グランパ牧場の成り立ち
美浦トレーニングセンターへと戻ると、柿崎会長と真丹木調教師が話をしていた。
「サイレンスアロー。朝日杯……惜しかったね」
「アタマ差でも負けは負けだよ」
真丹木調教師が翻訳すると、柿崎会長は苦笑した。
「ま、まあ……そうだよね」
「真丹木さん」
「何だい?」
「2か月の休みを分割してちょうだい。片方はこれから1か月……そして共同通信杯が終わったら、また1か月放牧したい」
翻訳を聞いた柿崎会長は、ほっと胸をなでおろしていた。
「よ、よかった……ダービーを諦めてないんだね」
「大好きな仔に、世界で一番嫌なライバルと思われたいからね。東京優駿だけは外せないよ」
小生はそこまで聞くと、ふと疑問に思った。
柿崎会長はよくダービーという言葉を口にするし、今は亡き先代会長に至っては、会社にわざわざ競走馬生産設備まで作るほどの熱の入れようだったと聞く。なにが彼らをここまで駆り立てるのだろう?
「会長」
「なにかなサイレンスアロー君?」
「会長と先代は、どうしてここまでダービーにこだわるのです?」
会長はやはり聞かれたか……と言いたそうな表情をした。
「私の父……先代が競馬に興味を持ったきっかけが、あるダービー馬だったんだ」
「名馬にほれ込んだ……とか?」
「何と言えばいいかな。ダービー後に全然勝てなくて更に種馬としても燃え尽きた……失敗したと世間から思われていた馬がいてね。行き場がなくなっていたところで偶然出会ったんだよ」
会長は懐かしむように表情を和らげた。
「一生懸命に走ったこのウマに、もう一度だけチャンスをあげたい。そういう経緯でグランパ牧場は出来たんだ。偶然にも仔馬たちが活躍したから、グランパ牧場は大きくなったし……G1ホースも出た」
「その失敗したウマから……またダービー馬を出したかった?」
そう聞いてみると、柿崎会長は視線を上げた。
「父がどう考えていたのかは私にはわからない。だけど最低でも私はそう思っているよ。遥かな子孫の君たちの中で、ダービーを制する者が再び現れて欲しい……とね」
「…………」
小生は微笑むとカレンダーを睨んだ。
「ねえ、会長は知ってる?」
「何をだい?」
「次に小生が挑む共同通信杯には、別の名称があるんだ」
真丹木調教師はすぐに表情を変えたが、柿崎会長は腕を組んだ。
「わからないな……」
「トキンミノル記念……無敗のままクラシック2冠を制していたけれど、ダービーを制してからすぐに死んでしまった名馬」
「そういう名馬もいるのか……」
小生は頷いた。
「これは僕の勝手な妄想かもしれないけど、彼を感じる大会になるかもしれない」




