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第九話 戦闘準備

 相馬優希が帰ってからしばらく、部室は沈黙に支配されていた。先ほども言ったが、もう一度言わせてくれ。よりによって岩崎がいないときに…………。


「どうするよ。正直、そんなに難しい依頼ではないと思うけど」


 解っていないな、麻生よ。これはかなり面倒になると思うぞ。どう考えても話がこじれてきそうな感じじゃないか。家族の問題に、他人が介入しようとしている時点で、もう面倒が生じていると言える。さらに、素行が悪い高校生男子だぞ?下手すりゃ犯罪に発展してしまうかもしれん。そうなっても全然不自然じゃない。


「やるしかないでしょ。もう受けちゃったんだから」


 この女、どこまでも自分勝手だな。誰の意見を聞くでもなく、勝手に了承出しやがって。形だけとは言え、副部長は俺だぞ。俺に権限があってしかるべきではないだろうか。ま、姫の言うことはもっともだ。今更引き返すことは出来ない。要求されているポイントは大したことではない。これを正式な契約だと考えると、相手が求めている以上の仕事はしなくてもいい。これからどんなに問題が複雑化しようと、彼女が広言した条件をクリアすれば、俺たちはお役ごめんである。定刻どおりに帰宅して、アフターファイブをどう過ごそうと俺たちの自由というわけだ。


「要するに、弟が怪しい行動を取っている理由を暴けばいいわけだな?」

「そういうことだろうな。それで、尾行してくれと依頼されたわけだ」


 あとは相馬優希のほうで、何とかしてくれるらしい。とはいえ、情報が少なすぎるな。とりあえず高校周辺から探りを入れるとして、通っている高校の情報が欲しいな。こういうことは岩崎の仕事だろうが。なぜいないんだ。


「……………」

「……………」


 全くと言っていいほどやる気が出ない俺と麻生を見て、姫が、


「あんたたち、今までどうやって解決してきたのよ……」


 まあ解決してきたとは言っても、片手に余るくらいしか事件を担当していない。しかも俺たちは毎回こんなテンションだ。いつも事件を引き受けるのは岩崎の仕事だったからな。俺たちは適当にやるだけで十分だったというわけだ。


 姫の質問に対して、肩をすくめるだけの麻生と、ため息をつくだけの俺を見て、


「仕方ないわね。私が手を打つことにするわ」


 まさか姫がそんなことを言うとは思わなかったね。手を打つ?一体何をしてくれるのだろうか。加えて、なぜそんなにやる気なのだろうか。まあそれは置いといて、


「一体何をするんだ?」

「一と二に協力を要請することにするわ」

「は?」


 一と二?なんだ、それは。意味が解らないな。


「あんたたちも会ったでしょ。私のイトコ、二ノ宮兄弟のことよ」

「…………」


 あー、あの双子のことか。いやいや、ちょっと待てよ。あいつは身内にもそんな呼ばれ方をされているのか。さすがの俺でも、兄と弟と呼んでいたのに。あいつらはその程度の区別しかつけられていないのだろうか。さすがに同情を禁じえないぞ。


「さすがにその呼び方はかわいそうじゃないか?」

「あんた、何か勘違いしていない?一応あいつらの名前で呼んでいるのよ。兄は一輝、弟は悠二。それぞれ名前の一字を取って呼んでいるのよ。別にかわいそうなことなんて一つもないわ」


 なるほど、言われてみればそんな風に名乗られたような気がしないでもないな。しかし、果たして本当にかわいそうではないのだろうか。一字取るなら別のところを取って呼んでやれよ。わざわざ数字を選択する必要はないだろう。読み方変わっているし。ま、本人が了承しているなら、俺が文句を言う余地はない。何しろ解りやすくて助かる。


「それで、あいつを呼んで、何をしようというんだ?」

「あいつら、ここに来る前、例の高校に通っていたのよ」


 ほう。それは嬉しい偶然だな。これで一応の目処はたったな。


「それで、あいつは捜査に協力してくれるのか」


 今更だが、あいつら、だったな。俺はどうもあいつらを一人の人間として認識している節があるな。ま、どうでもいいか。


「してくれるわよ。私が協力を要請すれば。今呼んでみようか?」


 言うや否や、早速電話をかける姫こと泉紗織。すごい自信だな。二ノ宮兄弟は本当に姫に仕える従者のように生活していたのだろうか。これにはさすがの麻生も同情を禁じえないようで、雨に濡れた子犬を見るような目をしていた。


