻いて手を差し伸べるつもりはない。逆の立場だったら、鬱陶しくてしょうがない。あんたのために、なんて言葉は自己満足の極みだ。俺のもっとも嫌いな言葉だ。


「逆の立場だったら、先輩はきっと何を犠牲にしても助けてくれると思う」

「鬱陶しい限りだ」


 言って、目の前の冷水をごくりと飲み干した。そこで気がつく。今までと空気が違った。二酸化炭素が増えたとか、アンモニア臭がするとか、そういう意味ではない。雰囲気と言い換えてもいい。とりあえず俺の周りをまとう空間が急激に冷え切った気がした。もちろん感覚だけだ。その根源となっているものは、目の前にいる。


「ずっと思っていたけど、あんたってやっぱり最低ね」

「は?」


 姫の顔から表情が消えていた。発する声からも、一切の感情が読み取れない。


「何だかんだ言ってもいつも一緒にいたから、岩崎先輩のことちゃんと考えているのかと思っていたけど、とんだ思い違いだったみたいね。がっかりだわ」


 突然のシフトチェンジに、俺は動揺していた。ずいぶんいきなりだな。人が変わったのかと思ったぞ。


「鬱陶しい限り?助けを求められれば、助けてやる?あんた一体何様のつもり?先輩は、あんたの何なのよ!」


 ついさっきまで無感情の人形みたいだった表情をしていたにもかかわらず、今度は急激にヒートアップした。今にも立ち上がらんばかりに、叫ぶ。言葉にも怒気がはっきりと確認できる。


「確かに助けを求められていないけど、先輩が素直に助けてくれって言うと思う?迷惑かけるようなことを、素直に言ってくれると思う?言わないでしょ!だからこっちが気付いてあげなきゃいけないのよ。今回私はそれを感じ取った。だから助けたいのよ」

「何を根拠にそんなことを言っているんだ?あいつは結構ずうずうしいやつだ。他人の予定を勝手に決めるようなやつだぞ。相談くらい、普通にしてくるだろう」

「先輩は気遣いの出来る人よ。ちゃんと基準を持っている。確かに周りを無視して、自分勝手なことを言うときもあるけど、難易度は低いものばかり。子供のわがままと相違ないわ。むしろ状況を考えて、わざと言っているかもしれない。でも今回は違うわ。無断で休んで、電話をしたら嘘を吐いて私たちを騙した。いつもの責任感の強い彼女なら、まずやらないようなことを、すでに二つもやっている。これはもう異常と言ってもいいわ。ここで動かずして、いつ動くのよ」

「買いかぶりすぎだろう。あいつだって嘘くらい吐くし、ずる休みだってすることもあるだろう。難易度が低かろうと、わがままであることに変わりはない。状況を考えてわざと言っているなんて、ありえない」


 言っていて、自分でも思う。曖昧すぎて討論になっていない。こんな曖昧な意見は意見とは言えないな。おそらく俺もそう思っているのだろう。最近の岩崎はどこかおかしい。姫の言っていることは、確かに間違っていない。証拠がないだけで、姫の言っていることは筋が通っている。正しい気がする。


「あんた、先輩の過去に興味がないって言っていたけど、それって先輩の近くにいる資格ないと思うわ。先輩のこと、鬱陶しいとか面倒臭いとか言うなら、はっきり拒絶して、先輩の前から消えたら?先輩のためにも、そっちのほうがいいと思うわ」


 過去に興味がありすぎるのも問題だろう。言いたくないことだって、知られたくないことだって、たくさんあるだろう。俺は今回のこともそうだと思っている。確かに岩崎はほとんど嘘をつかない。だから嘘をついた今回のことは、よほど俺たちに知られたくなかったのだと思う。だいたい知られたくないから隠しているのだ。嘘吐いて部活をサボったこと自体は許しがたいことだが、隠し事をすること自体は悪くない。それを無理矢理探るのは、趣味が悪いだろう。俺の意見も曖昧だが、姫の意見だって曖昧だ。考え方が偏り過ぎている。


 言いたいことはたくさんあった。だが、


「………………」


 俺の口からは何も言葉が出てこなかった。おそらく認めてしまったのだろう。岩崎の近くにいる資格がないことを。


 口ゲンカは黙り込んでしまった時点で、負けを認めたようなものだ。それでも表情を変えなかっただけ、ましだったかもしれない。情けないことには変わりないが。


「反論はないみたいね。私は帰るわ。これ以上あんたと二人きりでいるのは耐えられない」


 躊躇いなく姫は立ち上がった。だから自分の言ったことに責任を持ってほしいね。何度も言うが、あんたが受けた依頼だろう。だが、そういう俺も止める気はなかった。俺だって少なからず頭にきている。頭に来た相手を止めるほど、依頼に対して意欲的ではない。帰ってくれたほうが俺としても都合がいい。


 しかし、立ち上がった姫は、一向に出て行こうとしなかった。その理由は、


「お、奇遇だな。久しぶり」

「今日は二人なんだ。もしかしてデート?」


 ずうずうしいことに、そいつらは俺たちの座っているテーブルに着いた。しかも、正面にいた姫を無理矢理俺の隣に座らせて。


「二人で何しているんだ?ちょっと雰囲気悪いみたいだが」

「もしかしてケンカ?ダメだよ、仲良くしないと。で、原因は何?こういうときは第三者が介入したほうが、うまくいくんだよ」


 姫は先ほど俺に対して、何様だ、と言った。俺は先ほど、岩崎のお節介な行動が鬱陶しいと表現した。しかし、上には上がいる。鬱陶しいほどこの上ないし、何様だと今すぐ問いかけたい。


 突然俺たちの空間に潜入し、現在正面に座っているめちゃくちゃ空気の読めない二人組みは、岩崎の中学のときのクラスメート、内川麻美と村田章二だった。





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