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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
95/107

現在7 傷痕⑤


 不意に紗夜ちゃんの口からセツナの名前が出てきて、私は少々面喰らう。


「やっぱり紗夜ちゃん、柊平くんとセツナが親子だって知ってたの ?」

「あなた達の入学式の直前に、今更父親をやるつもりはないけど、息子をよろしく頼むって藤堂先生から言われてね。その年の夏にセツナくんからも直接打ち明けられた」

「えっ!セツナも柊平くんが父親だって分かってたの?」


 私はいよいよ立ち上がる。


「藤堂先生とセツナくんの育てのご両親には今でも密な繋がりがあるから、それで知ってしまったみたいなの。もちろん私の心臓がセツナくんの母親のものであることは言ってないけどね。セツナくんが藤堂先生のことについて悩んでいることも、藤堂先生本人には伝えてあるんだけど」

「つまりあの二人、互いに親子であると認識していたことを知ってたんだ」


 柊平くんとセツナがあまりツーショットを見せてこなかったのは、それ故のことだったのかな。しかしこれで見事に三人が繋がった。


 柊平くんとセツナの間に挟まる紗夜ちゃん。


 茉莉子さんの心臓によって、三人が磁石みたいにくっついて離れられないのだろう。


「とは言え、紗夜ちゃんにセツナを頼んだということは、柊平くんに父親の自覚はあったんだね」

「否定はしてた。けど、やっぱり、育てたかったんだと思う。生まれてから一度も会ったことがなかったみたいだから」


 そうだったんだ。柊平くんはセツナと一度も。


「私、柊平くんに会ってみる。セツナの名前を出せばきっと」


 きっと、何かが変わってくれるはず。


 そして柊平くんの気持ちを、早くセツナにも教えなければ。このままじゃセツナは誤解したまま卒業してしまう。


「藤堂先生ならきっとログハウスにいると思う。昨日も夜な夜な行ってたみたいだから」

「さっきもいた形跡はあったんだけど、会えなかったの。今も心美が向かってるはずだけど、会えるかな」

「大丈夫、次はきっと会える。藤堂先生も大人になった三人を見たら、びっくりするはずよ」

「うん!」



――そう言えばセツナって最期……



 あれ、なんだろう。今、頭の中に一瞬だけ過ぎった閃きがあった。掴めないまま遠くへ流れてしまった直感に、私は突風を受けたみたいに唖然となる。


「真由ちゃん、最後に一つだけいい?」

「なあに?」

「私ね、こう思って生きてるの。『どれだけ回り道をしても、この日のために生きてきた』って。だからいつか真由ちゃんが、ちゃんと理央くんや心美ちゃんのところへ戻れますように」

「紗夜ちゃん」

「まりこ会はやっぱり三人でいるのが一番よ」


 その優しい物言いに、涙が溢れる。


「紗夜ちゃんに会えてよかった。向こうの時代に戻れたら、必ず探して会いに行くから」

「うん、待ってる。三人でおいでね」

「約束だよ!」


 紗夜ちゃんに見送られながら教室を後にする時、現在に生きる紗夜ちゃんが、大好きな人と笑っていますように、と小さく祈った。





 そして私は走り出す。

 暗闇の向こう側へ。






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