メンヘラのことが嫌いなメンヘラ
ふと手元の携帯の連絡先の中から、よく俺の話を聞いてくれる友達に電話をかけていた。
何か困ったことがあったわけではなかったはずだった。それはただの思いつきでしかなかった。
「もしもし、、おひさー」
元気そうな声が聞こえてくる。
彼はまだ大学生だからどうせ暇しているのだろう。そんな雰囲気が伝わってくる声だった。
「うっす、、おひさ」
挨拶は返す。社会人として当然のマナーである。すぐさま俺は疑問を投げかける。
「最近は何してる?」
「最近は、、何だろう。強いて言うなら課題に追われてる」
彼はけらけらとした軽い笑いとともに俺の質問に答えてくれる。
「脳みそ腐りそうだな」
俺も笑いながら答える。それに対して彼も「ほんとそれ!」と暗い雰囲気を吹き飛ばすような軽快な返事をしてくる。久々に心地よい会話だと感じた。
心地よい空間が自分を包む。この感じは気が緩みがちになり、苦手だ。
すると、どうにかして俺の心情を吐露したい。そんな欲に駆られた。何の用も無いはずだった。この心情と出来事も俺だけで消化して次に切り替えよう、そう思っていた。
「何かあった?」
急に落ち着いた調子で一言、吐き捨てるように彼は尋ねてきた。自分の心情が読まれているのではないか、そんなタイミングだった。
続けて、「無理して言う必要もないか。言いたくなったら言って。」そう彼はつぶやく。
普段、助けを求めることをせき止める何かが、その瞬間だけは役目を果たさなかった。
「いや、その、、ちょっと裏切られたというか、思ってたよりうまくはいかなくて」
気づいたら言葉に出していた。少し感情がのってしまったような気がした。
まさにメンヘラがメンヘラ発言をしたといったような印象を与えたかもしれない。今考えれば、完全な失敗だったと言えるそんな発言を、付き合いの長い男友達にしてしまった。
「あー、裏切られたか、、結構キツイよなあれ。」
急に彼は過去を振り返るようにそう呟いた。
「勝手に信頼してたのはこっちなんだけど。」
寂しそうに、思い出話をするように彼は呟いた。
意外な反応を見せられ、少し戸惑ってしまった。笑いながら茶化してくるそんな展開を予想していた。そんな反応に戸惑ったが、話を聞いてくれる様子を感じ取れたことで少し安心もした。
そんな雰囲気で頭が急回転し始めた。考えないようにしていたことのはずなのに、止められなかった。
裏切りに遭うなんて経験は、きっと誰しもが経験していること。それの被害者側に回っただけであって、貴重な経験でもないことは自分でも理解していた。
俺は振り絞るようにして言葉をつないだ。
「連絡を取ってた。でも返信が段々、遅くなっていって、気づけば来なくなった。あんなにも話は弾んでたのに、楽しそうに俺のことを見てくれてたのに。」
きっと何かズレてたのかもしれなかった。感覚が、認識が、理解が、彼女と俺とで違いがあった。それも全部、理解していた。ただこぼさずにはいられなかった。俺が与えた情を無下にされたようで悔しくてたまらなかった。
「、、、きっとタイミングが悪かったんだよ。「何が」って言うのはわからないけど、色々と重なって」
たまに彼は抽象的な発言をする。まるで自分に言い聞かせるような、、、
彼もそれ以上、なにも言えない様子だった。
そんな彼を横目に俺は考えをまとめることに集中し始めた。できるだけ自分のなかの辻褄が合うように、丁寧に自分の心情を吐露しようとした。
「俺は彼女に結構尽くしていた気になってた。彼女もそれで喜んでいると思ってたし、俺にその分返してくれるんじゃないかって、」
思わず吐露した心情はあまりにもむちゃくちゃなものだった。愛情は返してもらうために与えるものでもないし、ただの自己満足に過ぎないこともわかっていた。なのに理不尽なその主張を止められなかった。
「大好きだった。こんなにも好きなのに、、報われないなんてあるのか、理解できなかった。」
しばらくの静寂がその場を包んだ。決して凍えるような静寂ではなかった。心地よいとまではいかない。ただなんとなく相手の出方をお互いに窺うようなそんな静寂だった。そんな状況下で俺は自分の主張をもう一度振り返った。
色々と複雑に重なった感情を整理することは不可能であり、言語化することも困難なものである。自分の口から放ったはずの心情は、自分のものとは思えないほどに論理的ではなかった。
なんだか恥ずかしい気がしてきて、話を変えようと俺は口を開いた。
「その子とは付き合ってたの?」
先手は彼だった。彼が話を続けるつもりであることに少し驚きつつ、俺は会話を続けた。
「いや、告白はしてない。そろそろするつもりではあったんだけど。」
「なら告白しよう。多分、中途半端な関係が一番つらい。」
そのままこう続けた。
「相手との距離感がわからないから、不安になるし、複雑なことになる。心情の理解には、単純な結論が必要だと思う。だからその関係に告白という結論を導出するための手段を用いるべきだと思う。」
俺は気持ちが少し軽くなるのを感じながら、こう返した。
「メンヘラっていう言葉は嫌いなんだ。この複雑な心情をそんな1つの言葉でまとめられるわけがないから。メンヘラっていう言葉だけで、、一括りにはできないはずだから。」
そしてこう会話を締めた。
「ただこの複雑な心情を整理する努力をしないことには、メンヘラって他人に貶されてもしょうがないかもしれない。だから努力するよ。」
正直言って、人間関係に正解は何通りもあるし、不正解も無数にあるだろう。解決にどれを選択するか、それぞれで多種多様な意見があるだろう。
今回、提案した告白っていう手段が彼にとって正解ではないかもしれない。
ただ葛藤していることにどんな結果であれ、手助けしたことは後悔していないし、たとえ自分の経験であっても同じことをするだろう。
彼もある程度、自分のなかで整理していたはずであり、だからこの告白っていう手段を僕が提案した瞬間に納得したのだろう。あくまで僕は背中を押しただけ、責任の半分を請け負っただけ。
僕はそんなことを考えながら、目の前に写っているレポート課題に取り組み始めた。