赤リボン馬の追い込み
実は、小生の尻尾を噛んでいる馬には覚えがあった。新馬戦で出遭い、東京スポーツ杯2歳ステークスで遭い、そして今回が3度目になる。
その馬は小生をしっかりと睨むと、恨みの籠った表情で小生を睨んでいた。
ちなみに、後で確認したらこんなことを考えていたようだ。
《俺様は、新馬戦で負けた時にたっぷりと馬主や調教師のヤローに叱られたんだ! 何でだと思う。テメーがチビ馬だからだよ! あんな仔馬みたいなのに負けやがってって食後のデザートもお預けになった》
口元がよりしっかりと小生の尻尾を噛んだ。
《それでも俺は歯を食いしばって未勝利戦を勝ったよ。だけど、次にお前はスポーツ杯に出てきやがった。また、俺は負けて馬主からお説教だ! あんなチビにできて何でお前にできないんだって、たっぷりと絞られた!!》
その馬は、騎手に鞭を入れられても縄でしごかれても、なお逆らっていた。
《悔しくて1勝クラスを勝ったら、今度はテメーは共同通信杯にまで出てきやがった! 一体お前は何回、俺様の邪魔をすれば気が済むんだ!? てめえにも敗北の悔しさを味合わせてやるっ!!》
後から考えるとなるほどと思うけれど、今の小生には意味が分からない。だからこの時の小生は怒りのあまり頭の中は真っ赤に燃え上がっていた。
体からは勝手に言葉が流れ出た。
「……するな」
「あ?」
「邪魔をするなと言った!」
思いきり芝を踏みしめると、小生は妨害馬を引きずるように全力疾走した。
彼には是非、小生が美浦で何と呼ばれているのか思い出してもらいたい。赤リボンのサイレンスアローだ。頭のリボンと尻尾のリボンは何をしでかすかわからないという意味がある。
妨害馬にも意地があるのだろう。引きずられても尻尾を離さなかった。なかなか根性のあるライバルだと思う。だけど、小生のこめかみには血管が浮き出た。
「お姉さん、後ろ脚に鞭!」
「うん!」
恵騎手に鞭を入れてもらうと、小生の後ろ脚は脚力を増した。するとブチブチと尻尾の一部は千切れたが、小生は妨害を脱した。
「コイツは……バケモノかぁ!?」
チャイロジャイロからゴールまで400メートル。小生は11番手。
チャイロジャイロからゴールまで300メートル。小生は8番手。
チャイロジャイロからゴールまで250メートル。小生は6番手。
チャイロジャイロからゴールまで200メートル。小生は4番手。
チャイロジャイロからゴールまで150メートル。小生は3番手。
チャイロジャイロからゴールまで100メートル。小生は2番手。
観客たちも、チャイロジャイロを猛追すると青い顔をして黙り込んだ。
小生とチャイロジャイロの距離は3馬身半、というところまで追い込むと恵騎手は再び鞭を入れた。
残り75メートル。チャイロジャイロと小生の差は2馬身半。
残り50メートル。チャイロジャイロと小生の差は1馬身半。
残り25メートル。チャイロジャイロと小生の差は半馬身。
小生もチャイロジャイロも鋭く地面を蹴った。
ゴールポストを越えると電光掲示板にはすぐに結果が表示され、観客席はどよめきに包まれた。
1着はサイレンスアロー。2着はチャイロジャイロ。着差はアタマ差だった。
小生はすぐにチャイロジャイロを見た。
「ジャイロ? チャイロ……ジャイロ!?」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……な、なあ……どうして、オイラ……走ってるの?」
彼は辺りを見回した。
「というか、ここ……東京……競馬場じゃん!」
「いつから……気が付いて……いたの?」
「……ラストランの……辺りだよ。坂を上った……辺りで急に……意識が戻って……」
――フェアな勝負でないので途中棄権させてもらった
小生が耳をピンと立てると、チャイロジャイロは不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「……聞こえない?」
「え?」
――しかし、素晴らしい走りだった。どこかでまた君と走りたい……出来ればアメリカから帰ったきた頃が理想だな
「…………」
共同通信杯 優勝:サイレンスアロー




