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34/60

洋芝の競馬場

 札幌2歳ステークスの当日。小生ことサイレンスアローは予定通り札幌競馬場に来ていた。

 人気は11頭立ての8番目。単勝倍率は142.5倍だ。これは100円で僕の1着馬券を買って当てると、14250円になってかえってくるわけである。

「ここまで低人気になったの……私のせいだね」

 恵騎手が言うと小生は笑いそうになった。

「チビと新人ジョッキーのコンビの挑戦は、一般の人々の目には無謀と映ったようだね」


 観客たちの多くが、小生に勝ちは無いと判断した理由もよくわかる。

 まず、小生の馬体重は363キログラムとライバルたちの平均よりも100キログラムも軽い。

 次に、新馬戦で4キログラムの重量軽減を貰いながらアタマ差しか付けられない勝利。

 3番目に、その苦戦がありながら騎手を変更しない采配。


 こんな無謀ともいえる挑戦は、グランパ牧場内でももちろん問題となった。ツバメの父である柿崎会長のゴーサインが出なければ、こんな珍妙なコンビで出走するなど牧場スタッフたちが許さなかっただろう。

 無理をしてくれた会長のためにも、ここは優勝レイを持ち帰りたいところだ。



 そこまで考えると、小生は目をつぶって大きく深呼吸した。

 目をゆっくりと開けてライバルたちの様子を見ると、やはりそうかと思った。

 ブルーマンモスファームの馬たちが大挙してエントリーしてきたから、一般の有力馬たちが逃げ出してしまったけれど、小生にとっては追い風になりそうだ。

 同じ馬主や牧場のウマというモノは、一見違うように見えても法則性やクセが生まれるものである。つまり共通の隙ができる。

「…………」


 レース終盤で競りかけて来そうなのは、後ろを歩いているリトルマンモスだろう。

 本人の体の軸、利き脚、身体のバランス、そして騎手の体つきと利き腕やクセが、札幌競馬場の青々とした洋芝と見事に調和している。

 小声で恵騎手に作戦を伝えることにした。

「戦法は逃げ。リードは1馬身半(1馬身=2.4メートル)。作戦はペース支配」

「ラジャー!」


 準備運動が進み、ゲートイン指示があり、全員がスタート準備を終えた。

 ゲートが開くと小生たち11頭がゲートから飛び出した。



 小生は予定通り100メートルほどで先頭をキープして馬群をけん引した。

 札幌競馬場はカーブが多い丸みのある競馬場だ。目立った坂道はなく右利きの競走馬が有利という特徴を持つ。だから左利きの小生が先頭に立って左リズムを強調すれば、全員のリズムが乱れていく。

 狙い通り、後続の馬たちの脚音が乱れはじめた。


「ず、ずいぶん……走りづらくないか?」

「どうなってる!?」

「あ、アイツが左利きだからか……ヤツを意識するな!」

 先頭を走る馬は、言うなれば馬群のリーダーのような存在だ。意識しないようにするとかえって意識を集中させ小生の影響を受けていく。

 しかも、小生は馬体が小さいから空気抵抗をそれほど受けない。


「しかもこのチビ……チビだから風よけにならねえ!」

「くそ!」

 この調子で馬群をけん引したため、第3コーナーに入ったときには、ライバルの大半が息を乱している状況となった。初の洋芝で重賞戦という負担もあるのだろう。しっかりと活用したい。

「くそ、こうなれば俺が先頭に立って……」


 後ろから1頭が抜きに来ようとしたので、小生はペースを吊り上げて抜かせない意志を示した。すると対戦相手の騎手がすぐに手綱を引いて減速を指示。抜きに来たライバルは苦々しい顔で2番手に甘んじた。

「こいつ……まだまだ体力を温存してやがるのか」

「バケモノかよ!?」

 最後の直線が目前に迫った。残りは266メートル!


 騎手たちは次々と鞭打ってラストスパートを指示したが、ライバルたちの追い上げは限定的なものだった。小生は少しずつペースを吊り上げて2番手以降を引きはがしにかかる。

 3馬身ほどリードを取ったところで2番手が入れ替わった。今の2番手はリトルマンモスである。小柄な彼女は馬群に埋もれていたおかげで、小生のペース乱しの影響を受けていないようだ。


 リトルマンモスの騎手はリズムよく体を揺することで彼女の脚力を増幅している。全く、凄い特技を持つ騎手さんだ。

 だけど小生はゴールポストを睨んでから脚運びを調整した。


 残り200メートル。小生とリトルマンモスの差は2馬身半。

 残り150メートル。小生とリトルマンモスの差は2馬身。

 残り100メートル。小生とリトルマンモスの差は1馬身と4分の1。リトルマンモスは鋭く小生を睨んだ。


――先から本気出してないでしょう。ふざけてるの!?


 残り50メートル。小生とリトルマンモスの差は4分の3馬身。ここで小生は睨み返した。


――僕に構っている暇があったら、ゴールを見るべき!


 その直後に小生とリトルマンモスはゴールポストを越えた。1着は小生ことサイレンスアロー。2着はリトルマンモス。着差はアタマ差だった。


「ま、また……アタマ……差!?」

「僕の執念……理解してくれると嬉しい」

 そう言って走り去ろうとすると、リトルマンモスだけでなく騎乗していた騎手も青ざめていた。


 札幌2歳ステークス 優勝:サイレンスアロー

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