競走馬からのお願い
エレオノールペルルから最も嫌がられるウマとなる。そう目標を定めることができたら善は急げだ。何としても川を見つけることにした。
なぜ、川かと言えば、足腰を今のうちから鍛えておくためである。
僕のように小ぶりなウマがレースで勝利を手にするためには、今のうちからライバルが行えないようなトレーニングをする必要がある。ただ芝の上を走っているだけでは、体格差で有利な彼らに勝つことなんて不可能だろう。
放牧エリアに入ると、小生は辺りを見回してみた。
ここグランパ牧場は、最低限のスタッフで切り盛りをしているので監視の目はハッキリ言ってザルだ。少し工夫をすれば容易に柵の向こう側の森まで脱走できるだろう。
むしろ問題は、常に僕を見ている母カグヤドリームと、ゴロゴロと転がりながら牛や牧場を眺めている同級生たちだ。
その中の1頭であるチャイロジャイロに話しかけてみた。
「調子はどうだい?」
チャイロジャイロは、お前が話しかけてくるなんて珍しいな。という雰囲気を漂わせながら言った。
「ん-……まあ、ボチボチかな?」
「なるほど……」
小生は、チャイロジャイロの隣に腰を下ろした。
「こうしてみると、スタッフさんの動きがよくわかるね」
チャイロジャイロは不敵に笑うと、0歳馬とは思えない知性を感じさせる話し方をした。
「お……人間観察か。お前のドーサツリョクなら、いろいろなことがわかりそうだな」
「忙しいとき限定でね。何せ慌ただしい時はココロを忘れていたり、ココロが荒れていたりする」
思わず笑うと、チャイロジャイロも笑っていた。
「わかる。そういう時の人間って……とても分かりやすいからな」
チャイロジャイロは、休憩室を見ながら言った。
「この前、スタッフさんの話を聞いていた時に笑っちゃったよ。ツバメお姉さん……休憩室に競走馬の十箇条って紙をはりだしたんだって」
僕も笑った。
「ああ……アレを見たスタッフさんたち渋い顔してたよね」
「お前も見たのか……思い出しただけで笑える」
「シュババって、字読める?」
「難しい漢字以外はね」
「じゃあ、なんて書いてあったんだアレ?」
僕はクスっと笑ってしまった。牧場主のツバメお姉さんは犬のお願いに少し手を加えて作っていたけれど、誰かがいたずら書きをして凄い文章にしていたのである。
「1.強い俺様たちと気長に付き合ってくれたまえ」
そう答えると、チャイロジャイロは目を大きく見開いていた。
「の、のっけからすげーな!」
「10項目あるから、一気に行くよ」
「お、おう」
2.俺の方が大きくて強いことを理解しろ。そしてありがたく乗れ
3.俺にも心があることを忘れるな。ケガをしたくなければな
4.いうことを聞かないときは、何をして欲しいのかわからない場合と、お前らが弱い場合がある
5.たくさん話しかけろ。俺が強いだけでなく賢いこともわかるはずだ
6.調子に乗って叩くな。俺様が本気を出せばお前は蹴り一発でKOだぞ
7.子供が走らないからって、俺や奥さんだけのせいにするな
8.俺らは30年くらい生きられるんだけど、人間の扱いが最悪だから5年も生きられないことが多い
9.お前らには職場も友達も自由もある。だけど俺の方が稼ぎがいい
10.俺が死ぬときは頼む。もう一度だけこの雄姿を思い出してくれ。そして中央競馬会は俺たちの再就職先を増やせ!
淡々と、文面を思い出していくと、チャイロジャイロたちは空にお腹を向けて笑い転げていた。
「誰がオイラたちの気持ちを代弁したんだよ。ハラいてぇ……」
すっかり彼らも上機嫌になっているな。これはチャンスだ。
「11.サイレンスアローがこれからバカなことをするが、君たちは見て見ぬふりをしろ」
「さらっと、お前の要求をまぜんなよ!」
そう言いながらもチャイロジャイロたちは了承してくれた。よし、後はお母さんの目を盗むだけである。
「…………」
母が草を食んでいることを確認すると、僕はチャイロジャイロたちから離れ、柵の入り口のカギを口で開いて牧場の外へと出た。
「うわ……本当に行ったよ」
「さすがはシュババ君だね」
よし、川探しを始めるとしよう。