気合の入り過ぎた悪戯
新発田恵騎手は、柿崎ツバメお姉さんと一緒に姿を見せた。
「この仔が、サイレンスアローです」
恵騎手がこわごわとした表情のまま、こちらを見た。
「彼に乗りたければ……直接交渉してみてください」
「わかりました」
彼女は、小生の馬房前までやってきた。
「サイレンスアロー君、もし……騎手がいないのなら、私を乗せてくれない?」
一瞬だけ微笑を浮かべると、僕は思いきり顔を恵騎手へと近づけた。
しかし、彼女はギリギリで小生の体が届かない位置にいたようだ。なるほど……まだ若いというのに、なかなかのやり手だ。
ならば。小生は体を上手く動かして、納屋のドアを揺すった。
1回。2回と行動を繰り返すと、恵騎手は視線を変えて後ろへと下がった。どうやら、納屋のドアのカギが外れかかっていることに気が付いたのだろう。
その直後にドアが外れ、小生はドアから出て恵騎手へと迫った。
「……サイレンス君、悪ふざけはその辺にして!」
思わず微笑みたくなるくらい嬉しかった。競走馬にここまで迫られても冷静でいられるのだから、恵騎手の判断力は相当なものだ。
「書類審査合格……かな?」
「いたずらっ仔だね」
恵は、そう言いながら小生の首筋を撫でてくれた。
「小生のトレードマークは、頭と尻尾にある赤リボン。これは関係者に″何を仕出かすかわからない危ない馬″と危険を知らせるためにある」
恵騎手はしっかりと頷いた。
「恵お姉さんは……それでも、この背に乗りたい?」
恵騎手の瞳はしっかりと小生の姿を映した。
「貴方に乗るのを諦めるくらいなら、騎手を辞めるよ!」
「わかった。君なら乗せてもいいかな」
今まで眺めていた真丹木調教師も頷いた。
「牧場の練習コースをお借りしてもよろしいですか?」
「自由に使ってください」
グランパ牧場、美浦支部の牧場へと出ると、真丹木調教師は新発田騎手を見た。
「新発田さん、とりあえずここをぐるりと一周回って欲しい」
「わかりました」
彼女はしっかりとコースを見た。どう小生を操るのか即座に考えたのだろう。
「はじめ!」
だけど、ここで油断しているのなら残念ながら1流ジョッキーとは言えない。小生は唐突に立ち上がると恵騎手を振り落としにかかった。
ところが、恵騎手は手綱を上手に操って落馬するどころか、器用に棹立ちのサポートをしている。
「……」
「……」
「……」
少し沈黙があったのちに、スタッフや真丹木厩舎の関係者は一斉に拍手をした。
「まさか、棹立ち〇こが敗れるなんてね……」
スタッフの1人が言うと、小生も思わず苦笑してしまった。
「二次試験……合格だね」




