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黒い貴公子シリウスランナー

 阪神競馬場に降り注ぐ雨は、その勢いを増していた。

 現在先頭は小生。シリウスランナーは5番手。ゴールまではあと150メートル。


 残り125メートル。先頭は小生。シリウスランナーは3番手に上がっている。

 残り100メートル。先頭は小生。シリウスランナーは2番手と横並びになった。

――恵お姉さん……鞭!


 彼女は小生の筋肉を刺激するように鞭打ってくれた。しかし、雨を吸った小生の冬毛は衝撃を吸収してしまって十分な効果が出ない!

 恵騎手もそれがわかったのか、手が止まってしまった。


――いけない。シリウスが来る!!

 小生は脚運びを最も速い。その差を広げると、シリウスと渡辺騎手の闘気がここまで伝わってきた。


――我は負けない。負けない。負けないっ。負けなああああああい!


 残り75メートル。小生とシリウスランナーの差は1馬身半。

 残り50メートル。小生とシリウスランナーの差は1馬身。

 残り25メートル。小生とシリウスランナーの差は半馬身。


 必死になった小生は、脚先に力を込めた。

――うおおおおおおおおおおおお!!


 ゴールポストを通り抜ける刹那の間に、シリウスランナーの体が大きく伸びたように思えた。彼は雨水を弾き飛ばし、強烈なラストランを見せつけるように小生よりも先へと駆けていた。


「…………」

「…………」

 しばらく審議と映っていた電光掲示板に結果が表示された。


 1着シリウスランナー。2着サイレンスアロー。着差……アタマ差。

 なんと皮肉な結果だろう。今までアタマ差で勝ってきた小生は、得意な雨天の戦いでアタマ差で敗れることとなった。

 観客席からは次々と拍手やシリウスランナーをねぎらう声が響き、観客によっては小生に後ろ指をさしている。

「チビ馬が、テメーは競輪や競艇で遊んでろ!」

「余裕ぶってるヤツが負けて、めっちゃ気持ちいい!」

「生意気なんだよ!」

「雨の中でもわざわざ来てよかったぜ!!」

 そこまで言うのか……と、僕もさすがに血の気が引いた。

 馬が合わないという言葉もある。だから、好きなウマがいれば嫌いなウマが出てしまうのは仕方のないことだって理解もできる。けれど、だけどもさ……これはあんまりじゃないか。


「…………」

 僕だって生き残るために一生懸命やっている。

「…………」

 アタマ差で抑えているのは、あまり大勝ちすると脚の骨や蹄を痛めてしまうからだ。

「…………」

 彼らも競馬ファンなら、競技中に死んでしまった名馬の話を聞いたことくらいはあるはずだ。

「…………」

 それなのに、どうして理解してくれないのだろう。

「…………」

 チビと罵っているからわかっているはずなのに……体が小さいと、どんなに不利か競馬を知っている人たちなら、わかるはずなのに……

「…………」

 そう思ったとき、恵騎手は小生の耳でそっと囁いてくれた。

「勝負に敗れて大騒ぎになるのは、一流の馬の証だよ!」

 

「………!」

 恵騎手を見ると、目元が赤くなっていた。自分自身も身を切られるくらい辛いはずなのに、懸命に僕を励まそうとしてくれている……

「…………」

 僕は大雨が降っていることに感謝した。

「……そうだね」

 恵騎手が側に居てくれて嬉しいと、表情でバレてしまうことは……とても恥しいじゃないか。



 朝日杯フューチュリティステークス 優勝:シリウスランナー

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