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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
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過去9 pure heart④


 伊豆にいるはずの理央が現れたのかと思って、一瞬、頭の中が真っ白になる。


「こ、心美?一人でどうしたの?連れの人とはぐれちゃった?」


 タイミング悪く次の花火が打ち上がって、私の声は爆音にかき消される。いつになく真剣な表情の心美は、花火に負けないように思いきり声を張り上げた。


「気が変わったの。 真由と見る、花火!」

「……え?」


 心美に気づいた久世くんが、私たちに近寄る。


「櫻井さん?」

「久世くん、友達といるなら、悪いけど真由のこと返してもらうから」


 そう言うと、心美は久世くんの返事も聞かずに、私の手を握って歩き出す。私は慣れない下駄で、必死に心美についていく。


「心美、急にどうしたの?久世くん困ってたよ」


 祭り提灯が心美の浴衣を紅色に変えて、更に大人びて見せる。心美の真っ白なうなじの後れ毛が歩くたびに揺れるから、私は思わず目を奪われた。


 流れていく景色にエフェクトがかかって、まるでフィクションのよう。


 繋いだ手が、とても熱い。


「困ってるのは、私の方」


 境内の裏手から細い山道に入る。祭囃子が遠くに聞こえ、木々の間に幾重にも咲いた花火が、私の目を誘う。


「困ってるって?」

「真由、花火見るの、いつ以来?」

「え……?」

「千花さんから聞いてたよ。真由のお父さん、有名な煙火店の花火師だったんでしょう?」


 久しぶりに聞く母の名に、私は握った手に力を込める。


「……うん」


「真由、お父さんが家を出ていってから、お母さんに花火を見せないようにしてたんだってね。お母さんに、もうお父さんのことを思い出させないために」


 山道の勾配がきつくなって、二人の息が上がる。それでも心美は歩く速度を落とさない。なにかに急いでるみたいに。


「でも真由自身だって、どうにかお父さんのいない寂しさから立ち直ろうって、花火を遠ざけてたんでしょう」


 手に汗がにじむ。


 頂上につくと、心美は繋いだ手を離さずに私を見た。


 その泣きそうな笑みが、咲いた花火に黄色く照らされる。


「だからさ、真由。花火は一人で見ちゃだめだよ」


 最後に花火を見たのは小二の夏休み。お母さんと一緒に、お父さんの作った花火を見に行った時だった。


 あれからもう、それはたくさんの時を経て、私ももう子供ではなくなって、だから、考えただけでドキドキしてくる久世くんとなら、きっと、絶対に大丈夫だと思った。


 けど綺麗な花火はお父さんそのもので、どんなに今の状況を考えても、涙と一緒に溢れ出そうになるのは、幸せだった子供の頃の記憶だった。


 お父さんを思い出せば、お母さんのことも思い出す。


 それがとても辛いことだって分かっていたから、私は逃げるように理央のことばかり考えてた。


 あの時すがれたのは、この花火を見ていない、理央の他にいなかったから。


「心美……」

「おいで。みんなで見よう」


 心美は更に山の中を進む。その先、ほんの僅か開けたところに、紗夜ちゃんと柊平くんが座っていた。


「あ、真由ちゃん!良かった、ちゃんと見つかって。二人とも足、痛いところない?」


 紗夜ちゃんの優しい声に、震えそうになっていた体が、落ち着きを取り戻していく。


「案外早かったな。さすが若いだけある」


 柊平くんが腕時計を見ながら、心美とタイムを確認している。どうやら心美はここから下まで、私のことを探しに来てくれたらしい。


「ここ、穴場なんだよ。誰にも言っちゃだめだよ?」


 そう言いながら柊平くんは冷たいジュースを取り出して、私の熱い手の上に載せてくれた。それをそのままほっぺに当てると、すっと心の中の熱も引いていった。


「どうして心美と一緒に、紗夜ちゃんと柊平くんが?」


 いまいち結びつかない三人に、私は首をかしげる。すると紗夜ちゃんが両手を広げて、なぜか早口で喋りだす。


「わ、私が誘ったの!久々に花火でも見に行こうかなって思ったんだけど、みんな忙しくて誘える先生が藤堂先生しかいなくて!その時ちょうど心美ちゃんもいたから、せっかくなら三人でって、ね!本当は真由ちゃんと理央ちゃんも一緒にって思ったんだけど、二人とものっぴきならない予定があるから来られないって心美ちゃんが教えてくれて!本当に残念だったのよ!そ、それに、三人っていい数でしょう?一人がトイレ行っても大丈夫だし!あっ、でも、真由ちゃんが合流できて本当に良かったー!こういうのは人数が多い方が絶対に楽しいから!」

「今日の紗夜ちゃん、なんかいつもと違う……」

「一緒よ、一緒!まるでいつもの私でしょう!?」


 興奮気味に私の肩に手を置く紗夜ちゃんは、絶対にいつもの紗夜ちゃんではない。


 一体何がどうしたのか。


「つまり、僕、暇そうだったみたいで」

「私なんて、ついでだから」

「ちっ!違うの!本当にね!このメンバーが最高なの!」


 紗夜ちゃんの謎のテンパり具合に、全員が笑顔になったところで、また大輪の花火が咲いた。


 うん。さっきより、ずっといい。


 私はなるべく心美の腕に引っついて、心をフラットにする。そして、困っていた私をちゃんと見つけてくれたお礼に、心の中の引き出しをそっと開けた。


「私の両親の出会いはね、私のひいおじいちゃんが支援していた花火大会の、打ち合わせの席だったんだ。その年はたまたま花火大会の記念の年で、毎晩の様にひいおじいちゃんの家に大勢の花火師さんたちが集まってたから、お母さんも台所を手伝わされて、その時にお父さんと知り合ったんだって」


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