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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
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過去17 星降る夜に、生まれた④


 バレてしまったものは仕方がないので、私は後手にドアを開けるとくるりと反転し、大袈裟に両手を上げて中に入ってみせる。場を和ませるジョークのつもりだったが、驚いた顔をした紗夜ちゃんと目が合い、なんとも気まずいこの状況に即座に逃げ出したくなった。


「心美ちゃん、いたなら入ってくれば良かったのに。廊下、寒かったでしょう?」

「あー……はい……いや、大丈夫です」


 柊平くんがスツールを出してきたので、 私は捕虜になった気分でそれに座る。


「で、さっきの質問だけど」


 私のすぐ横でマグカップに注がれたレモンティーを一口飲むと、柊平くんは僅かにニヤリとしてこちらを見た。


「えっとー、少年が幸福か不幸かって話?」

「心美ちゃんはどう思う?」


「私と同じ考えよね?」とでも言いたそうな紗夜ちゃんの無垢な瞳が、私を射る。


「それは少年が何をもってして幸福なのか、というところから話を掘り下げないと結論は出ないかと。それにはまず少年が、血族や家族がいないから孤独なのか、一人ぼっちだから孤独なのかを考えないといけない。前者なら結果的に少年は孤独のまま消えていったから不幸。後者なら一人きりで消えなかったから幸福。もちろん生まれてきた赤ちゃんが少年の生まれ変わりか、という議論は別として、ですけどね」

「なるほど」


 紗夜ちゃんは頬杖をついて天井を見る。


「紗夜ちゃんの捉え方は、優しい人の考え方」


 私はありったけの皮肉を込めて言う。


「そうかな?」

「少年の孤独が報われたと考えてあげてるから」


 そう言われて照れる紗夜ちゃんには相応しい解釈だと、私は未熟さから来る苛立ちを覚えつつ笑った。


 不意に柊平くんの下ろした腕が私の腕に当たる。


「最期がよければ全て良し。紗夜先生はそう思ってるの?」


 柊平くんが紗夜ちゃんに問いかけ、それに紗夜ちゃんが答える。


「苦しんだのなら、最後は報われて欲しいじゃないですか。その苦しみは無意味じゃなかったんだよって」

「そもそも人生を終わらせてもいいと思うほどの苦しみに襲われたこと自体が、不幸だとは思わない?」


 質問の意図が分からないのか、紗夜ちゃんは少し困った顔をする。これは意地悪だ。私はそう直感して柊平くんを睨む。二人で意地悪をしたら、それは単なるいじめだ。


「もしも死に際、自分だけが報われたとしたら、紗夜先生は今までの人生を全て肯定できる?」

「自分だけが?」

「そう。人の繋がりなんて海流みたいなもの。いくら自己完結だと思っていたって、必ず誰かから影響を受け、そして知らず内、誰かに影響を与えている」


「だから少年が孤独になったのにも理由があり、自分だけが報われたって、本当の意味で幸福にはなれない……」


 柊平くんが言おうとした言葉の続きを呟く紗夜ちゃんに、柊平くんは微笑む。


「少年は、報われるために星になった訳ではないと思う。僕の考え方ではね」

「そっか。うん、確かに言われてみれば、私が感じていたのは物語の一部だけでした。良かった、ここでこの話ができて」


 さっきの紗夜ちゃんに同感だ。なんだろう、この筋道の見えない会話は。柊平くんは何を言いたいのだろう。


 いいや違う、その前にもっと根本的な部分で私には分からないことがある。


「セツナはどうして紗夜ちゃんを誘ったんだろう」


 ふと独り言のように口走った言葉に、その場が凍りつくのが分かった。と言っても柊平くんは澄ました顔で紅茶を飲んでいるし、紗夜ちゃんも自分のマグカップに視線を落としているだけだが。


「クリスマスにデートで見に行くような内容ではないしな」

「ちょ、ちょっと心美ちゃん、デートって」

「だとしたら……」


 だとしたら、紗夜ちゃんが柊平くんにこの話をするところまで、セツナの計算に入っていたのかも。いや、セツナのことだ、そうに違いない。セツナは、紗夜ちゃんが柊平くんとこの話しをすることを分かっていた。


『星降る夜に、生まれた』


 この話の影響力とはなんだ?


 考えていると、この重たすぎる空気を柊平くんが打破した。


「じゃあ僕はそろそろ仕事に戻ります」


 空のマグカップを紗夜ちゃんに手渡すと、 柊平くんは立ち上がる。


「仕事ってなに?」

「雪かきだよ。雪ってクリスチャンじゃないみたいでさ」


 柊平くんが指差す方を見ると、相変わらず雪が降り続いていて、紗夜ちゃんもうんざりした顔で窓の外を見る。


「じゃあ私は先に柊平くんちに行ってるね。今夜は理央も真由もいないから、二人でゆっくりできるよ。鍵なら心配しないで。理央が作ったスペアを持ってるから。夕飯までには帰ってきてね」


 笑顔の私が発するこれは、単なる紗夜ちゃんへの牽制。残念ながら私は私で今夜は忙しい。


「ちょっと担任の先生、唖然としてないで「大人をからかうな」とかなんとか、注意してくださいよ」


 ぽかんと私たちを見る紗夜ちゃんが、柊平くんに言われて慌てて立ち上がる。


「あっ、すみません!心美ちゃん!先生のことからかっちゃだめよ!」


 まったく。さっきからからかわれてるのはあなただよ、紗夜先生。いい歳して焦る姿が可愛いんだから始末に悪い。


 さて、夜になるまでに一枚描きあげてしまおうか。







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