エレオノールペルル
「エレオノール……ペルル」
「ああ、父馬はフランス凱旋門賞の優勝馬……母馬もG3フランス……グラディアトゥール賞の勝ち鞍を持つ」
「…………」
気が付いたら脚が勝手に動いている。
葦毛って、本当に灰色なんだな。なんてマヌケなことを考えながら、僕はエレオノールペルルの前に立っていた。
「なにか用?」
彼女は無表情で話しかけてきた。
「…………」
どうしよう。普段通りにスラスラと言葉が出てこない。こんなことは初めてだ。
「君は両利きなんだね」
口に出してから、自分はいったい何を言っているんだと思ってしまった。初対面の一言ってすごく大事なものなはずだ。第一印象がその後の関係を大きく変えると言っても言い過ぎじゃない。
この言葉で……良かったのだろうか?
「両方の筋肉を使えるようにするのは当然のことですよ。この牧場では、そんなこともしないのですか?」
棘のある言い方だけど、アホ毛を立てたまま言っているので、何だか憎めないと思った。
「もちろんしているよ。両脚の筋肉をバランスよく付けることは大事だからね。だけど……先天的に備わった軸というのは、そう簡単には変わらない」
僕はしっかりとペルルを見た。
「だから、生まれつき軸が中心というのは凄いんだ。これを持つ馬は多く見積もっても100頭に1頭だと考えている」
エレオノールペルルは、こちらを睨んで来た。
「貴方は左利きなのね……名前は?」
「サイレンスアロー」
「お父さんとお母さんは?」
「父はドドドドドドドドド。母はカグヤドリーム」
「まさか……稀代の逃げ馬と、砂の女帝!?」
やはりこの仔、日本のことをよく勉強している。
「僕は血統こそ立派だけど、中身のない不肖の子供さ」
「ふしょう?」
「親と比べて出来が悪いという意味だよ」
エレオノールペルルは、ますます険しい顔をした。
「日本人がよくやるケンソンという風習ね。気に入らないわ」
「いや、事実さ……それだけ僕の両親は凄いし偉大な競走馬だよ」
だから教師として打ってつけだ。
そう言いたかったんだけど、エレオノールペルルは悔しそうに下唇を噛んでいた。よく見ると、目尻に涙が浮かんでいるようにも見えた。
「私のお父さんだって凱旋門賞の優勝馬だよ。貴方たち日本の馬は誰しもが制したことのない……それほどの大会を制した馬なのよ! ……一度も、会ったことはないけど」
「もちろん知ってる。君のお母さんがグラディアトゥール賞馬だということもね」
「貴方は、何を言いたいの!?」
本当は好きと言いたいんだけど、この雰囲気じゃ言えない。
「……君を誉めに来たんだけど」
「私は貴方のことが大嫌いよ! だからあっちに行ってて!!」
困ったな。どうやら僕と彼女は、あまりにかけ離れた感情を抱いていたようだ。
「わかった……邪魔したね」
ああ……恋破れて山河あり。牧場春にして草木深し……。
がっかりしながらペルルから遠ざかっていくと、力強い蹄音が聞こえてきた。
「…………」
エレオノールペルルも目を丸々と開いて、そのウマの走りを眺めていた。
毛並みは僕と同じ栗色。だけど彼女は、たてがみと尻尾の色だけは白に近いクリーム色をしている。
「あれは、姉さん……ッ!」
彼女こそ、ドドドドドドドドドとカグヤドリームの初仔にして、最高傑作と言われるチャチャカグヤである。
牡馬にも引けを取らないセクシーな動きに、僕とペルルはしばらく言葉を失っていた。
チャチャカグヤが走り去ったあと、エレオノールペルルは僕を睨んだ。
「今……何と言っていました!?」
「今のは、僕の全姉のチャチャカグヤだよ」
「全……姉……!?」
「……」
「……」
「貴方は一体、どれだけ恵まれているの!?」
エレオノールの瞳には血管が浮き出ると、目尻からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「貴方にだけは……貴方だけには……絶対に負けられない!」
どうやらペルルは僕を不俱戴天の……存在自体が絶対に許せないライバルだと思ってしまったようだ。
だから僕が、エリート一家の落ちこぼれだってことくらい察してよー!!
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エレオノールペルル
【キャラクター紹介:エレオノールペルル(幼少期)】
板野社長が個人所有するサラブレッド(グランパ牧場に預けられている)
2024年2月生まれ。
毛並みは艶のある葦毛(灰色)。白斑はない。たてがみを三つ編みにすることが好き。
フランス生まれの牝馬。父は凱旋門賞の優勝馬。母親はフランス重賞を制した牝馬。
生まれて間もなく母親を亡くし、かわりの牝馬にも懐かなかったため、板野社長が買い取り日本へとやってきた。
サイレンスアローの見立てによると、生まれながらの両利きという変わった馬。生まれつき度胸があるため、異国の地でも物おじせずに走れる強みを持っているようだ。
実は、1歳年上の兄がおり、フランスで活躍を始めようとしている。