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共同通信杯の一戦

 2月の中旬。小生は東京競馬場にいた。

 天候も晴れ、芝の様子も良く、小生への負けろコールも健在。気を取り直して、ライバルの様子を眺めるとG1馬に匹敵するウマは、チャイロジャイロだけという様子だ。

 最大のライバルと言えるチャイロジャイロは、大川騎手を背に乗せて現れた。

「サイレンスアロー君」


 小生はその君付けの言葉に、凄い違和感を覚えた。

「君……本当にチャイロジャイロ?」

「ん……? 突然どうしたんだい?」

「君は普段……小生をシュババと呼んでいるはずだ」

「え? ああ、オレもこれからレースだからさ……ちゃんと名前で」

「一人称もオイラだったはずだよ」

「…………」

「誰?」


 笑みを消しながらそう尋ねると、チャイロジャイロは後ろ暗い笑みを浮かべた。

「さすがは真丹木厩舎の参謀馬だ。君にいいことを教えてあげよう」

「……なんだい?」

「チャイロジャイロは、サラブレッドに生まれたことを嫌がっていた。だから……この体は俺のものにすることにしたんだ」

「……なっ!?」

「あと少しで、そうだな……このレースが終わるまでにチャイロジャイロがやっぱり競走馬として馬生を全うしたいと思わない限り、彼はもう元には戻らない」


 その言葉を聞いていた恵騎手からも汗のにおいがした。恐らく冷や汗を流しているのだろう。

「チャイロジャイロは小生の悪友だ。君が何者かは知らないけど……このレースで好きにはさせない!」

 チャイロジャイロはバカにしたように笑った。

「前の阪神では、シリウスランナーと言うウマにコテンパンにやられたそうだな」

「…………」

「…………」

「ここで完膚なきまでに叩き潰してあげよう!」


 間もなく係員からゲートインの指示があった。

 小生が、チャイロジャイロが、そして他の馬たちが続々とゲートに入っていく。


 この大会で一般の牡馬は56キログラム。小生は57キログラムの重量を負担して走ることになる。だけど、負けるわけにはいかない。

 ゲートが開くと、小生は予定通りに馬群の中へと紛れ込んだ。


「……! ヤツはどこだ!?」

 チャイロジャイロは3番手の辺りに付けていた。今回のレースは13頭立てである。小生は9番目というライバルたちがごちゃ付いている場所を走っている。


「…………」

「…………」

 チャイロジャイロは、小生がやっと9番手にいることに気が付いたようだ。小声で「あいつ自在脚質か……」と呟きながら走っていく。

 自在脚質とは、逃げ、先行、差し、追い込みの全ての走り方をできる競走馬のことである。

 一見便利そうに見えるが器用貧乏とも言い、父さんや姉さんのように逃げに特化していたり、おじいちゃんのように追い込みに特化していた方が強みとなることも多い。


 共同通信杯も東京競馬場1800メートル戦なので、小生たちはスタート地点から少し走ると、向こう正面直線コースに入った。

 小生は頭の中で、各馬と騎手のバランスから第3コーナーの位置取りを予想する。それぞれの走り方を見ながら頭の中を微調整すると制度がより向上した。


 先頭の逃げ馬が第3コーナーへと入ると、小生の頭の中には第4コーナー終盤の各馬の位置取りが見えた。仕掛けるのはもう少し先。周りにいた馬たちが予想通り少しずつバラけていく。

 先頭が第4コーナーへと入ると、3番手にいたチャイロジャイロが少しずつペースを上げはじめた。そして、小生の周りも開けてくる。


 第4コーナーの中腹でチャイロジャイロは2番手に上がっていた。小生はまだ9番手。

 第4コーナーの後半でチャイロジャイロはトップに立った。小生は9番手。

 チャイロジャイロは最後の直線に入った。残り525メートルだ。小生はまだ9番手。恵騎手は不安そうに小生を見た。

「どうしたの?」

「尻尾を噛んでる馬がいる」

 実は計算違いが起こっていた。最後尾を走っている馬が、小生の尻尾をしっかり噛んで走行を妨害している。

 普段から小生にブーイングをしていた観客たちも、その反則行為だけは見逃せなかったと見えて、馬や止めない騎手に向かって指をさしたり、騎手に向かって怒鳴ったりしている。


 先頭のチャイロジャイロとゴールまでの距離は、残り500メートル!

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