シュババとジミー
「ねえ、サイレンス……アロー君!」
「なん……だい?」
「まさか……着差を、わざと……アタマ差に……して、遊んで……ないよね!」
小生は、汗を振り払いながら言った。
「本気じゃ……ないのなら……なんで、こんなに……息が……あがって……るの?」
そう答えを返すと、ウマナミジミーは絞っていた耳を少しずつ戻した。
「そう……なら、いいけど……」
それでもウマナミジミーは肩を落としながら東京競馬場から去ろうとした。やはり、レースで勝てなかったことがショックだったのだろう。
その直後に、観客席から荒々しい声が響いた。
「ふざけんな! このチビ馬!!」
「負けんなよジミー!」
「また狙ったようにアタマ差で勝ちやがって!」
「自分の速さを鼻にかけてんじゃねーぞ、クソチビ!」
「負けやがれクソリボン!!」
その罵声を耳にしたウマナミジミーは驚いた様子で小生を眺めていた。何で小生がこれほどの罵声を受けているのか理解できないのだろう。
「ど、どういうこと……?」
「小生は競馬ファンから嫌われているんだ」
「だから、どうして?」
ウマナミジミーは不思議そうに聞いてきているが、こればかりは質問に答えられない。というか、僕が教えて欲しいくらいだ。
そう思っていた時にヤジが飛んだ。
「おいジミー! そのチビをギャフンと言わせてくれよ!」
「両親がゴミでも、努力で何とかしてくれよ!」
両親がゴミという言葉を聞いてウマナミジミーは俯いた。ヤジを飛ばしている観客にとっては何のこともない一言だろうが、ジミーにとってこれ以上、辛い言葉はないのだろう。
何だか……沸々と怒りが沸き起こってきた。
「誰がゴミだ!? アンタたちはジミーの両親の何を知っているっ!」
小生の言葉は大きな嘶きに包まれ、競馬場に響き渡っていた。
観客席は静まり返っていたが、やがて少しずつざわつきはじめていく。どうやら観客の大半が、今の小生の声を聞きとっていたようだ。
「あ、ありがとう……」
そっと小生に話しかけてきたのは他らなぬジミーだった。
小生はジミーを見た。
「親の質が悪いとか……勝手に決められるのは迷惑なことだと思う。だって、本当にいい親かどうかは君にしかわからないことだ」
「……」
ウマナミジミーの目には涙が浮かんだ。
「…………」
「うん!」
「お互いにしっかり頑張ろう。じゃあ……」
立ち去ろうとしたら、ウマナミジミーが声をかけてきた。
「ね、ねえ!」
「どうしたんだい?」
「どうして君は走っているんだい!? やっぱり、生き残るため?」
そこまで答える義理はない。
そう思ったのだけど、何だかウマナミジミーは単なるライバルとは思えなかった。何だか、もっと近い場所で出会えていたら親友になれた気がする。
「……好きな牝がいるんだ」
そう答えると、ウマナミジミーは微笑んだ。
「なるほど。一緒になりたいんだね」
「ううん。すでに大嫌いと言われている」
「え……? じゃあ、一体……」
「僕はね。その牝馬にとって唯一無二のウマになりたいんだ。決して……ターフで遭いたくない名馬になるために走っている」
そう言って立ち去ろうとすると、ウマナミジミーは呟いた。
「なるほど……だから、あんなに強いんだ……」
東京スポーツ杯2歳ステークス 優勝:サイレンスアロー
 




