ペルルの沈黙
0歳馬の時はペルルくらいとしか喋らなかった小生も、1歳馬になると他の同級生たちと話す機会も増えた。
特に頻繁に顔を合わせるのは、牡友達であるグランパレードとチャイロジャイロである。彼らとはこうして木陰で腰を休めながら様々な話をしている。
「そっか、シュババには弟が生まれたのか」
「うん、今はまだカグヤドリームの2025と呼ばれてるけど、近いうちに名前も決まると思う」
「オイラみたいにネタ的な名前にならないといいな。だってチャイロジャイロだもん。意味不明だよ」
「茶色いジャイロコンパスだろ。まだ意味はわかるよ。俺なんてグランパレード……何だそりゃって感じだ」
小生は首をひねりながら言った。
「そう? グランって……壮大、壮厳という意味だよ。つまり壮大なパレードだね」
「……」
「……」
チャイロジャイロは、グランパレードを睨んだ。
「何だよオマエ! オイラよりもよっぽどいい名前じゃねーか!」
「いやいや、どう見てもツバメおねーさんはグランパって名前で遊んでるだろ! アニキの名前を思い出してみろよ……グランパーソンだぞ!?」
「つまり壮厳な人か……」
小生が言うとチャイロジャイロも頷いた。
「どうみても強者です。お疲れさまでした」
「お前らふざけんな! 遊ばれる身にもなれ!!」
3頭でかけっこをすると、チャイロジャイロは少し考えて言った。
「そういえば最近さ、ペルルのヤツってお前のことばかり見てるよな」
「あ、わかるわかるそれ! 最近ちゃんとデートしてるか?」
そう聞かれると、最近ペルルと過ごす時間が減っているように感じた。
「確かに、最近……減ってるね」
チャイロジャイロとグランパーソンは難しい顔をした。
「もしかしてペルルって、やきもちやいたりしてないか?」
「え? そうかな……」
「あり得るよな。最近は弟君のことばっかり……みたいな感じで」
「こうなったら、私も他のオスと浮気してやる~ って、ロクな牡がいないじゃない!」
チャイロジャイロが口真似をすると、グランパーソンは噴き出すように笑った。
「言ってそう、言ってそう!」
「むしろ、お前の弟に当り散らしてたりして」
少しムッとしたけれど、あり得ないとは言い切れないので気を付けようと思った。
「わかった。一応気を付けてみるよ」
「それが賢明だろうな」
2頭と別れると、早速エレオノールペルルを探した。
「どこにいるのかな?」
最近は向こうから来てくれることの多いペルルだけど、いざ探そうとして見ると意外と見つからないものだ。もしかしたら彼女は、いつもこうやって苦労しながら小生のことを探してくれているのかもしれない。
「葦毛だから、目立つはずなんだけどなぁ」
もしかしたら彼女は、0歳馬のところにいるのかもしれない。
そう思いながら放牧エリアへと向かうと、予想通りペルルを見つけることができた。
「…………」
だけど、彼女に話しかけることができなかった。ペルルは意外にも小生の弟と一緒にいるからである。
「何の話をしているんだろう?」
「パリロンシャン競馬場……はい」
「ぱ、パリロンシャンけーばしょー」
「そうです。パリロンシャン競馬場。これは……」
パリロンシャン競馬場とはフランスの首都であるパリの西、セーヌ川沿いにある競馬場のことだ。
「世界で一番美しい競馬場のことだね」
そう言いながら近づくと、ペルルはしっかりと小生を見た。
「そ、そうです……よくご存じですね」
「小生は地図で確認しただけで、本物をこの目で見たことはないけどね」
ペルルはしっかりと弟を見た。
「とにかく、男の子なら夢は大きくもつものだよ。貴方も、もう少し大きくなったらお兄ちゃんになる…………」
「……………」
「ペルルおねえちゃん……?」
弟は目を大きく見開いて、ペルルを眺めていた。
「…………」
エレオノールペルルの瞳には涙が溜まっており、あごを震わせながら弟を眺めている。
「きゅうにだまって……どうしたの……?」
彼女はハッとした表情をすると、急に後ろを向いた。
「こ、これは……目にゴミが入っただけ。入っただけだから気にしないで!」
弟は戸惑った様子で頷くだけだったが、何となく小生には、ペルルが感情を高ぶらせてしまった理由がわかるような気がした。




