現在7 傷痕②
どう切り出そうか。
こんな肝心な時に、二人はどこへ行ったのやら。
「それで、理央くんとは?」
「理央?」
「今の説明なら、あなたたち三十歳を過ぎた頃よね?結婚は?もしかして、もう子供がいたり?」
当然といえば当然の紗夜ちゃんの質問に、私は焦った。
「私は今も独身です。子供は、えっと……生まれる前にだめになっちゃって」
紗夜ちゃんの顔がみるみる内に青ざめていくから、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「色々あったんです。暗い話ばっかりでもないんですけどね。会社作ったり、仲間が増えたりで、アべレージ割と……良い、です」
「じゃあ理央くんとは」
「卒業してから全然会ってなくて」
「卒業してからって……」
「こんなものですよ。学生の恋愛なんて、きっとみんな」
紗夜ちゃんに気を使う発言が自分自身にグサグサ刺さるのは致し方なく、私は下手くそな笑顔を浮かべる。
私が今ここでこの話をしたということは、これから紗夜ちゃんはそういう目で私と理央を見るようになり、つまり私の過去の自分に対する影響力に、自虐的に少しだけ愉快になった。
そうか。紗夜ちゃんは知っていたんだな。
私が理央とこうなってしまうことを。
心美がいなくなった後、私たちの関係がみるみるうちに希薄になっていくのを、紗夜ちゃんはどんな気持ちで見つめていたんだろう。
申し訳なくて、でもそんなことは柊平くんの死に比べれば些細なことで、私は紗夜ちゃんにどこまで事実を話そうか迷った。
「セツナくんは元気?」
「セツナとも全く会ってません」
「そうなの。そうよね。卒業しちゃえばね」
理央の話によれば、セツナはもう亡くなっている。でも言えなかった。紗夜ちゃんの穏やかなその目で見られたら、とても亡くなったとは言えない。
今は知らなくていい。そんなこと。
「もしかして、心美ちゃんとも?」
「はい。でも心美は結婚して、子供が一人いるみたいです。女の子で、理央にそっくりで」
「そう。一人じゃないのなら安心ね。心美ちゃんって強そうに見えて繊細だから」
「はい」
こうなると次は、必然的に柊平くんのことを聞かれるだろうと思った。セツナと同様に知らないと答えてもいいけど、聞かれる前に私は二人を探しに行きたかった。一人で判断するには重要すぎる案件だから。ダメならせめて、別の話題を。
「そうだ、良かったら別の場所で話そうか。学校、久しぶりなんでしょ?」
考えていたことが顔に出てしまっていたのか、私は紗夜ちゃんの気遣いに素直に頷く。久しぶりに教室が見たいと言うと、紗夜ちゃんは快く了承してくれた。
雰囲気を味わうようにゆっくりと廊下を歩くと、当時の空気や感覚が蘇ってきて、あれからの十四年間が、たった一瞬で幻のように感じてしまう。私はまだ高校生で、昨日までの記憶は眠りの中の夢だったと。
二年生の時に使っていた教室に招かれると、思わず「わぁ」と声が出た。
「どう、懐かしい?」
私は私の机に着き、椅子や机を手の平で撫でてみる。それらにほんの少しの違和感を感じるのは、私とこの世界には確かに埋めることのできない長いブランクが存在してるからだろうか。
「私、懐かしいと思えるほど長生きしたんだ」
「と言っても、真由ちゃんは私よりまだ若いのか。羨ましいわね」
そう言う紗夜ちゃんを見て思う。現在の紗夜ちゃんはどうしてるんだろう。紗夜ちゃんの近況が話題に上がらないということは、三人の中では誰も知らないはず。まだこの学校にいるのだろうか。
あれ、そう言えばセツナって、最期……?
「大丈夫よ、真由ちゃん。私や藤堂先生のことは聞かないから」
「え……?」
やっぱり顔色を読まれていたのか。私は頬に手を当てる。
「ほら、私たちってそっちの世界では完全におじさんとおばさんでしょ?年齢的にも色々と体にガタがくる頃だし、正直言って未来の現状を知るの、怖いのよね」
指折り数えて自分の年齢を計算する紗夜ちゃんが「そっちじゃ私、アラフィフ!?」と笑いだす。でもその笑顔も、未来から来た私の気持ちを察してのことかもしれない。紗夜ちゃんは良くも悪くも、察する能力が高すぎる。
「ねえ、紗夜ちゃん」
「うん?」
対峙する二人の年齢差は二、三歳といったところだろうか。ほぼ同じだけの長さの人生を歩んできたはずなのに、私は昔のまま、教師と生徒のような歳の差を感じている。
「紗夜ちゃんはどうしてこの学校へ来たの?」
「どうしてって」
私が生まれて三十年以上の月日が過ぎた。自分のどこがどう大人になったのかも分からずに、年下の彼のことは子供扱いするんだから、私だって未熟者に変わりない。
区切りを間違えてしまったので昨日と重複する場所があります。申し訳ないです(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
ああ真由パート難しすぎる。




