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59/60

伝家宝刀の技

 東京ダービーも、東京競馬場を1周するレースだ。

 小生は第1コーナーへと踏み込むと、2番手は3馬身後方を走っていた。後続の馬たちに慌てる様子はない。3歳馬がこんなペースで走り切れるはずがないと思っているようだ。


 小生はリードを保ったまま第2コーナーへと踏み込んだ。2番手との差は4馬身半に広がっていく。競馬アナウンサーの話では、2番手はウマナミジミーのようだ。小生との距離を測りながら倒すタイミングを窺っているように思える。

 シリウスランナーとヒダカダーロは最後尾付近からこちらを睨んでいる布陣だ。


 小生の白い足が向こう正面の直線へと入った。1000メートルの通過タイムが表示された。予定通りのスピードで走っている。

 小生は脚運びを変えて少しずつペースをつり上げた。


 直線コースを走っていくと徐々に馬群が伸びていく。ウマナミジミーは相変わらず小生を追ってきたが第3コーナーに入ると、差は7馬身半となり、ウマナミジミーとビクトリーマンモスとの差も4馬身ほど開いている。

 ここで小生は脚運びを緩めた。ここから第4コーナーの中腹にかけてしっかりと休み、終盤の叩き合いに備える。


 小生がペースをやや落とすと、それに合わせるようにウマナミジミーの脚音も軽いものになった。なるほど。小生の息入れを真似して自分も後半に戦えるということか。

 するとおもしろいことに、武田騎手もビクトリーマンモスに息入れを指示したようだ。


 第4コーナーへと入ると、小生のリードも6馬身半くらいに縮んでいた。長く伸びていた馬群も少しずつ縮んでおり、耳をすませば最後方のシリウスランナーの脚音も聞き取ることができる。

 小生はゆったりとした走りを続け、最終直線に入ったときにはリードは4馬身まで縮んでいた。



 残り525メートル。だけど、途中には東京名物と言える坂道が待ち構えている。

 小生は少しずつペースを吊り上げて、残り450メートルの地点まで到達した。ここから先は問題の上り坂である。

 小生が登っていくと、少し遅れてウマナミジミーが坂道を登り始めた。今の小生とジミーの距離は5馬身ほどだ。ウマナミジミーは強靭な脚腰を動かしながら、少しずつ小生との距離を詰めてくる。


 坂道を登り終えると、小生とジミーの距離は1馬身半まで縮んでいた。

 目だけで合図すると恵騎手は鞭を入れてくれた。ライバルの大川騎手もウマナミジミーを援護するように鞭を入れた。

 残り250メートル。小生とジミーの距離は1馬身半。

 残り200メートル。小生とジミーの距離は1馬身と4分の1。しかし、ここで後方から怒涛の脚音が響いてきた。


 3番手として追い打ちをかけてきたのは武田騎手が跨るビクトリーマンモスだ。そのすぐ後ろには皐月賞馬のヒダカダーロと戸次騎手のペアが、更に後方には、小生をかつて破ったシリウスランナーが追撃してきている。


 残り150メートル。小生とジミーの距離は1馬身。2番手ジミーと5番手シリウスランナーの距離は僅か2馬身しか差がない。

 残り100メートル。1番手の小生と5番手のシリウスランナーの距離が2馬身まで縮んでいた。文字通りの叩き合いのレースとなっている。


 ここで僕は大きく息を吐いてから吸った。すると体中に酸素が巡っていく。

 お父さんに言われたように体勢を整えると、伝家の宝刀を使うことにした。


――逃げて……差し切る!


 逃げ馬でありながら、差し馬のようにスパートをかけることこそドドドドドドドドドの奥義だ。

 中盤のペース配分から始まって、後半の息遣いやライバルの動向。その全てを看破していればお父さんに引けを取らない威力になる。


 これによって5番手のウマナミジミーと、4番手のビクトリーマンモスは先頭争いから脱落した。残るはシリウスランナーとヒダカダーロである。


 残りは50メートル。小生と3番手のシリウスランナーの距離は1馬身と少し。そう思ったときにシリウスランナーの息遣いを感じた。

 その黒い目は僕を睨みながら、こう訴えてくる。


――我はずっと父の後姿を見てきた。仔馬の時から、ダービー馬としての重圧に耐えてきた父を見てきた!

「…………」


 彼は無言のまま更にこう言いたそうに目を剥いた。

――自分が負ければ同級生も弱いことになってしまう。引退しても種馬として成功することを求められ続ける!!

「…………」

――我は、そんな状況でも泣き言ひとつ言わなかった父を尊敬している。自分もそうなりたいと思う!!



 僕は、刹那の間に聞こえたシリウスの想いに共感していた。涙すら目尻からこぼれ落ちそうなほど、そうだと深く同意していた。

 僕のお父さんはダービー馬ではない。だけど、稀代の逃げ馬という言葉に負けないように、いつも気を張っていた。強い子供を育てようとしていた! そんな父を僕も誇りに思う!!


 そう思うと、脚が普段よりも遠くに届いた。僕は心の中でシリウスランナーに出会えたことに感謝していた。あの朝日杯に出走してよかった! 友達になれて良かったっ!!


 残り25メートルでシリウスランナーは、お前もそう思うんだな……と言いたそうな顔をすると、失速した。



 先頭は小生、2番手はヒダカダーロ。差は4分の3馬身だ。

 そこでヒダカダーロの目が大きく開いた。


――妹が見てる……俺は負けねえぞ。いじめられっ子でもダービー馬になれるんだ!!


 そう言いたそうにダーロの瞳が光ると、僕もしっかりと彼を睨み返した。

 ヒダカダーロの気持ちもよくわかる。僕の身近にもエレオノールペルルという幼馴染がいる。彼女は牧場で孤立して、よく虐められそうになっていた。

 だけど、彼女はしっかりとオークス馬になっている!!


 ヒダカダーロに僕の心が伝わったのだろうか。目を大きく見開いて驚いていた。


――僕は……エレオノールペルルと……競い合っていくんだ! 共に生きていくんだ!!


 そう思いながら大きく息を吐くと、体中に酸素が巡っていくのを感じた。

 体がとても熱いけど、まだまだ走れそうに思える。この脚はどこまでも芝を蹴ってゴールポストの遥か先まで駆け抜けることができる。

 いつの間にかゴールポストを通過していた。


「シュババ君!」

「……はっ!?」

 恵騎手は手綱を操って、小生に減速を指示してくれた。


 そして、電光掲示板に馬番号と着差が表示されている。

 サイレンスアロー、ヒダカダーロ、シリウスランナー、ビクトリーマンモス、ウマナミジミー。

 着差は、アタマ差、ハナ差、ハナ差、アタマ差。という結果だった。



日本ダービー(東京優駿) 優勝:サイレンスアロー

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