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第10話 〜ゆるい1日〜

 

【平和の象徴】ギルドメンバー File.4 File.5

 ソンジュ・エグジル・エーバー

 マリア・テレサ


「………………暇」

 長い時。それは永遠のように感じるような長い刻を、彼女は生きてきた。ゼイウスが出来上がったのは約500年前。彼女は300年前に産まれた。

 近年のエルフは遺伝子的に進化してきた。昔はエルフの平均寿命200歳であり、段々と歳を重ねていった。しかし、500年前。ダンジョンから溢れだすモンスターに対抗して、エルフの生態は変わった。産まれたあとの肉体の最盛期の時点で体が止まる。その分、寿命が縮み、平均寿命が80歳となった。

 300年前に産まれ、今でも生きているソンジュは現存しているエルフの中で、最古の生命体である。

「……あれ? もう13時。ご飯を食べなければ」

 冒険者組合、忘れられた部署。情報整理部署。ソンジュは書き綴っていたペンを止めて、机の横にある紙袋からお弁当を机へ広げる。風呂敷を広げ、お弁当の蓋を開けたら、あっと気の抜けた声が漏れる。

「そういえば30分前にご飯を食べたばっかでした。いけないいけない」

 ソンジュはお弁当の蓋を閉めて、紙袋へまた入れ直す。本を開き、また文字を綴っていく。機械のように動く手と、綺麗な文字。誰もが読める世界共通語を書き続け、30分後。またお弁当をとりだし、また同じことを繰り返す。銀髪の腰まである髪を優雅に揺らし、エルフの特徴的な耳。細めで瞳を露わにすることはない。華奢な体と、白の服に身を包む。端麗な慈願であり、美しい人なのだが、ソンジュはボケ初めている。

「暇だわー! かーえーりーたーいー! 本を読みたいたいわ、英雄譚、喜劇譚、恋愛、推理。こんな雑務、もう200年続けてるんだからー! いいでしょー! マーリーアー!」

「ダメよ、ダメ。机に齧り付いて、生きていきなさい。おばあちゃん」

「おばあちゃんって……ふん。そっちこそおばあちゃん臭いでしょ、お煎餅ばっかり食べて〜」

「好きなんだもの。仕方ないじゃない」

 ボリボリとシスター服を着て、お煎餅を食べている女性。日光が入ってくる、執務室のような小さい空間で2人は和気あいあい? と過ごしている。

「私ね、夢があるの」

「まーたその話? もう飽き飽きしてるのだけれども」

「私ねー、王子様にこの窮屈した生活から助け出してもらいたいの」

「はい、始まった」

 ソンジュは話を止めない。王子様がどんな姿なのか、王子様がどんな局面で現れるのか。そんなの全部、夢物語、なるはずのない夢。話して、話して、話し続けてボーンボーンと時計の鐘が鳴る。

「あら、もうこんな時間。ふー! やっと仕事が終わったわ。帰りましょ、マリア? ……マリア?」

 鼻風船だし、寝ていたマリアが目を覚ます。紫紺の瞳がキラリとひかり、背筋を伸ばす。

「ふあ〜、帰るわ」

「うん! そうしましょ」

 爽やかな笑顔で、ソンジュは立ち上がり紙袋を持ち上げる。マリアは眠たげな目を擦りながら”重厚な鉄の扉に真っ白な手を当て”詠唱を開始する。

「【神様はいつも平等に不平等をあたえる】」

 長いまつ毛が彼女の瞳を際立たせ、薄笑いを浮かべる。

「【解錠(ウヴィア)】」

 古代文字が重厚な鉄の扉を埋めつくし、弾け飛び、細かな結晶のように床にゆらゆらと落下する。マリアは扉を鷹揚に開き、一直線の廊下を眺める。誰もいないと胸を撫で下ろし、煎餅をガリガリいわせながら廊下を歩いてく。

「帰ったら、一緒にお酒飲まない? 皆も一緒に」

「嫌よ。ソンジュ酒癖悪いもの」

「えぇー! いいじゃない! 今日は飲みたい日なの! リアンも誘って」

「リアンー? あんなと飲んだら明日、二日酔いよ。絶対に嫌だわ」

 ソンジュ達は閑散とした廊下を歩き、扉を開ける。そこはストリート。亜人、エルフ、ドワーフが行き交うような活気ある道。夕日が散々と街を黄金色に照らし、彼らたちの表情も明るくする。マリアは頻りに周囲を見渡し、傍から見たらただの一般の建物から2人は出ていく。ソンジュは行き交う人達の顔色を見て、ふふふっと白い歯を出して笑う。

