表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/60

サイレンスアローとエレオノールペルル

 小生は東京優駿の優勝レイを付けたまま馬運車の前に立った。隣には共に戦ってくれた新発田恵騎手が寄り添ってくれている。

「シュババ君、これからが本当の戦いだね」

 大きく息を吸うと、ふっと息を吐いた。

 小生もこれでG1馬になった。それも東京優駿の優勝レイが肩にかかっている。だから、気後れせずに彼女とも話ができるはずだ。

「頑張ってね!」


 微笑む新発田恵騎手に感謝した。

 彼女がいたおかげで、どれだけ助かったかわからない。是非、アメリカで行われる重賞戦やブリーダーズカップでも、この背に乗って戦って欲しい。


 これほど馬運車の帰りを長く感じたことがあるだろうか。美浦トレーニングセンターが近づくごとに、何だかソワソワとしてしまう。

 隣で小生を見ていたヒダカダーロも表情を崩した。

「めっちゃ緊張してるな」

「うん、だってこれからペルルに会うんだもん」

 ヒダカダーロは、おもしろがるように笑った。

「黙って小生についてこい! とでもいうのか?」

「そんなことをしたらアメリカの芝ウマたちが悲鳴を上げるよ!」

「はは……違いねえ!!」



 美浦トレーニングセンターに着き、馬運車のドアがゆっくりと開くと、その先にはチャチャカグヤ姉さんとエレオノールペルルが立っていた。

 まずい。あの美しい葦毛を見ただけで緊張してきた。僕が過酷なレースを勝ち抜いてきたのは、いいや勝ち抜いて来れたのは、彼女に認められるためだった。

 ウマナミジミー。シリウスランナー。ヒダカダーロ。彼らは恐ろしいライバルたちだ。もし僕が過酷な競争を勝ち抜く決意を持てなければ一生勝てなかっただろう。


 今、ゆっくりとエレオノールペルルの前へと立った。彼女もこちらを意識しているらしく、表情を逸らして顔を赤らめている。

 呼吸を整える。僕は勇気を振り絞って言った。

「エレナ……G1馬になれたよ」


 そう切り出すと、ペルルは不満そうに答えた。

「月並みなセリフなのでがっかりです! サイレンスアローなら初めて会ったときのような、凄い言葉を口にするかと期待していたのに……」

 彼女に言われて、思わず苦笑してしまった。

 そうだった。僕は確かあの時、君は両利きなんだねという斬新すぎる言葉がけをしたんだった。


 じゃあ、こう言うとしよう。

「Dメル騎手を……フランスジョッキーたちさえ困らせる次世代馬を作りたい。協力して欲しい!」

 そう強く要求すると、ペルルは真顔になった。


 どうなんだろう。今のセリフも月並みだっただろうか。不満だっただろうか。がっかりさせてしまっただろうか?

 体中から冷や汗が流れ出ているなか、ペルルはゆっくりと口を開いた。

「それならば、私もサイレンスアローもしっかりと多くの競馬場を走り抜けないといけませんね」


 そういうとペルルは微笑んでくれた! 




 それから1週間後。僕は東京優駿の優勝レイを付けたまま、北海道のグランパ牧場へとやってきた。

 牧場スタッフたちは、牧場で初めて現れた優駿馬を見ようと集まってくる。いや、主役は僕だけではない。隣には優駿牝馬となったエレオノールペルルがいる。


「お帰りなさい」

 そう言いながら母カグヤドリームは微笑んだ。

「しばらく休んで行くの?」

「いいや。少し休んだら、アメリカに旅立つよ」

 風が吹いて僕の優勝レイが揺れた。

「今度はアメリカン・ブリーダーズカップ・ターフに挑戦するから!」


 カグヤドリームは心配そうにエレオノールペルルを眺めたが、ペルルは苦笑していた。

「私もここでしばらく放牧してから、打倒サイレンスアローを目指して特訓をしようと思います」

 ペルルが視線をこちらに向けてきた。

「夫婦になった後に、亭主関白になり過ぎても困りますから……」

 僕らは笑い合った。


挿絵(By みてみん)




