第11話 〜名サポーター〜
【平和の象徴】キルドメンバー File.6
ミルク・ダッス
嘲笑いが第4階層を渦巻いている。ツルハシを手に持ち、4階層の赤い熱のこもった岩窟の壁を壊している。
1〜4階層の岩窟は広く、暑い。全ての壁に40度以上の熱がこもり、2分も動けば汗だくになる。
重厚な鎧は熱がこもり、気を失い、体力を奪われる。才能値【20】以上いかなければ耐えられない暑さが続くこの岩窟で馬鹿のように壁を掘り、砕けた赤色の岩を1メートル弱の背嚢に詰めていく。見た目より多く入るマジックバックではあるが重さは積み重なるはず。
「おい、ミルクさんよ。まーた岩集めか? よくやるねぇ。なんも価値のない岩を集めてよぉ!」
「やめてやれって。馬鹿が本当に馬鹿になっちまうじゃねぇか!」
1つのパーティーがまたうざったい笑顔を纏ってミルクの横を通り過ぎた。万年Fランクギルド。そこへ所属しているミルクはそんな奴らに目も配らず、せっせと岩を砕く。
『ギィ……!』
だが、ここはダンジョン。人の意志も希望も全てを折る、絶望が詰まった神秘。赤色の毛を纏った、1メートル弱の狼。レッドウルフが喉を鳴らしミルクを標的に選んだ。岩壁に擬態し、不意をつくのが好きなモンスター。レッドウルフは残念だ。戦えない鍛冶師のミルクを守るのは1人の至宝だから。
「リーエ。手加減しろよ」
「んっ。なるべく努力する」
ミルクの傍。ミルクの友人から貰ったどんな壁でも同一の見た目になるカモフラージュ用品。擬態布から抜け出し、切れ味はないに等しい、木で作られた大剣を構える。刃渡り1.5メートル、横幅50センチの自身の身長に届きそうな大剣を構える。
モンスターは人を殺すために動く。そんなモンスターの瞳が震える。リーエは本当に軽く、大剣を振る。距離は7メートル。崩れる岩窟。轟音が4階層を響き渡らさせ、ミルクは舌打ちをする。
「ったく! 早く逃げるぞ」
ミルクは耳を塞ぎ、背嚢をリーエに担がせ驀進した。
「……ごめん」
リーエは顔を苦渋に歪め、ダンジョンへの外。クレーターの中層のベンチでアイスをべろべろと舐める。ミルクは反省しているかしてないか分からない表情だなとはにかんでしまう。
「まあ、いいよ。お陰で素材はたんまりだ。これで武器1個作れそうだ」
「こんなにあるに、武器1個? 大変だね」
ベンチの横に、パンパンな背嚢に瞳を移して、リーエは柳眉をピクっと動かし、また無表情でアイスを舐めてる。
風が靡き、彼女の黄金色のミディアムヘアーが揺れる。絵本の中の、お姫様を切り取ったような神々しさの顔のパーツに、翠色の宝石を彷彿とさせる瞳と、白の戦闘衣服。幻想、という言葉が似合う彼女にミルクは見蕩れながらゴホンっと咳き込む。
「リーエの新しい武器を作るにはまだまだ素材は必要だが、今日はこれぐらいでいいだろ」
「ん。じゃあ、私ダンジョンに行ってくる」
「まてまてまて! まだ依頼は終わりじゃない!」
「終わりじゃない? まだ……なにかある?」
「ああ、あるよ。今日は1日暇してろ。ダンジョンに行くな。いいな?」
「……やだ」
「やだじゃねぇ!」
ミルクはリーエの頭を掴み、横へ揺らす。周りに行き交う人は、至宝になんてことをやっているんだと瞠目せざる負えない。
「リーエはダンジョンに行きすぎだ。ちょっとは休むことを覚えろ」
「……休むことなんて知らない。リアンやミラーやソンジュに散々言われたけど。全部楽しくなかった」
「この死をかけた戦い大好きな生の実感変態野郎が。いいから散策するかとか、なんでもいからなにかしろ!」
「でもダンジョン行かないと強くならないよ?」
「んんんんん! ……じゃあ武器を作らないぞ? お前の武器を作るのにどれくらい心労するとお、も、って、る、ん、だ!」
ミルクはリーエの眉間に指を突き刺し、リーエはイラついた双眸を浮かべる。
「じゃあ、3時間だけ」
「無理だ」
「2時間?」
「どうして少なくなるんだ! 1日だ、1日! 1日ぐらい休め本当に」
ミルクはこいつは……と気疲れしたように肩をすくめる。リーエは頬を膨らませ、「分かった」とアイスを頬張り、ベンチから立った。
「やっと休んだか……なんか変な言葉だな。っておおい! このバック持っててく——!」
ミルクの呼び声虚しく、リーエは空へ跳躍した。突風が周囲を渦巻き、ミルクの茶髪の短髪が激しく揺れる。規格外すぎる行動にミルクは「さすが至宝だなぁ」と後ろにあるバックをどうしようかと、途方に暮れるのであった。
ミルク・ダッス。彼は戦えない鍛冶屋。彼が守るのは自分の信念だけ。人も助けず、人も殺しも出来ないほどに弱い。
だが、彼のサポートと鍛冶の技量は一流だ。
サポーター。冒険者をダンジョンでサポートする役職。サポーターは魔石やドロップアイテムやモンスターの解剖、荷物の持ち運びがメインの仕事である。サポーターを本業とする冒険者は少なく、重宝されやすい。死の瀬戸際のダンジョンで雑用を全てやってくれる冒険者は大切な存在だ。
ミルク・ダッス。彼は名サポーターである。
「そこを左だ」
月に1回の強化合宿。リアンとマリアとミルクは”変装”をして、16階層にいる。15階層〜20階層。雫の階層と呼ばれる階層。岩窟の天井から雫がひたひたと垂れ、雨のような状況が続いている。時には毒や麻痺や熱湯になるなどその場に応じて、専用の衣に変えなければ生死を左右する階層。
サポーター冥利に尽きる、階層で化け物たちは食料庫まで来ていた。モンスター達の活動源である、食べ物があるルーム。この階層では甘ったるい汁が80メートルほどある大きなルームの天井から垂れてくる。糖度で固まった鍾乳洞のようなものが天井に覆われ、モンスター達が飽食すべく大移動してくる。
デスアント、ハーピー、トレントなど一般の冒険者ではこの大群に遭遇したら余裕で死ねる。そのはずなのにリアンとマリアとミルクは擬態布を被り安全にルームの中央に来た。
「ひひひ、行くぞ。死ぬなよ2人とも」
「誰に言ってるのかしら」
「サポートは任せろよ。キツくなったら直ぐにマリアが転移を使う指示を出す」
「試合開始だ!」
マリアの右手に熱が収斂する。リアンがスキットルのお酒を大きく仰ぐ。ミルクは背負っていたバックパックから、赤色のポーションを投擲する。
「【神の制裁】」
「おらああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ルームを照らす光の5つの柱。天井を貫き、大穴を開ける。モンスターは灰も残さずに死んでいく。無詠唱なはずなのに、その力は正に神の所業。
対してリアンの大剣の横薙ぎは多くのモンスターの体を切断していく。リーエは疾走し、赤色のポーションを手に取る。
流れるように大剣を振り、四方八方から迫り来るモンスターを相手していく。その姿は狂犬。1体に深く噛み、2体目に移動する。傷ついた体にポーションをかけて、大剣を振り回す。
「【神の手】」
マリアも止まらない。マリアの拳が光だし、殴打、殴打、殴打、殴打! モンスターの目が飛び出し、自信に血を纏う。
モンスター達の表情は一変し、苦笑いでもしたそうだ。そんな時、リアンの大剣が切れなくなってきた。刃こぼれ、そして武器が泡のように消え、黄色の模様が描かれた大剣が。
「おらおらぁ! 雷だぞ!」
ビリビリと大剣を地面にぶっ刺し、モンスター達が動けなくなる。スキットルのお酒をガブッとのみ、発狂しながらモンスターへ薙ぐ。
炯々と2人はモンスター達に睨みをきかせ、倒し倒していく。
「こいつら人間じゃねぇよ」
約20分の戦闘。2人は何百体のモンスターを倒したか、分からない。呼吸が荒くなり、肺が突き刺さるように痛い。
ミルクは2人の状態を確認して、笛を鳴らす。
「まだいけるわよ」
「そうだ! まだ私はいけるぞー!」
「戦いたかったら戦え。1番弱い俺が死ぬけどな」
「「ちっ!」」
「舌打ち結構! 早く退散だ!」
名サポーター、ミルク。彼は武器を自由自在に入れ替え、戦況判断を迅速に見切りをつける天才。
マリアは魔法を発動し、ミルク達はこの階層から消えた。誰かはいうミルクは弱い。サポーターはおまけ程度だと。いや違う。サポーターは誰よりも周りを俯瞰し、戦況を動かす指揮官なのである。
ミルクはパーティーでの指揮能力はピカイチ。
ギルドメンバーは彼を信頼している。
「私はまだ戦えたわ。本当に最悪の判断よ」
「なー! 私もまだ元気いっぱいなのに。かの矮小男がよ!」
「そんな言い方あるかよ〜」
だが、信頼はしているが不満はたっぷりのようだ。【平和の象徴】鍛冶師兼サポーターのミルク・ダッスは今日も仲間を守る。