 彼女は人間観察が趣味なのだ。

「はぁ〜。楽しそうでいいわね。私は毎日毎日、貴方の護衛で心臓が飛び出しそうなのに」

「あら? マリアは私といて楽しくないの?」

「楽しくないわよ」

「えー、それは悲しいわー」

 悪戯な笑む、相貌は道行く人の双眸を釘付けにする。妖精のように儚い仕草と、体の動き、対して、マリアの容姿もこの上なく素晴らしい。美しい、白い肌と蕩けるような翠色の視線。煎餅をボリボリ食べているところも、ギャップもある。

 2人はいざこざと言い合いながら、帰路を進む。そんな時、ソンジュは歩みを止める。耳朶が震えた。

「……泣いている。女の子が泣いてるわ。あっちで、女の子が」

「……はぁ〜。今日は普通に帰れると思ったのに……! っで距離は? どんな状況? それは助ける()()があるの?」

「方角は南西、3キロ奥の裏路地。悪い男に連れ去られてる、多分ギルドの勧誘と銘を打って、拉致られ、強姦ね。価値……はある。彼女はいずれ大きくなる。大樹のように。今はまだ土からさえも芽が出てないけど。あるキッカケで大きくなる。この大天才の私が保証するわ」

 マリアは呆れて、肩を落とす。ソンジュが言うならば仕方がない。危険に晒したくはないが、彼女の意思に沿うのが私の正義だと。

「なら、行くわよ。怪我したくなかったらちゃんと掴みなさい」

 マリアの背中が熱く、熱く熱が収斂する。ブフォンとストリートに熱がこもり、マリアは飛ぶ。初速は誰も視認できず、正に消えた。神の所業、誰もが思った。


「助けて!! 誰か! 助けて! ニール……ニール!」

「へへへ、助けを呼んでも誰も来ないぜ嬢ちゃん」

 毛が濃い、大男2人。才能値【26】、【29】。十分に冒険者として稼げるほどの強さを誇る2人は、まだ幼い赤髪の少女を襲っている。白のノースリーブの服に、茶色い短パン。ピンクの花の髪留めをして、抵抗はしているが、彼女の才能値は【13】。倍以上も離れている、彼らは正に雲の上の存在。

 彼女が勝てる理由はない。男たちは睥睨する少女の服を裂破する。少女が目を瞑り、もう諦めたその時、背後が強く光る。眩い光、現れるのは、兎の仮面を被ったシスター服のマリアと、可愛らしい龍の仮面を被ったソンジュ。

 男達は瞠目し、ひひひぃぃぃ! っと叫ぶ。あれは巷で、いいやゼイウスの話題の種。仮面集団だと。

「この子が大きな木になる? そうはみえないけど」

「あら、私の予想が外れたことがある?」

「憎らしいことにないわね。憎らしいことに」

「もぉー! 2回も言わないでよ! 失礼ー! 失礼!」

 男達は歯をガチガチいわせながら、遁走する。彼女達の噂はまるで山のようにある。才能社会と言われる程、才能値が重要視されるこの世界で才能値の差が関係ないほどに強い。そんな仮面集団を人質を取っても勝てるわけがないと逃げていく。

 そして、兎と龍の仮面に会った男は死にものぐるいで逃げなければ自分の所業を生涯後悔するという。

「逃げたよ、マリア」

「知ってるわよ」

 マリアの右腕が熱くなり、消える。ソンジュはコツコツと靴底を鳴らし、上着を少女にかぶす。

「もう安心して。私たちが来たから」

 少女は感じた。龍の仮面越しでも、彼女が優しい笑みをしていることが。少女は不自然な笑顔を纏い、気を失う。極度の安堵が傷ついた体を、思い出させた。

 ソンジュは痛憤しながらも、こんな時にでも笑う彼女はやっぱり大物になる。ただし、冒険者嫌いになるかもだけどと。

「まあ、あの男2人も運がいいわね。マリアなら玉が取られるだけだもの。ミラーとヤミとリアンなら殺されてたから」

 路地の奥。男たちの悲鳴が木霊した。ソンジュは呆れ顔をして、マリアは手をフリフリと汚いものを落とすかのように振りながら、ソンジュの所へ戻ってくる。

「さすが、神に認められた女性はやることが違うわー」

「なにそれ、嫌味? 私も玉とりなんてやりたくないのよ」

 マリアは嘆息を吐きながら、少女を一瞥して。神に祈りを捧げる。まるで彼女の成長を願っているように。ソンジュはふふふっと声を漏らし、マリアは「なによ」と怒りがこもった声色で、仮面越しにふてぶてしい視線を送る。