「俺たちが手を差し伸べなかったら、あいつらは今もまだ姫の紐をやっていたのかな?」


 電話をしている姫に聞こえないように、麻生がつぶやく。


「もしかしたらそうだったかもしれん」


 俺は姫の生活を改善させようと思い、うちに入部させたのだが、これは二ノ宮兄弟にもいい影響を与えたようだな。正直大変だっただろう。今日はたまたまだが、おそらく今まではこれが毎日のように合ったのではないだろうか。二ノ宮兄弟に特殊な趣味がない限り、これはかなり苦行であると言えるのではないだろうか。


 そんなやり取りをしていたことなど、全く興味ないといった感じで電話を続けていた姫が、会話を終え、電話を切った。


「来るって。一のほうだけ」


 一って言うと、兄貴の二ノ宮一輝の方だな。あいつらは片方だけで動くことができたのか。いや、別々の部活に入れと言ったのは俺だったな。


「今どこにいるんだ?」

「学校に来ているわよ。一は文芸部だから、図書室にでもいるんじゃない」


 ほう。兄貴のほうは文芸部に入ったのか。それにしても、いいのだろうか。今日は部活動をするためにここに来ているのだろう。勝手に抜け出して、あとで叱られたりしないのだろうか。というか、文芸部って一体何をする部活なのだろうか。その前に、文芸部なんてものが存在していたんだな。そういえば、去年の文化祭でそんな連中の出し物を見たような気がしないでもなかったっけ。


「ちなみに弟は何部に入ったんだ?」


 この質問に関しては完全に興味だけだな。俺とて多少はあるが、聞くまでには至らない。ま、麻生の七十五パーセントは興味でできていると言っても過言ではないので、その質問に何ら疑問はない。


「二は柔道部」

「ほう。何だか百八十度違う部活に入ったな。双子なのに、興味あるものは違うんだな。それで、今日来れない理由は部活か?」

「ええ。二は全国大会に出場しているらしいの。だから、今遠征中みたい」

「ますます全然違うな。面白すぎるぞ」


 別の人間なんだ。違うことはおかしいことではない。当たり前と言えば当たり前だろう。しかし、双子に対する認識は、案外そんなものなのである。双子等々ではない俺たちから見ると、双子というだけで、どこか違う人間のような錯覚をしてしまう。だが、その先入観は当たらずとも遠からずと言った雰囲気もあるのだから面白いと思う。双子は結構趣味や性格が似たようなものになる傾向が強いような気がする。これは俺の個人的な意見で、特別調査をしたわけではないから、あまり当てにならないのだが、俺の経験上はそうなっている。しかし、今回は違ったようで、


「あいつら、見た目は一人の人間が二つに別れたみたいにそっくりなくせに、内面は正反対なのよ。一は明るくておしゃべり。完全に文系で、文化系。二は静かで大人しい。完全に理系で、体育会系。本当にきれいに区別できるから、今度二人そろったときは、そこのところ注意して見てみなさい。簡単に判別できるから」


 ふーん。面白い事実だな。兄弟は片方の何かを吸収している、なんて話があるが、これは典型的だな。


「どちらが人気あるんだろうな。やはり気さくな兄なのか。いや、クールな天才肌なんていうのも、結構人気が出そうだな。うーん、実に興味深い」


 本当にどうでもいいことに興味を持つな、こいつは。今度調べてみればいい。もしかしたら、面白い調査結果が出るかもな。


 それから麻生が一人で盛り上がり、俺たちはどうでもいい話題に花を咲かせていた。


 そして待つこと数分。


「やあ。久しぶりだな、二人とも。あの時は兄弟、イトコ共々世話になったな。紗織は迷惑かけていないか?いや、紗織がこうして他人と長いこと一緒にいることなんて、今まで一度もなかったから、正直心配していたんだけど、どうやら杞憂だったようだな。君たちには本当に頭が上がらない。おかげで紗織も高校生活を楽しんでいるようだし、俺たちも自分の時間が取れるようになった。弟なんて、全国大会のメンバーにも選ばれている。いやまあ補欠だが、それでも紗織のこと以外に熱中できることが見つかって、本当によかった。本当に感謝している。ありがとう。ところで、部長さんがいないようだが、どうかしたのか?今日の呼び出しと何か関係があるのか?」


 いきなりのマシンガントークに唖然とした。一体どの質問から答えればいいのか、全く解らない。今、一体いくつの話題を振ってきた?最初のほうはちゃんと聞いていたのだが、さすがに面倒臭くなって、後半はきれいに聞き流していた。あの時は立場や状況もあったから、ほとんど会話をしなかったが、本来はこんなやつだったのか。関わりたくなかった。