【各馬の戦績】


サイレンスアロー

新馬戦            1着 着差アタマ差

G3札幌2歳ステークス    1着 着差アタマ差

G2東京スポーツ杯2歳S   1着 着差アタマ差

G1朝日杯フューチュリティS 2着 着差アタマ差 勝者:シリウスランナー

G3共同通信杯        1着 着差アタマ差

G2青葉賞          1着 着差ハナ差

G1日本ダービー       1着 着差アタマ差


逃げ A 先行 A 差し A 追込 A

得意なもの:反時計回りの競馬場、高低差の少ない競馬場、雨天

苦手なもの:ニンジン、中山競馬場、京都競馬場

好敵手:エレオノールペルル


 後もファンや関係者からは、アタマ落とし・自在チビと呼ばれ、大いに警戒される競走馬となった。

 ただ姉や父ほど人気はなかったようだ。いつも恵騎手を背中に乗せているためか、女性騎手でないと走らない説がネット上に流れている上に、競輪やボートレースで儲けているため、たびたび競馬ファンの反感を買ったという。




エレオノールペルル

新馬戦            1着 着差6馬身半

G3アルテミスステークス   1着 着差4馬身

G1ジュベナイルフィリーズ  1着 着差1馬身半

G2チューリップ賞      1着 着差4馬身

G1桜花賞          1着 着差2馬身半

G2青葉賞          2着 着差ハナ差  勝者:サイレンスアロー

G1優駿牝馬         1着 着差1馬身


最優秀2歳牝馬


逃げ B 先行 S 差し B 追込 C

得意なもの:ディックモンドペルルの出走するレース、日本・フランスの競馬場

苦手なもの:リトルマンモス以外のマンモス産駒たち

好敵手:サイレンスアロー


 日本ダービーが終わった後はサイレンスアローを見送り、本人は再戦に向けて着々と力を付けていった。いつしか、美浦トレーニングセンターの同級生の中でボスとなっていたが、本人にその自覚はなく、たびたび周りの牝馬たちをヤキモキさせていたという。

 なお、後で紹介するチャチャカグヤと同様に、様々な牡馬たちが言い寄ってきたが、彼女の眼中にはなく軽くあしらわれたという。




チャチャカグヤ

新馬戦            1着 着差 大差 (レコードタイム)

G3札幌2歳ステークス    1着 着差6馬身半

G1ジュベナイルフィリーズ  1着 着差3馬身半

G2チューリップ賞      1着 着差5馬身半

G1桜花賞          1着 着差3馬身

G1優駿牝馬         1着 着差2馬身

G1秋華賞          1着 着差4馬身半

G1有馬記念         3着 着差2馬身  勝者:フェブルアーリア

G1天皇賞春         1着 着差半馬身


最優秀2歳牝馬

年度代表馬


逃げ S 先行 A 差し C 追込 A

得意なもの:サイレンスアローの出走するレース、ミホノスピカの出走するレース

苦手なもの:弟をブーイングする観客

好敵手:サイレンスアロー


※彼女は1歳年上


 グランパ牧場と、成績が劣勢である美浦トレーニングセンターをこの後も引っ張り続けた。しかし、4歳になってからは少しずつ活躍にも陰りが見え始めているらしく、彼女の悩みは多いようだ。

