火花を散らす2頭
一日中、雨が降り続いている日……
小生は納屋の中で、食い入るようにタブレット端末を睨んでいた。繰り返しチェックしているのは、祖父のアサルトインパクトのレースである。
「…………」
画像を最初から確認してみたが、間違いないと確信して鼻先で動画を止めた。
「先から、ツバメさんのタブレットで何をしているの?」
話しかけてきたのは、エレオノールペルルだ。
「簡単なことさ。わからないということを確信するためにレースを確認して、予想通りわからないという結論を得られた」
「ちょっと、何を言っているのかわからない」
ペルルは不満そうに首を傾げていたが、小生は構わずに次の映像をチェックした。これは、父さんの新馬戦から最終レースまでの映像集である。
「まさか、またわからないということを結論付けるつもり?」
「うん。そうなると凄く嬉しい」
ペルルの表情は、ますます崩れた。
「…………」
「…………」
最後まで見て、小生はわからないと結論づけることができた。これはとても重要な成果だ。
「その満足そうな顔……」
「うん、お父さんもわからないと結論が出た」
「一体、何を調べているの?」
「ペルル。小生はあこぎなことをやっている。側に居るなら何をしているのか感じてみろ!」
「貴方がそのセリフを言っても似合わないよ」
冗談を言いながら小生は、曽祖父であるマンデーサイレンスのレース動画集を視聴し始めた。
アメリカの競馬場は、日本とはだいぶ構造が違うけれど小生の確認したいことはしっかりとチェックできる。
「…………」
「…………」
全てのレースを見終えると、小生は深く頷いた。
「さすがは、小生のひいおじいちゃん……」
「また、わからなかったの?」
当てつけ的にペルルが言ってきたので、小生は笑いながら頷いた。
「今までで一番わからない。これは大変満足する結果だった」
「だから、何がわからないの?」
小生は、辺りを見回しながら答えた。
「走り方だよ。ペースチェンジが下手な馬は、足運びが雑だから手の内を見抜けるけど、お父さんたちは実に多彩な脚さばきをしている」
「……そ、そうなの?」
小生はペルルをしっかりと見て頷いた。
「特にマンデーサイレンスの脚さばきは見事だ。これではアメリカの一流騎手と言えど、注意深く観察していないと彼が脚さばきを変えたことに気が付かないだろう」
ペルルはごくりと唾を呑んだ。ようやく小生の言いたいことを理解したようだ。
「もし、許されるのなら……アメリカに行ってみたい。ひいおじいちゃんが走った競馬場をこの脚裏で感じて……」
その言葉を遮るように、ペルルは怒号のような嘶きを響かせた。
「…………」
「…………」
同じ納屋で休んでいた馬たちは、目をぱっちりと開けてペルルを眺めたが、彼女は気にも留めない様子で小生を睨んできた。
「……ペルル?」
「そのまま戻って来なかったりしたら……許さないよ!」
その言葉に苛立ちを覚えた。
「…………」
「聞いているの!?」
小生は一瞬で耳を絞ると、ペルルは少し身を引いていた。
「君から逃げるくらいなら、僕は競走馬を辞めるよ」
小生とペルルはお互いをじっと睨み続けると、やがてどちらともなく笑った。
「どうしてもアメリカに行きたければ……私に勝ってからというのは?」
「決戦の舞台が例の2400メートルの大会なんてなったら、他のライバルたちが悲鳴を上げるだろうね」
 




