過去15 一章分の人生⑥
時の流れはあっという間で、またこの日の朝を迎えた。
いつもより少し早い時間に起きると、重たい腕で髪をハーフアップにし、ワックスで軽く毛先をセットする。今日は色付きリップすらつけず、スラックスのベルトを締めてから、最後にブレザーを着た。
鏡の中では、年相応の顔をした男子高校生が私を睨みつけている。可愛げの欠片もない、つまらなそうな瞳。
私はため息をこぼして姿見から離れると、セツナの後について熱気で溢れる食堂へ向かった。
一歩入ると、なぜか大歓声で迎えられて面食らう。ああ、そうだ。確か去年もこうだった。
「理央!一年振りね!」
カウンターで朝食を受け取っていると、クラスの女子が思いきり腰に抱きついてきて、危うくみそ汁が載ったプレートを落としそうになった。
「その煩い顔なら昨日も見たわよ」
「昨日会ったのは女の子の理央だもん。男の子の理央は一年振り!相変わらずイケメンだね!こんなにいい顔持ってるのに女子の格好してるなんて、ほんっとに勿体無い!」
この子を合図に他の女子も寄ってきて、邪魔だと言わんばかりにセツナが私を睨んでくる。
「もう、離してって。彼氏に見られたらマズイわよ?」
「理央が相手なら嫉妬さえできないでしょう!」
そんな酷いことを悪びれもせず大きな声で言うもんだから、当の彼氏の耳に入っていないか素早く周囲を確認する。
全く、どうせなら公認のいないセツナの方へ行けばいいのに。顔だって私よりよっぽど……。
「おはようセツナ。今年は遅出?」
女子を振り払い、やっとの思いで真由と心美のいるテーブルへ着くと、半分ほど皿を空けた心美がセツナを見た。
「おはよう。うん、今年は重要な当番もないしね」
「そう」
私はそんな二人の会話を聞きながら真由の前に座り、やや緊張しながら恋人の穏やかな笑顔を確認する。昨日、もう一回……とせがんで帰りを遅くしてしまったので、内心怒っていないか少し心配だった。
「理央、今年も大人気だね」
気のせいかいつもよりゆっくり動く真由の唇に、だめだと思っても昨日の夜を思い出す。顔が赤くなるのを悟られない様に、私は熱いみそ汁を飲んだ。
「もう既に疲れたし、このまま帰りたい」
「理央はいいなぁ。関係ないもんね。コンクール」
「発表は楽しみにしてるけどね」
真由との会話の最中にセツナが無断で私の卵焼きを奪っていったので、それが無事にセツナの口に消えていくのを見届ける。無表情で卵焼きを飲み込んだセツナと目が合うと、ふいと視線を逸らされてしまった。
「ねぇ理央、誰が最優秀だと思う?」
真由の横で頬杖をつき、自信満々に聞いてくる心美を見て、これは思っていた以上に手応えがあるなと知らされた。
「もし心美が最優秀を取ったら、ここから卒業までセツナの時代になるわよ?」
「いいじゃない。セツナに本気を出してもらえるなら、 “以下数十名” の本望よ」
「嫌味だな……」
セツナが心美へ気安く呟く。
「セツナこそ、去年はわざと雑に仕上げたでしょう?それでも二位。嫌味なのはどっちかしらねぇ?」
どうやら思っていたより随分と仲のいい二人に驚きつつ、私は甘鮭に手を伸ばした。
真由と気持ちが通じあって、一年が経った。




