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牧場危機vs天才仔馬(前編)

 牧場の予備の納屋から、今まで住んでいた屋根の吹き飛んだ納屋を見ると悲しい気持ちになる。

 確かに老朽化していたかもしれないが小生はこれでも愛着を持っていたんだ。たまにドアを蹴り壊したりするけどさ……


 小さくため息をついていると、ペルルは血相を変えた様子で走ってきた。

「サイレンスアロー!」

「……どうしたんだい?」

「北海道の牧場で……深刻な被害が出たそうですよ」

 その話かと思いながら、小生はペルルへと視線を向けた。

「詳しく聞かせて」


 ペルルの話によると納屋2棟が土砂に押しつぶされ、第2納屋にいた同級生たち14名が犠牲になったという。いずれも話には聞いていたので冷静に答えることにした。

「第1納屋の被害は予想していたから、馬たちを逃がしたけど……第2納屋は想定外だった」

「グランパレードやチャイロジャイロは訓練牧場に行っていて無事でしたが、無事な1歳馬は私やサイレンスアローを含めて8頭しかいません」

「他に被害は出ているのかい?」

「さあ? 私が聞いたのは……これだけです」



 小生は柿崎ツバメを見つけると、そっと物陰から聞き耳を立てることにした。

 彼女はスマートフォンを握りしめながら、険しい表情のまま電話の向こうにいるスタッフと会話をしている。

「うん、うん……」

 更に耳を澄ませると、会話の内容が聞こえた。

 どうやら、被害が深刻なのは果樹園のリンゴやナシのようだ。収穫前だった高級果実の半数以上が木から落ち、辛うじて残っているモノも傷ついてしまっているという。


 スマートフォンをしまったところで、小生はツバメお姉さんに話を聞くことにした。

「シュババ君……聞いていたの?」

「うん。少しだけね」

 柿崎ツバメは、浮かない顔をした。

「どんな様子なの?」

 彼女はスマートフォンを向けてくれた。地面のあちこちにリンゴが散乱し、中には枝ごと折れている木もある。

「……」

「……」

「これ、どうするの?」

「ジャムのような加工品にして……どうにか売れないか考えているところ」


 それでは解決しないと強く思った。

 特にリンゴはグランパ牧場の主力商品だ。加工したところで元の値段の半分も回収できないだろう。


 後ろにいるペルルも不安そうな顔をしたまま、こちらの様子を眺めていた。

 そういえば彼女の生まれ育った牧場も、近年の異常気象で経営が難しい状態が続いているのだという。

「まるで、私のいた牧場の1年前を見ているようですね」


 こうなってしまった以上は、お父さんとチャチャ姉さんに頑張ってもらうしかないところだけど、お父さんにあまり無理をさせるのは良くないし、姉さんにもレース以外のことでストレスを与えたくない。

 ツバメお姉さんも、何だか悟ったような表情で言った。

「このままでは、みんなで仲良く再就職するしかないかもしれないね」

「……」


 それにしても、人間とはおかしなものだと思う。

 確かに台風の雨風で傷ついたリンゴの見た目は凄いことになっている。だけど、身がごっそりと削られたわけでも虫に食い荒らされたわけでもない。

 食べられる以上は、考えを巡らせれば売る手段は残されているように思える。


 例えば……そう。買い手を楽しみにさせることはできないだろうか。

 加工せずにそのまま売るのなら、言い方でも変えてみようか。嵐の中で耐えたのだから、耐えるリンゴとか生き残るリンゴ……

 ん、これって……ツバメお姉さんが言っていた再就職を望む人が欲しがるんじゃないか?


 ツバメお姉さんを見ると、彼女は目を丸々と開いた。

「ど、どうしたの?」

「その傷ついたリンゴ、正規の2.5倍の値段で……1つ当たり1000円で売ろう!」


 ツバメやペルルだけでなく、離れた場所で飼い葉を食んでいたお父さんやお姉さんまで、何言ってるんだコイツ……と言いたそうな表情で小生を眺めていた。

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