表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/60

「なんだぁ……このウマはぁ!?」

 数日後。美浦行きの馬運車には3頭のサラブレッドが乗っていた。

 1頭目は小生ことサイレンスアロー。2頭目は姉チャチャカグヤ。3頭目は何とエレオノールペルルである。

「真丹木さんを煽っておいてこういうのもなんだけど……本当に君も来るのかい?」

 ペルルは当然のように答えた。

「その真丹木という調教師は、稀代の逃げ馬の厩務員だった人でしょう? どういう方なのか、この目で見てみたいと思ってね……それに」

「それに?」

「あの人の元に行けば、フランスにいる兄さんに、少しでも近づける気がするんだ」

 そういえば、ペルルには兄さんがいるんだった。

「馬主の板野社長から許可は貰ったのかい?」

「そこは抜かりないから安心して」


 姉チャチャカグヤは、どこか険しい顔をしたまま言った。

「貴女とサイレンスアローは、1年ほどグランパ牧場の美浦支部で生活することになります。真丹木厩舎での出来事は私から伝えますから貴方たちは……」

「姉さん、それじゃあダメだよ」

「え……?」

 小生はしっかりと姉を見た。

「真丹木さんがどんな人なのかは自分自身の目で確かめないと」

「サイレンスアローの言う通りね」

 チャチャカグヤは、黙って頷くほかなかったようだ。



 茨城県の美浦村へと入ると、やがてグランパ牧場の美浦支部が見えてきた。

 さすがに、北海道の本部に比べると小さく納屋の数も少ないけれど、現役馬たちの仮宿としては十分な大きさである。

 小生たち3頭が馬運車から出ると、真丹木調教師が歩いて来た。

「チャチャカグヤにエレオノールペルル……よく来てくれたね。それからいたずらっ仔のサイレンスアローにはたっぷりと予習をしてもらうから覚悟するように」

「やったー!」

 待ってましたと思いながら答えると、真丹木調教師は不敵に笑った。


「じゃあまずサイレンスアロー君には、真丹木式ストレッチを体験してもらおう」

 小生はどうぞと思いながら真丹木を乗せた。

「よーし、まずは輪乗り!」

 はいよ、と思いながら脚を動かした。

「方向転換!」


 次々とメニューをこなすと、真丹木は悔しそうに言った。

「か、カンペキじゃないか……」

「ついでに足踏み」

「…………」

「せっかくだし、棹立ちもやる?」

 そう質問すると、真丹木は叫んだ。

「君の頭の中は一体、どうなってるんだ!?」



 真丹木調教師は、背中から降りると改めて小生を見た。

「と、とにかく……君に教えることはほとんどなさそうだね。だけど……」

 彼は小生の体を触った。

「この体のままではいかんな。もっとたっぷりと食べて大きくならないと」


 そして数分後に、真丹木調教師は飼い葉を持ってきた。

 チャチャ姉さんやエレオノールペルルは標準通りの量の食事が入っていたけれど、小生のバケツだけ3割増しくらいの量が入っている。

「真丹木厩舎では食べることもトレーニングのうちだ。特にサイレンスアロー君……残さないように」


 小生は、水で喉を潤すと、青菜の入ったバケツへと口を運び、次に飼い葉の入ったバケツへと首を動かし、再び水……という形で交互に食事をした。

 すると真丹木は驚いた様子で、小生の食事風景を眺めていた。

「そ、その食べ方……どこで習ったんだい?」

「え? 何となく……だけど?」


 少しのあいだ、間が空いた。

「その食べ方はね……」

「う、うん」

「アサルトインパクト式の食べ方だ!」

 そ、そうだったんだ……

 どうやら、このアサルトインパクト式の食べ方は、多くの量を食べながらも太りにくくなるという効果があったようだ。


 食事が終わると、真丹木調教師は小生の納屋に鍵をかけた。

「とにかく、明日の朝まで大人しくしているんだよ」

「はーい」

 真丹木が納屋を去ると、小生の部屋の前に彼のスマートフォンが置き去りにされていることに気が付いた。これ……何か緊急になった時に、真丹木が対応できなくなるな。

「……」

「……」

「届けてあげようかな」

 小生は「せいっ!」と声を上げると、納屋の入り口を壊して真丹木のスマートフォンを咥えた。急げば間に合うし駐車場に行くとするか。


 ところが真丹木の足は速く、既に車に乗り込んで運転を始めようとしていた。

 いや、僕だって馬なんだ。背後に立てば気づいてくれる。

「……」

「……」

 真丹木と車のバックミラー越しに目が合った。

「な、なんだ……どうやって出てきたんだ!?」

「スマホ、忘れてるよ」

 真丹木の顔は、すっかり青ざめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