初のG1戦
小生は、サイレンスアロー。
今は阪神競馬場から、大雨の降る会場を眺めている。
この阪神競馬場では、去年にチャチャ姉さんが阪神ジュベナイルフィリーズを制してG1馬となり、少し前にもエレオノールペルルも勝ち抜いてG1馬となった。
真丹木厩舎の馬たちにとって相性が良いと言われる場所だが、小生にとってはやや不利になる競馬場である。どんなところでも無難に良い成績の出せる彼女たちが羨ましい。
「G1馬か……」
グレードワンという言葉を思い返すと、小生はなんと無謀な恋をしたのだろうと思ってしまう。
書類上では小生はグレードツーのウマだけど、実情はこれ以上の伸びしろを持たない落ちていくだけの競走馬である。
一方でペルルは、日本最高峰の難しさである大会を軽々と勝利するウマだ。十分な伸びしろも感じる。
「会長の判断……案外、正しいのかもしれないな」
同級生の中には、まだ歩法訓練やゲート試験で躓いている者もいる。緊張のために新馬戦で実力を発揮できなかった者もいる。
彼らが本格的に実力を付ける前にどこまでやれるかが勝負だろう。
「シュババ君、出番だよ」
「わかった。すぐに行くよ」
時間が経つごとに雨脚は強まり、小生たちの番が回ってきた時には大粒の冷たい雨が降り注いでいた。
ライバルたちの様子を見ると、雨を得意とするタイプのライバルはいない。このレースで気を付けないといけないのは、基礎能力の高いシリウスランナーだろう。
「時間だよ」
パドック、準備運動、ゲートイン。レースに向けて順調にスケジュールは進んでいったが、雨脚は強いままだ。小生の体もすっかり雨水で濡れて脚元の芝もすっかり湿っている。
「ここは先行策で様子を見るよ」
「賛成」
恵騎手が答えた直後に係員がゲートから離れた。
雨の中の1600メートル戦が始まった!
向こう正面の奥にあるゲートを飛び出し、小生は狙い通りに5番手の位置に付けた。ライバルは15頭。シリウスランナーは前評判通り最後尾に位置している。
最初のコーナーとなる第3コーナーへと入ったが順番に変動はなかった。周囲の馬の様子を見たが、誰もが普段とは違う湿った芝に苦労しているように思える。
――小生にとって恵みの雨。これだけの好条件が重なって勝てなければ、一生G1馬にはなれない!
小生はしっかりとゴールを睨むと、脚運びを少しだけ強めた。
先頭の馬が第4コーナーへと入っていく。どの馬もびしょ濡れになって走り辛そうだけど、小生はラクダのようなまつ毛があるので眼球が守られる。
最後の直線が姿を見せた。残りは473メートル!
小生は少しずつ脚運びを速めて、3番手になり2番手になり、坂の直前でトップに立った。
ここで思いきり息を吐いた。そして多く吸って坂道を駆け上がっていく。噂には聞いていたけれど阪神の急坂もなかなかきついものだ。前もって助走を付けておいてよかったと思う。
坂道を中腹まで登ったところで、競馬アナウンサーの興奮している声が耳に届いた。今まではシャッターアウトしていたけれど、シリウスランナーを呼ぶ実況だけは無視できない。
彼は今、5番手まで距離を詰めてきている。
小生は上り坂の先を睨んだ。ゴールまであと150メートル。