 ペルル同様に言い寄って来る牡馬は多いが、そんなものの相手をしている場合ではないらしい。




ミホノスピカ

新馬戦            5着 着差3馬身   勝者:マンモスアゲイン

未勝利戦           7着 着差5馬身半  勝者:ブラックスピリット


逃げ A 先行 A 差し B 追込 C

得意なもの:サイレンスアローから助言を受けたレース

苦手なもの:通常の芝コース、ダートコース全般


 日本ダービーの2週間後に、新馬戦を戦ったが姉や兄のような圧倒的な走りは見せられなかった。続く未勝利戦で、今度こそと思われたが再び敗走。

 アメリカでそのレース結果を知ったサイレンスアローも、意外に思いながら首をひねっていた。

 この後もしばらく敗走を続け、競馬で1着になるという難しさを関係者に思い出させることとなる。




ウマナミジミー

新馬戦            1着 着差3馬身半

G2東京スポーツ杯2歳S   2着 着差アタマ差  勝者:サイレンスアロー

G1ホープフルステークス   1着 着差1馬身半

G2弥生賞          1着 着差2馬身半

G1皐月賞          2着 着差半馬身   勝者:ヒダカダーロ

G1東京ダービー       5着 着差1馬身4分の1 勝者:サイレンスアロー


逃げ A 先行 A 差し D 追込 D

得意なもの:先祖・兄弟に名騎手のいない名騎手が騎乗、急こう配の上り坂

苦手なもの:札幌競馬場(坂道が無く、苦手なカーブが多い)

好敵手:サイレンスアロー、シリウスランナー


 東京ダービーの敗北にもめげずに、地道に努力を続けている模様。

 彼の次の目標はG1菊花賞でありG1戦の2勝目を挙げるために、木下調教師と共に体を柔軟にする運動なども行っているようだ。

 ちなみにウマナミジミーの意味は、バカ真面目なジミーとスタッフたちが呼んでいたことに由来している。




シリウスランナー

新馬戦            1着 着差1馬身半

G2デイリー杯2歳S     1着 着差2馬身半

G1朝日杯フューチュリティS 1着 着差アタマ差

G2弥生賞          2着 着差2馬身半  勝者:ウマナミジミー

G1皐月賞          4着 着差2馬身   勝者:ヒダカダーロ

G1NHKマイル杯      1着 着差2馬身

G1東京ダービー       3着 着差アタマ差  勝者:サイレンスアロー


最優秀2歳牡馬


逃げ D 先行 C 差し B 追込 A

得意なもの:偉大な父か母を持つ騎手が騎乗、1600メートル戦

苦手なもの:ウマナミジミー

好敵手:サイレンスアロー、ヒダカダーロ


 ダービー戦の後、しばらくの間は放牧で疲れた体を休めたという。

 サイレンスアローのアタマを取った唯一の同級生として、ネットではヒーローに祭り上げられているが、本人はちっとも嬉しくはないらしく、特にサイレンスアローの悪口を聞くと不機嫌になるそうだ。

