青春の輪……
イタズラトリオの1頭が、納屋の近くで泥浴びをしている1歳馬へと近づいた。
「にーちゃん。シュババのヤツにいじめられたんだ……やっつけてよぉ」
1歳馬と0歳馬は、人間で例えれば中学生と小学生くらいの体格差がある。このイタズラトリオが兄に助けを求めるのも、ごく自然な行動だろう。
ところが、その兄ちゃんは険しい顔をした。
「お前まさか……あいつに目を付けられたのか!?」
「え……?」
兄ちゃんと呼ばれた馬は血相を変えていた。
「バカ! パシリにでもなってご機嫌取って来い! サイレンスアローの姉貴……チャチャカグヤに目を付けられたらどーすんだ!」
「え!? シュババのねーちゃんて、そんなに怖いウマなの!?」
兄ちゃんと呼ばれた馬は、そっと顔を近づけた。
「お前らの同級生のストロングカグヤが、可愛く見えるレベルだ」
「ええ……!?」
「わかったら、さっさと行け!」
一方その頃、僕はと言えば、放牧エリアでチャチャカグヤ姉さんから注意されていた。
「いくらエレオノールペルルさんにちょっかいを出そうとしていたとしても……やり過ぎではないのですか?」
「あのね姉さん。相手はツバメお姉さんやスタッフたちの手を焼かせる3人組だよ。こっちも強く出ないとなめられてしまうよ」
姉さんはにっこりと笑いながら0歳馬たちを見た。
「それにしては、同級生たちが怯えすぎではありませんか?」
「それは主に……僕ではなくチャチャ姉さんを怖がっているんだよ」
姉さんのこめかみに青筋が走った。
「私程度の小娘が、これほどまでに怖がられるわけがないでしょう! 何をしたの!?」
「1歳牝馬を全員、従えているくせに……」
「人聞きが悪い……私は皆さんと仲良く青春を謳歌しているだけです」
確かに、1歳馬の間でイジメは一切発生していない。不自然すぎるほどに……
「あのね、姉さん……僕たち0歳馬は姉さんが思っているほど平和な世代じゃないんだよ」
そう答えると、姉さんは深いため息をついた。
「仕方ありませんね。エレオノールペルルさん」
「は、はい!」
「0歳馬を全員、ここに連れてきてください」
エレオノールペルルは脂汗を流しはじめた。
「エレオノールさん?」
「は、はい……直ちに!」
間もなく0歳馬22頭は集まると、全員がチャチャ姉さんを見て視線を下げた。
特に緊張しているのは姉さんの恐ろしさを知っているストロングカグヤと、僕と事を構えたイタズラトリオだろう。
チャチャ姉さんは淡々と語りだした。
「皆さん……牧場の生活は短いのです。ケンカをして傷つけあったり誰かをからかったりせず、皆で仲良く自分を高め合えるような生活を心がけてください」
姉さんはしっかりと僕を見ている。
「いいですね?」
一同は「はい……」と答えるしかなかった。
チャチャ姉さんが立ち去ると、ストロングカグヤはホッとした様子で肩の力を抜いた。
「ああ~~緊張したぁ……」
「あの姉ちゃんが、グランパーソン兄さえ一目置く……チャチャさんか」
グランパレードが言うと、友人の黒毛2頭も頷いた。
「や、ヤバすぎる……」
「とにかく、今後は……ケンカ禁止だな」
牛を眺めるグループのリーダー、チャイロジャイロも頷いた。
「わかったから、とりあえず……解散しよう」
全員が立ち去ると、僕は小さな声で呟いた。
「とは言っても、姉さんたちはもうじき……訓練牧場に入学するんだけどね」
【キャラクター紹介:柿崎ツバメ】
グランパ牧場の責任者(グランパ牧場は、グランパグループの傘下にある牧場であり、完全な子会社)
2001年10月生まれ。
動物の声を生まれながらに聴きとる力を持つ。
サイレンスアローたちの実質的な馬主というべき人物。
イタズラトリオやサイレンスアローの奇行に振り回され、バケツを片手に走り回っている少女のような女性であるが、学生時代は有名どころの高校や大学を出ており、実は頭の切れる人物。
グランパ牧場は、ツバメの祖父が作ったため長い歴史を持つが、残念ながら今日に至るまでダービー馬やオークス馬を世に送り出したことはない。