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東京スポーツ杯2歳ステークス

 小生ことサイレンスアローが、東京競馬場に来るのはこれで2度目だ。前回の新馬戦は危なげなく勝てたけど、今回は苦戦は免れない。

「これに勝てば、シュババ君もG2馬だね」

 そうだねと答えようとしたとき観客席からブーイングが響いて来た。どうやら、札幌2歳ステークスと東京新馬戦で、他にウマに賭けていた観客が小生を目の敵にしているようだ。

「くたばれチビ馬!」

「負けろーサイレンスヤロー!」

「帰れクソチビ!」

「メグカス! そう何度も勝てると思うな!」


「大人気だね」

 そう茶化すと恵お姉さんも微笑んだ。

「そうだね」

 今回の小生の人気は5番目。単勝倍率も18.4倍となっている。

 ライバルたち15頭を眺めてみたけれど怖いのはウマナミジミーだ。彼は小生とは対照的に古馬になるに従って強くなっていく競走馬に思える。

 2歳デビュー時が最大瞬間風速で、年を取るごとに弱くなっていく小生とは真逆のタイプだ。たっぷりとした筋肉のついた体が何よりも妬ましい。


 パドックが終わって自由に動けるようになると、小生はそっとウマナミジミーの側に寄った。

「……」

「…ばあっ!」

 近くにウマがいないことを見越してから棹立ちすると、ウマナミジミーは目を剥いて小生を見た。

「な、な……なにするの!?」

「たてがみと尻尾の赤リボンを恐れぬのなら、かかって来るがいい!」

「いい加減にしなさい!」

 着地と同時に恵騎手に怒られたが小生はどこ吹く風。どや顔というものを決めてみた。

「もう、ごめんなさいね……大川さんにウマナミジミー君」

「相変わらずだねシュババ君は」


 間もなくゲート入りの時間となると、小生はジミーをジミーもまた小生を意識していた。

――負けないよ

――こっちこそ!



 ゲートが開くとウマナミジミーは、あれっと言いたそうな表情をした。

 彼は4番手の辺りに付け悠々と駆けだしたが、小生が陣取ったのは15頭中で11番……つまり差し馬と呼ばれる戦い方である。


――札幌の時のように馬群をけん引すると思ったのに

 そう思っていたのは彼だけではなかったようだ。周辺にいたライバルたちは体の小さな小生を見下しており、中には噛みつこうと口を開きかけている者までいる。

「僕に触った人には、もれなく真丹木厩舎! 地獄のトレーニングが待ってま~~す!」


 そう嘶くと、馬たちはギョッとした表情でこちらから離れた。おかげで馬群後方にいるにも関わらず、ゆったりと走ることができる。

 先頭の逃げ馬が第2コーナーを走り抜けると、向こう正面へと入った。真丹木厩舎という声が聞こえたのか脚運びが速くなっている。

 馬群は異様に速いペースのまま向こう正面を通り抜けて第3コーナーへと入った。


 多くの馬たちの息が上がり始めているが、ウマナミジミーだけは余裕そうだ。ふむ……これは今のうちに休んでおいた方がよさそうだ。

 小生は少しずつ脚運びを緩めると13番手まで後退した。しかし、体力はたっぷりと温存されて第4コーナーへと入っていく。

「…………」

 小生は先頭の馬を睨んだ。彼が第4コーナーの中腹へと差し掛かった時に休憩は終了。ペースアップ!


 じりじりと大外からライバルたちを抜きはじめると、競馬アナウンサーは小生のことを実況し始めた。ウマナミジミーも最後の直線に入るとペースを上げて前へと攻めかかっていく。


 残り450メートルほどでウマナミジミーは先頭に立つと、その強靭な脚を使いながら坂道を駆け上がっていく。小生は4番手で彼を追った。


 坂道の途中でライバルたちを追い落とすことは出来たが、問題はウマナミジミーである。彼と小生の距離は坂道で大きく開いていた。

 先頭はウマナミジミー。2番手の小生との距離は6馬身半。


 残り250メートル。ウマナミジミーと小生の差は6馬身。

 残り200メートル。大歓声が競馬場に響く中で、ウマナミジミーと小生の差は5馬身半。このまま逃げ切れという声援だけが響いた。


――頼んだよ……恵お姉さん!

――うん!

 彼女の鞭が小生の前脚を打った。伸びて行こうとしているタイミングでの刺激だ。脚が普段よりも先の地面へと届いていた。


 残り150メートル。ウマナミジミーと小生の距離は4馬身半。

 残り100メートル。ウマナミジミーと小生の距離は3馬身。

 残り50メートル。ウマナミジミーと小生の距離は1馬身半!

 ゴールポストを2頭の駿馬が走り抜けた。


 僕は全身から汗を流し、息を大きく吸いながら電光掲示板を睨んでいた。掲示板には審議と書かれている。

 ウマナミジミーも、大川騎手も、恵騎手も不安そうな顔をしていた。果たして結果は……


 掲示板に結果が表示された。

 1着はサイレンスアロー。2着はウマナミジミー。着差はアタマ差だった。


 その結果を知った観客席はどよめきに包まれた。これで3連続のアタマ差勝利だからだろう。

 ホッとしたのも束の間……ウマナミジミーは、瞼を真っ赤に腫らしてこちらを睨んできた。

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