秘密の特訓!
僕は森の中でガッツポーズを取りたいと思うほど喜んでいた。
「やっと……やっと念願の川を見つけた!」
これを見つけるには、さすがに骨が折れるような苦労があったものだ。
牧場スタッフたちの目を盗んで脱走し、熊の出没する森を踏破し、7度の脱走を重ねての成果である。
これで唯一無二のウマになるための最初の条件を満たした。
後は、川の流れに逆らって泳いで身体を鍛えれば、脚力と回復力が高まって勝ちやすい競走馬になれる。
「よし、行くぞ!」
早速、水の中に入ってみると水温は冷たく気持ちよかった。6月の上旬とはいえ今日は夏日だ。練習も捗るだろう。
水面へと進むと、身体は本能的に水を掻き分けはじめた。やはり僕たち馬は生まれながらにして泳ぐことができるようだ。
僕の最初の目標は重賞を制して親孝行すること。次にペルルの中で最低な競走馬となることだ。どちらを目指すにしても努力をしないことには道は開けない。
たっぷりとネイチャースイミングを満喫していると、視線を感じた。
「どこに行ったのかと思えば……こんなところにいたのですね」
「さすがにお母さんの目は誤魔化せなかったか……」
「戻りますよ」
さすがにお母さんには敵わないと思った。牧場スタッフを欺くことは造作もないけど、彼女にバレないように柵越えをするには工夫が必要そうだ。
牧場に戻ると、牧場主である柿崎ツバメとスタッフたちが、僕と同級生のイタズラトリオを追いかけまわしていた。
「イエーーイ! ツバメおねーちゃんのパンツゲット!!」
「返しなさーーーーい!」
「フハハハハハハハ……欲しければ追いついてみろ!」
「ヒャハーーーー!」
「ツバメお姉さん。動物と喋れるせいで苦労も倍以上だね」
「そうですね……」
僕と母さんは、スタッフたちの捕り物を尻目に納屋へと戻った。
翌日も更に翌日も、僕はスタッフの目を盗んで牧場の出入り口を突破したが、ネイチャースイミングをしているといつの間にか、お母さんが座って眺めているという状態になった。
「坊や、もっと後ろ脚を使いなさい」
「うん!」
たまにこうやってアドバイスもしてくれるため、僕の泳ぎは見る見る上達した。
そして7月の中旬。川から上がるとお母さんは言った。
「初日の半分くらいの時間で泳げるようになりましたね」
「おかげで、脚周りの筋肉もだいぶ付いたよ」
「お母さんと仲良くスイミングとは……」
「貴女は……!」
僕だけでなくお母さんも驚いていた。
姿を見せたのはエレオノールペルルである。先ほどまでは牧場にいたはずだが、いつの間にか抜け出してきたようだ。
「楽しそうね」
「なるほど。僕のせいで母さんだけでなく、君までワルになったんだね」
そう切り返すと、ペルルは不敵に笑った。
「あのイタズラトリオといい、転がって牛を眺めてる仔たちといい……この牧場にはロクなウマがいないわね。なぜ、馬主さんはここを選んだのかしら?」
「君はチャーミングだけど、正直すぎるのが玉に瑕……と思ったからじゃないかな?」
「こ、こら……サイレンスアロー!」
僕は構わずに続けた。
「僕だけに正直でいてくれるのなら……やる気も上がるんだけどね」
ペルルは目を細めると、僕に背を向けて牧場へと戻りはじめた。
「フランスで通用するウマは……同期だと貴方1頭のようね」
「いや、最低でもあと5頭はいる」
そう切り返すと、ペルルは耳をピクリと動かして振り返った。
「……今何と!?」
「僕たちの同級生は20頭もいるからね。その全ての才を把握することは至難の業だと思う」
「…………」
ペルルと僕のやり取りを眺めていた母さんは、困り顔になっていた。
まあ、こんな子供離れした会話を聞いていたら、困惑するのも当然かもしれない。
「クマに見つかる前に戻りましょう」
【キャラクター紹介:ドドドドドドドドド(種馬)】
グランパ牧場のサラブレッド。
異名:稀代の逃げ馬
2014年4月生まれ。
父はアサルトインパクト。母はコキアカグヤ。
毛並みは栗色。額から鼻先にかけて目立つ白斑が伸びており、現役時代は緑色の覆面をしていた。
主人公サイレンスアローと姉チャチャカグヤの父親。
父のアサルトインパクトは平成時代を代表する追い込み馬であり、母コキアカグヤも1000メートルから1200メートルを得意とするスプリンターだった。
ドドドもスプリンターになると思われていたが意外にも得意なのは中距離。それも大逃げ戦法に天賦の才を持っていたため、関係者を大いに驚かせた。
4歳時には無類の強さを誇ったが、11月に行われた秋の天皇賞で脚を壊し、脚のリハビリに3年の月日を費やすことになった。