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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
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過去15 一章分の人生⑧


 二者択一の残酷な選択に、本当はとっくに結論を出している。ただ、こうなってしまった不幸を、まだ上手く飲み込めないだけだ。


「真由のことよ。父から、私が家に入れば、いなくなった真由の母親を連れてくると言われたの。でも私はあの家と縁を切りたい。あんな裏切り者の元になんていたくない。私は真由と二人で、誰からの邪魔もされずに静かに暮らしたい」


 それなのに何でこうも邪魔が入るのか。


「全然成長してないな」

「はい?」

「前も言ったろう。二人のことを一人で決めるのは良くない。思い描く二人の未来を、一人で決断してはだめなんだよ」

「聞けないわよ!真由に母親と会いたいかなんて。会いたいに決まってるじゃない」

「理央は真由ちゃんの気持ちの全てを察することができるのか?」

「……いいえ」

「だったらどっちを選択するかは、半分は真由ちゃんに決定権があるんじゃないの?」

「そりゃあそうだけど」

「理央が一人で抱えるのは良くない。一人で二人分の人生を幸せにすることは出来ないよ。少なくとも、僕には出来なかった」


 本当は真由の答えは分かっていた。


 真由は必ず、母親より私を選ぶ。


 真由は絶対に私を裏切らない。


 私を傷つけるくらいなら、自分が傷ついた方がマシだと心から思ってる。


 だからこそ、私は真由に心の内を言うことが出来ないでいた。


 どんなに議論し尽くしても、どのみちどちらかは未来を諦め、どちらかは罪悪感を背負うことになるから。


 そんなのたまったもんじゃない。


 でも、柊平くんの言ってることも分かる。


 二人の人生を、私一人で守り抜くのは難しい。


 例え私が不幸を飲み込んだとしても、その先に真由も同じ思いをするのは目に見えている。


 運命とは、どうしてこんなにも意地悪なんだろう。


「柊平くん」

「うん?」

「私、柊平くんとセツナが本当の親子だったらいいなって思ってる」


 面食らった柊平くんが、私を見つめる。


「どうしたの、急に突拍子もない」

「もし親子だと仮定して、柊平くんがセツナと会うために日本へ戻ったのなら、それは一つ、 救いになると思うのよね」

「何を言ってるの?」

「あ、いいの。今のは聞かなかったことにして」


 苦しんだ末に、もしも一つだけ救いが待ち受けているとしたら、それも、また……。


「ところで話は変わるけど、柊平くん、文化祭の直前に心美と何か約束事をしたんでしょう?何を約束したの?」


 急に風向きが変わって、背後から流れてくる風に、柊平くんが前髪をかき上げる。


「約束というか……。もし心美が入賞したら、四人でお泊まり会をやろうって話をしたんだよ。このログハウスで」

「お泊まり会?」


 私は一般的な “お泊まり会” をイメージしてみる。四人で買い出しに出かけて、ワイワイと夕飯を作って、パジャマを着て、夜遅くまで、下手をすれば朝方までしゃべり通す……。


「やだ素敵!」

「ここ、僕が管理してるとはいえ、夜間の使用許可なんて出るはずないのに。まさか心美が最優秀なんて取るとは思わないじゃない、日頃のあの態度でさ」

「なら秘密裏にやるってこと!?もっと素敵!」


 がっくりと落とす柊平くんの肩を掴み、思いきり揺さぶると、面倒極まりないといった目の柊平くんが私の顔を覗いた。


「先輩たちから “魔女” の話は聞いてないの?僕はとても気が進まないよ」

「なら魔女の分のパジャマも用意しましょう!いつがいいかしら?あ、私たちの誕生日なんてどう?いい具合に週末だし!きゃー楽しみ!心美、でかしたわね!」

「現金な奴だな、理央は」


 さらりとした風が私たちの間に吹いて、私は私の問題を、ひとまず心の隅に置いておくことにした。


 そんなことしたって何の解決にもならないことは分かってる。でも、悩みに飲み込まれて今この瞬間を台無しにしてしまうのは嫌だ。


 未来のことは未来のこと。


 無理をしないように少しずつ考えて、二人が出来るだけたくさん笑顔になれるように進んで行こう。


 柊平くんがこのベンチに座った理由を、私に何を与えようとしてくれているかを、この涼しい秋風の中なら素直に汲み取ることができた。


 この人はきっと、本気で私たちの幸せを望んでくれている。


 その好意を無下にはできない。


 そんなことを知った、十六歳の秋だった。






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