 一部の競馬マニアの間では、1600メートル戦でのみ強い馬なのではないかと囁かれている。




ヒダカダーロ

新馬戦            2着 着差半馬身   勝者:マイケルウッド

未勝利戦           1着 着差半馬身

1勝クラス戦         1着 着差4分の3馬身

G3きさらぎ賞        1着 着差アタマ差

皐月賞            1着 着差2馬身半

東京優駿           2着 着差アタマ差  勝者:サイレンスアロー


逃げ C 先行 A 差し A 追込 B

得意なもの:サイレンスアローに悪態をつくこと

苦手なもの:父馬のお説教、直江調教師のお説教


 ダービー戦の後、直江厩舎に妹馬がやってきたという。

 東京優駿では惜しくも1着を逃したが、妹にはサイレンスアローも元いじめられっ子だったという話をして説得。その甲斐あって彼女も頑張ろうという気持ちになったという。

 なお、サイレンスアローがいじめられっ子という話は、直江厩舎の馬たちは誰も信じてくれずに、独りで反論するのも大変だったという。




リトルマンモス

新馬戦            1着 着差1馬身

G3札幌2歳ステークス    2着 着差アタマ差  勝者:サイレンスアロー

G3京都2歳ステークス    8着 着差6馬身半  勝者:トリニクダイスキ

L 若駒ステークス      3着 着差1馬身半  勝者:ニューベック

L アネモネステークス    1着 着差ハナ差

G1優駿牝馬        12着 着差10馬身  勝者:エレオノールペルル


逃げ B 先行 A 差し E 追込 C

得意なもの:カグヤドリーム産駒以外のグランパ産駒

苦手なもの:青崎社長、自分以外のマンモス産駒


 優駿牝馬戦の後も、重賞馬になることを目指してトレーニングを続けている。

 多くの良血馬を作るブルーマンモスファームだが、彼女ほど走れる馬も珍しいらしく厩舎でも大事にされたという。

 なお。サイレンスアローがアメリカに行ったという話を聞いたときは、しばらく納屋の中で暴れていたとか……




チャイロジャイロ

新馬戦(7月下旬)      5着 着差4馬身半  勝者:ブラウンバロン

未勝利戦(9月中旬)     2着 着差1馬身   勝者:マッスルエイコ

未勝利戦(11月上旬)    1着 着差半馬身

1勝クラス戦(1月初旬)   1着 着差4分の3馬身

G3共同通信杯        2着 着差アタマ差  勝者:サイレンスアロー

L 白百合ステークス     1着 着差アタマ差


(本人)逃げ D 先行 C 差し A 追込 B

(幻馬)逃げ A 先行 A 差し B 追込 C

得意なもの:昼寝、放牧、体重を増やすこと、幻馬に体をレンタル

苦手なもの:現実、マッスルエイコ

好敵手:放牧エリアの先にいるウシ


 実はサイレンスアローが仲間たちと激戦を繰り広げているとき、彼もまた中京競馬場のオープン戦でライバルたちと死闘を繰り広げていた。

 無事にレースを勝ち抜いた彼は、晴れてオープン馬となり真丹木厩舎の実力者の一頭に数えられるようになる。

 サイレンスアローに比べると活躍が大きく落ちる競走馬に見えるが、オープン戦以上を勝ち抜ける馬は全体の上位5パーセントに満たない。




グランパレード

新馬戦            1着 着差1馬身半

G3サウジアラビアRC   11着 着差7馬身   勝者:クレセントマンモス

1勝クラス戦         4着 着差2馬身半  勝者:マッスルエイコ

1勝クラス戦         1着 着差1馬身半

G3ラジオNIKEII賞   7着 着差4馬身半  勝者:マッスルエイコ


逃げ B 先行 A 差し A 追込 C

得意なもの:走ること、チャイロジャイロをいじること

苦手なもの:真丹木厩舎の努力という張り紙(走ることは趣味と実益を兼ねた行動)

好敵手:マッスルエイコ


 彼もまた、サイレンスアローと共に戦う友人の1頭である。幼少期から体を鍛えてきたが、上位クラスには各牧場のエースクラスの馬たちが揃っており苦戦しているようだ。

 それにしても、チャイロジャイロといい彼といい、牝馬マッスルエイコに縁があるようだ。

 彼らも彼女のことが気になったのか、たびたび厩舎でその話をしていたという。ちなみに、名前に似合わず鹿毛色の可愛らしい姿をしているとか、いないとか……

【あとがき】

 最後まで『2400メートルの求愛 ~最も愛しい彼女から、最も嫌なライバルと思われたい男の仔の物語~』にお付き合い下さり、まことにありがとうございます!

 自分には才能が無いと思っている主人公が、恋愛によって一念奮起したらどんな話になるのだろう? という疑問があったので、中途半端なところで止まっている作品を改修してみました。


 書いてみた感想は、やはり最初はやる気のない主人公に目的を持たせることはおもしろいと感じました。

 今まで緩んでいた分、最初からやる気ある系の主人公に比べて伸びしろがあるので、スムーズに成長させることができました。最初期のペルルにとってはうっとうしい主人公だったかもしれませんが(笑)



 自分の文章を読み返してみると、もう少し平文のレベルを上げたいと感じます。特に心理描写をしっかりできれば、飛躍的……とまではいかないまでもそこそこのレベルにはなれそう……と勝手に考えています。

 短編や長編を書いて技術を向上させたいと思いますので、もし私の作品を見かけたら、手に取って頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