G1馬になりたいライバルたち(前編)
共同通信杯のあと小生は放牧に出る予定だが、ライバルたちは続々と牧場から厩舎へと戻っていた。理由はグレードワンの大会……皐月賞の制覇を目指しているためである。
中山競馬場で開かれる皐月賞は、3歳馬にとって東京優駿に匹敵するビッグイベントだ。小生が苦手とする中山競馬場でしのぎを削り合える彼らが羨ましい。
栗東トレーニングセンターで注目されているのは、ウマナミジミーとシリウスランナーである。
ウマナミジミーは東京スポーツ杯2歳ステークスで小生を追い詰め、シリウスランナーは朝日杯で小生を追い抜く活躍をしている。
彼らの練習を一目見ようとマスコミたちは駆けつけ、調教師や担当厩務員は取材を受けていた。恐らく、どちらかが優勝すると考えられているのだろう。
しかしマスコミや競馬ファンには、注目して欲しい競走馬がもう1頭いた。
彼は、小生と同じ美浦トレーニングセンターにおり、しかも隣の厩舎に入舎しているのである。
「おい、シュバカス」
真夜中にそっと抜け出そうとしていたら、その馬が話しかけてきた。
「なんだよダロカス」
「こんな真夜中に夜遊びか……いいご身分だな」
「違うよ。これから小生はトレセンのダートコースに行く!」
そういうと、その馬は目を丸々と開いた。
「ダート? テメーは芝馬だろ!」
「うん、だからこそダートコースに行くんだ」
「行ってどーするんだ!?」
「たっぷりと砂浴びをする!」
「はぁ!?」
その馬はポカンとしていたが、小生は笑ったまま続きを言った。
「数多の馬たちは、トレセンのダートコースで汗や涙を流して青春を謳歌する!」
「お、おう……」
「だけど、そこには大きな秘密が隠されている」
「ひ、秘密??」
「そう! その脚元には、小生の毛やボロが刷り込まれている!」
その馬はにっこりと笑った。
「アホかお前は、さっさと寝ろ!!」
「もう、ダーロ君は真面目なんだからぁ」
「テメーみたいに非常識じゃねーだけだ! そんなんだから、テメーが戻ってきただけでうちの厩舎の馬たちがざわめくんだよバーロー!」
「非常識なんて言ってくれるなんて……僕はもう嬉しくて嬉しくて……うう……」
「馬主のパンツをハンカチ代わりにしてんじゃねー! つーかどっから出した!?」
「ダーロの分もあるよ? 使う??」
「いらん!」
彼は直江厩舎のヒダカダーロという馬だ。小生が東京競馬場で共同通信杯を制したとき、彼は中京競馬場でグレードスリーきさらぎ賞を制しており、直江厩舎の中で最も速い同級生となっている。
「ダーロも夜遊び行く?」
「テメーがバカなことしねーように見張ってないとな」
直江厩舎に入ってヒダカダーロの馬房のカギを開けると、彼はゆっくりと出てきた。




