ペルルの気持ち
私がサイレンスアローを初めて見たのは、グランパ牧場にやってきた次の日でした。
その体はあまりに小さく、最初見たとき生まれたばかりの女の仔かと思ったほどです。ただ、初めて話したあの日……とても賢い仔であることを理解しました。
でも、彼には幸せな家族がありました。頼りがいのありそうなお父さん。優しいだけでなく厳しさもあるお母さん。間違ったときにはしっかり叱ってくれるお姉さん。その姿はあまりに羨ましくて、私は何度サイレンスアローを羨んだかわかりません。
彼が話しかけてくるたびに冷たく当たったのも、嫉妬していたからです。
だけど本当はサイレンスアローが好きです。どんなに隠そうとしても彼のことが気になってしまう。本当は仲良く遊びたい。ずっと一緒にいて欲しい。その思いに苦しめられていると、彼は自分から私の前に姿を見せてくれました。
ある日、彼は私の中で唯一無二の馬になると言いました。あれは、とても嬉しかった……
ならば私も負けてはいられない。彼が私の中で唯一無二の馬になるのなら、私もまた彼にとっての唯一の馬にならないと釣り合わないと思いました。
幸いにも私には競走馬としての才能が有りました。だから新馬戦でも重賞戦でも、日本で最高峰のグレードワンのレースでも躓くことなく優勝レイを手にできました。
彼に相応しい牝馬になれたと思いました。最優秀2歳牝馬ならサイレンスアローも満足してくれる。周りも認めてくれる。
しかし、2月に行われた共同通信杯で、私はただただ驚かされました。
レース後半でライバルに尻尾を噛まれて妨害されていたのです。そんな悪条件の中でも、サイレンスアローはライバルたちをごぼう抜きにして、最後はきっちりとアタマ差での勝利を収めたのです。
あれには鳥肌が立ちました。あんなことができる2歳馬はいるのでしょうか? 私はまだ、自分がサイレンスアローに釣り合っていないのではないかと不安に駆られました。
この不安は、桜花賞馬となった後も消えませんでした。どうせペルル世代の牝馬には強いヤツはいない。競馬場でそんな声を聞いてから、ますますサイレンスアローと勝負して勝たなければならないと思うようになりました。
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いえ、まだ私は本心を言っていませんね。私は……サイレンスアローがアメリカに行って、もう二度と会えなくなってしまうことを恐れています。
だから、青葉賞で彼の前に立ちはだかる決意をしています。
私は本当に、小さい頃から変わっていないのかもしれません。