「ね、解りやすいでしょ」

「ああ」


 姫の説明どおりだな。これからはもう間違えることはないだろう。このうるさいやつが兄の一輝だな。確かによくしゃべるやつだ。まだ会話をしていないが、もう理解した。


「何の話だ?」

「こっちの話。気にしないで」

「ああ、そうなのか?」


 適当に流すと、さっさと本題に入ることにする。もうこれ以上会話をしたくないね。これ以上関わってしまって、友人だと勘違いされたくない。とんでもないことになりそうだ。思い付きだったが、こいつをTCCに加入させなくてよかった。


「それで、二ノ宮」


 聞きたいことがあるんだが、と続けようとしたのだが、


「何だ、成瀬。聞きたいことでもあるのか?何でも聞いてくれ。君の期待に応えられるか、甚だ疑問ではあるが、君には世話になった。できうる限りの事はしたいと思う」

「…………」


 名前を言っただけで、何でこんなに言葉が返ってくるんだ。いや、もう何も言うまい。こいつはこういうやつなのだ。隣でため息をついている姫を見れば、一目瞭然だ。しかもずいぶん前からこんな性格だったようだ。今更俺がどうこう言っても何も変わらないだろう。だったら俺が対応を変えるほうが手っ取り早いに決まっている。だが、これだけは言わせてくれ。俺はこいつが嫌いだ。


「あなた、今週は暇かしら?暇よね。だったら私たちに付き合ってほしいんだけど、どうかしら?」


 戦意を喪失した俺の代わりに姫が用件を伝える。何となく慣れているように感じるのだが、おそらく本当に慣れているのだと思う。こいつらはそういう関係だからな。


「ああ、暇だけど、付き合うって何をするんだ?」

「依頼が来ているの。それについて調査をしなければいけないのだけど、私たちだけじゃ情報が足りないのよ。協力しなさい」

「それは構わないが、いいのか?条件に反しないのか?」


 条件というのは、姫がTCCに入るきっかけになった事件のときに、俺がこいつらに言った条件のことだろう。この条件を提示したのは俺の独断だったので、姫と麻生が俺を見る。当然反しない。俺が言ったのは四六時中一緒にいることを回避させるために出した条件だ。今回だけ関わらせたところで、何ら問題はない。


「問題ない」

「解った。協力しよう。それで一体何をするんだ?」

「尾行だ。その現場があんたの前いた高校らしい。だからそこにいる人物の情報をくれ」

「なるほど」


 便利なやつだな。何だかTCCの下部組織的立場になってしまっているような気がするが、それはもちろん気のせいと言い切って間違いないだろう。やつらは姫の部下なのだ。俺たちとは無関係だ。


「ところで、先ほどの質問と前後するのだが、」


 またしても口を開く二ノ宮兄。今度は何だ?


「岩崎さんはどうした?」


 またその話か。そういえば、マシンガントークの最後のほうに、部長、という言葉が聞こえたような気がしたのだが、気のせいではなかったようだ。やれやれ、どいつもこいつもそればかりだな。岩崎のやつは本当に人気者だな。うらやましい限りだ。もちろん冗談だが。


「あいつは今日休みだ。実家に帰っている」

「そうか。彼女は実家暮らしだったのだな。入ってきたときに思ったのだが、彼女がいるのといないのでは、かなり違いがあるな。すごい違和感だ」


 そんなものだろうか。しかし、全員が全員とも岩崎の所在を聞いてきたのだ。偶然だ、と言って切り捨てるには確率が高すぎる気がする。それはなぜだろうか。なかなか大きな命題に感じるが、一言で解答することができる。それは、このTCCという団体が、岩崎の団体だからである。あいつが作った、あいつのための団体だ。あいつがいないことが不自然で当然だ。当たり前だ。そんなことに議論するだけ無駄だろう。


「そんなことどうでもいいだろ。それより、事件の捜査のことを話し合おう。麻生は無理なんだったな。それで、姫は月曜が無理なんだっけ?買い物はいつ行くんだ?」

「水曜日」


 ちょうどいいな。俺は月曜と火曜しか暇がない。ならば、


「じゃあ火曜に決行しよう。相馬優希には俺から連絡しておく。集合場所と時間は、追って連絡する。今日は解散しよう」


 今日は間が悪い。もう何件か依頼が舞い込んで来そうで怖い。これ以上、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。さっさと帰ることにしよう。


 俺の宣言で、帰宅が決定し、その五分後には校門から出ていた。岩崎には俺からメールを送っておいた。







私のほうで、今作が完結いたしました。なので、せっかくですから、連載ペースを週二にしたいと思います。日程は今までどおり土曜日と、水曜日にしようと思います。

よろしくお願いします。

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