「いーや。そこら辺はやっぱり、聖痕が現れた人だと思ってさ」

「うっさいわ。早く帰りましょ。この子はもう大丈夫よ」

「分かりましった!」

 ソンジュは服についた土埃を払い、靴底を鳴らし裏路地を出ていく。去り際、少女は意識を取り戻す。視界に映るのは華麗な女性2人、仮面を脱ぎ、横顔が微かながら一瞥できた。

 少女は上擦った声で、「ありがとうございました!」っと張りのある声で言った。2人は仮面を取ってしまったとそそくさとその場を光で埋めつくし、居なくなった。



「っで、2度目のお誘いだけど。今日お酒飲まない?」

「……1杯だけならいいわ」

「あっれー、さっきまであんだけ嫌って言ってたのに。ありがとうを聞いたから、健気の少女を助けて気分が良くなった? それとも玉をもぎとってこうふ——うううっ! うんっ!?」

「その減らず口を閉じなきゃ、一生喋れなくするわよ」

 2人は仲良く? 歩み、1軒の家に着いた。看板には【平和の象徴(オリーブ)】と書いてある、Fランク冒険者ギルド。世間からは最弱の冒険者ギルド。しょっちゅう、周りから弱すぎて嘲笑されるギルド。仕事もしないし、依頼も受けない。ただの美女が入り浸る、家と認識されている。このギルドハウスにはギルドメンバーしか入れない。7人が住むには随分小さすぎると感じる、この家でも玄関を開けると外見とはかけ離れた大きな玄関が待ち受けている。そこにはまるで待っていたかのように、可憐な金髪のメイド服の女性が立っていた。

「おかえりなさいませ。ソンジュ様、マリア様」

「ただいま、ミラー1号さん。あっ、ギルドメンバーに今日はマリアが飲むと伝達してくださいな」

「承知致しました。因みにマスターはあと8秒後にここへ、リアン様もうそろそろお帰りに、ヤミ様は19時にご帰宅、ミルク様は庭の工房で武器を作っておられ、ミラー様はお仕事に。夕飯は20時を予定しております」

「ありがとう、ミラー1号」

 ソンジュはミラーの頭を撫で、土足のまま家を歩く。まるで豪華な宮殿のような作りで、玄関すぐには大きな階段がある。その上からかっこつけながら、おりてくる黒髪の男。

「マスター、ただいま〜」

「ソンジュちゃん、お帰り〜。僕の顔を眺めて、どったの? もしかして僕かっこよすぎた? こりゃあ今日は夜を共にしないとね」

 キランと歯を剥き出しにし、ウィンクをする。ソンジュはおえ〜と舌を出し、マリアは気持ち悪いと悪辣ない言い方を。

「その対応いいね! マゾとしては僕気持ちいいね〜。それで、今日も問題なく?」

「うん! マリアがちゃっかり護ってくれました」

「そりゃあね。希望の世代の中で1番、僕に近い存在なんだから。神の業を使える聖痕者、そしてそんな女性が守るのが——」

 男は指をソンジュに指し、

「世界で最も死んではならない。人類の生命線! ソンジュちゃん! いや〜いいコンビだね。マリアちゃん、寿命まで頑張ろうね」

「ほんとに嫌だわ。このギルド」

 ソンジュ・エグジル・エーバー。彼女は世界で最も死んではならない人物。彼女の存在自体が世界の宝。彼女はダンジョン都市で、永遠という刻を過ごさなければならない。そして、彼女の歴代の護衛者は全員強者揃いだった。ソンジュの要望により1人の護衛者がいいとなり、至宝に最も近い存在達が護衛を任せれてきた。

 マリア・テレサ、彼女は希望の世代の中で頭1つ抜き出ている、聖職者。神に認められ、背中に聖痕が現れ、神の業を使用出来る、稀代の聖女といわれる。神の業を使える者でさえ目の前の”男”には敵わない。

「ってかさ、今日は皆でお酒飲むんでしょ? いいね! ヤミちゃんをべろんべろんにさせようぜ」

 ヘナヘナな男はケラケラと不気味な音を出し、マリアに舌打ちされた。このギルドはまだまだ謎が深い。どうして、仮面集団があるのか、どうしてこんなに強いメンバーが属しているのか。


 その謎は徐々に解き明かされるであろう。


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