表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/60

サイレンスアローの日常

 牧草を食んでいると、唐突にお父さんが話しかけてきた。

「ジュニアよ」

「なに?」

「単刀直入に聞くが……お前の将来の夢は何だ?」


 夢と聞いたときに、僕の脳はセクシー牡馬という答えを出していた。

 祖父のアサルトインパクト。暴君ブルフェーオル。不沈艦ゴールデシップ。内枠覇者キシダンブラック。蒼空天馬コンドコソトレル。JG帝王マジュウギョウサン……以下の該当者は割愛。

 彼らの共通点は、セクシーエナジーが溢れ出しているところだ。


 セクシーという言葉は普通、女性とか牝馬に使うものだけど、強さと逞しさと信念を兼ね備えた男性や牡馬には、同性さえも魅了してしまう独特の色気がある。性的な興奮を越えた、ある種の正義のヒーローに対する憧れが近いかもしれない。


 間違えても、僕のような未熟児出産のチビ仔馬に持てる力ではない。セクシーとは素養を持つ一握りの人やウマが、昼夜を問わずに努力してやっとなれる代物なんだ。

 僕に実現可能な夢と言えば……これだろう。


「ウマチューバー」

「うまちゅーばー?」

 どうやら、お父さんは僕の言っていることを理解できなかったみたいだ。何だか豆をぶつけられて戸惑っている鷹を眺めているような気分になる。

「お肉寸前の競走馬ですが、今日も致命傷で生き残りました……というタイトルで体を張ればワンチャンスあるかなと思ってさ」

 お父さんは慌てた様子で反論してきた。

「いやいや、お前はまだ生まれて半年も経っていないんだぞ。ここは東京優駿を制してダービー馬になるとか……もっと子供らしい夢をだな」


 だから、それはセクシーで男のお色気を出せる、ごく一握りのおウマさんが目指す道だってば。うーん。どうすればお父さんはわかってくれるのかな?


「わかったよ父さん。タイトルを変更しよう」

 お父さんは頷いていた。

「今世では、お肉になってしまう予定だけど……来世こそダービーを目指す仔馬の奮闘記」

「悲しすぎるわ!」

「じゃあ、チビの駄馬だけど努力を続けて、この先生きのこる……といいね」

「他人事じゃないか!」


 お父さん、どうすれば納得してくれるかな?

「うーん……じゃあ」

「……」

「驚異の記録保持者」

 お父さんは頷いた。

「この連敗記録は誰にも破れない! 心して開くがいい」

 一応、言っておくけどふざけてないよ。僕はこれでも真剣に考えてるからね。


 お父さんは深いため息をついた。

「お前にやる気がないことはわかった。もういい」

 誤解されたままなのは困る!

「待ってよお父さん」

「……なんだ?」

「動画のタイトルは大事なんだよ。色々な人の気を引かないとそもそも見てもらえないから」

「だから、動画ではなく……お前はウマなんだ。ウマならその脚で速く走ることを考えなさい」

 僕は自分の栗色の体と、膝から下が真っ白な脚を眺めた。

「……脚で?」

「そう、脚だ」


「……」

 お父さんは、僕が未熟児だということを理解しているのかな?

 体の特徴とか蹄の形を見てわかったけど、僕って大きく育てない特徴を持つ仔馬なんだよ。何でそんなことがわかるのかって?


 どうしてかはわからないけど、僕には相馬眼という力が備わっているみたいなんだ。

 だから、レースで誰が有利かとか、どんな騎手が向いているかとか、それぞれの馬に見合った距離とかが、ある程度絞り込める。

「……」

「それはいずれ、私の脚のように立派に育つから! だからやる気を出しなさい」

「でも、お父さんの脚って……折れたじゃないか」

「うぐ……!?」


 お父さんがとても悲しそうな顔をしていたので、少し取り繕うことにした。

「それにねお父さん。やる木なんて古い考えにとらわれていてはいけない。そんなものは切り倒すに限る」

 お父さんの耳がピクリと動いた。どうやら興味を引けたようだ。

「やる気のない奴に居場所などないぞ」

「違うよ父さん! 脚元をよく見て!!」

「……この小さな草がなんだ?」

「雑草の中にはね……木とは違って横に伸びるものもいる」

「何が言いたい?」

「他の馬と同じように高く伸びようとするから、体を壊したり心が折れたりするんだ。だから……やる気や伸びるという発想を転換して、競争相手の少ない場所を制圧するという生き方もある」


 そう答えると、お父さんは機嫌を直してくれたようだ。

「ジュニア……お前、お前ってヤツは……」

 僕にダービーを制したり、日本最高峰の名馬になるなんて大それたことはできない。だけど、努力次第では、お父さんやお母さんの経歴にささやかな花を添えることくらいはできるかもしれない。

 そう思っていたとき、牧場に初めて見る仔馬がいた。


「ねえ、お父さん……」

「どうした?」

「あの女の仔……だれ?」

 お父さんは淡々と答えた。

「お客さんだな。板野社長……わが社の会長、柿崎おじさんの友人が連れてきた仔だろう」

 ため息を漏らした。

「まだ幼いというのに美しい毛並みだ。フランスからやってきた葦毛馬とは彼女のことか」


 僕の脳内はとてつもなく混乱していた。

 美しいは違う。キュートでもない。セクシーでもない。彼女の印象は何と表現すればいいんだろう!?

「名前は……なんていうんだい?」

「確か、エレオノールペルル……だったか」


 僕は思わず生唾を呑んでいた。

 なんてエレガントな響きなのだろう。エレオノールの意味はわからないけど、ペルルはフランス語で確か真珠を意味していたと思う。

 艶のある灰色の毛並みが、太陽の光を反射している。

「気に入ったのか?」


 お父さんの問いかけに、僕は頷いて答えのが精一杯だった。


―――――――――

 サイレンスアロー


挿絵(By みてみん)

【作者からのお願い】

 ここまで読んで下さりありがとうございます。

 もし、気に入って頂けたら【ブックマーク】や評価欄の【☆☆☆☆☆】にお好きな星の数のクリックをお願いします。結果は次の執筆の際に役立てさせていただきます。


 また、★ひとつをブックマーク代わりに挟むことも歓迎しています。


【キャラクター紹介:サイレンスアロー(幼少期)】


 グランパ牧場のサラブレッド。

 仇名:シュババ(いつの間にか後ろに立っているため)

 2024年1月生まれ。

 父はドドドドドドドドド。母はカグヤドリーム。

 毛並みは栗色。まつ毛がとても長く、額には目立つ白斑があり、脚は4本とも膝から下が真っ白(たてがみの色もやや薄いため、姉とセットで尾花栗毛姉弟と言われることもある)


 1月生まれにも関わらず、後から生まれてきた同級生に次々と背の高さを抜かれていく、お困りの主人公。

 愛らしい見た目とは裏腹に気性は難しい。更に好奇心旺盛で、どこからともなく良い知識も無駄な知識も覚えてくるため、家族や友人、更に牧場スタッフたちを困らせている。

 また、生まれつき鋭い相馬眼を持っており、馬体を見ただけで得意な距離や競馬場、騎手や調教師との相性、種付け時の相性の良いお相手などを見抜けるが、なぜか二枚目キャラになれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