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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
32/107

過去4 分身④


 オリエンテーションは体育館から始まった。


 まず生徒会長が年間行事を説明し、その後、各クラブの部長が部活の紹介と勧誘を行う、と言った具合で進行していく。


 二十分もじっと話を聞いていると、だんだん飽きてきて、私は横でぼうっとしている心美を肘でつついた。


「どうしたの、心美」

「うん。ねぇ、あの人……」


 心美が指差す先、体育館の開かれた扉から外を見ると、満開の桜の下に誰か佇んでいた。


「あ、あの人」

「理央、知ってるの?」


 よく目を凝らして見ると、それはさっき二階から声をかけてきた、あの人だった。


「入学式に遅刻したとき、校舎で少し話した。教師ではない……的なことは言ってたけど、多分ここの先生だと思う。美術部の顧問って言ってたし」

「へぇ……」

「なに、興味あるの?近くで見ると、若くてなかなかのイケメンだったわよ」

「別に。ただ気になっただけ」


 そんな話をしていると突然周囲が騒ついたので、視線を前方に戻すと、ステージではちょうど美術部の紹介が始まるところだった。


 音が拾えるほど大きく息を吸ったあと、部長がマイクを握り締めて話しだす。


 いつの間にか、体育館は耳鳴りがするほど静かになっていた。


「しっ……ん?コホン。新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます!私は美術部部長の梅原と申します。美術高校なのに美術部……?と思う方もいるかもしれないので、今日は少しだけ美術部の紹介をさせてもらいます」


 写真がアップされたスクリーンの前で、何度も練習してきたであろうセリフを必死で喋る梅原部長の姿に、周りの生徒は異様なほど釘づけになっている。


「ねぇ、この人、有名な人なの?」


 私はたまたま横にいたクラスメイトに話しかける。すると、


「ちょっと黙ってて」


 と軽くあしらわれてしまった。


 梅原部長はゆっくりと慎重に言葉を続ける。


「授業で行うことと、美術部で行うことでは、大きな違いがあります。まず一つ目は、授業では基本的に決められた課題をこなしていきますが、美術部では自分で好きなテーマを決めて制作することができます。なので、自分の得意分野を、集中的に伸ばすことができます。そして二つ目は、校外活動で、優れたアーティストと直にふれあうことができます。もちろん授業でも現役のアーティストと関わることはありますが、美術部の場合、時として有名な海外アーティストの方にも指導していただけることがあります。美術展のバックヤードなども見ることができ、必ず貴重な経験になります。三つ目は、特例として、校外コンクールに出品することができます。我が校では原則、在学中に一般コンクールに出品することはできません。しかし、美術部員は予め申請すれば、一般のコンクールへの出品が可能になります。そして、稀ではありますが、美術商を通して作品を売ることもできます。在学中において、自分の作品を世に広げるということは、美術部に在籍していなければ叶いません。美術部に入部すると、一足先にプロの画家としてのノウハウを学んでいくことが可能なのです!」


 そこで、静まり返っていた体育館に歓声が沸いた。


「ですので、新入生のみなさん!美術部に興味がありましたら、是非とも入部試験を受けてみてください!」


 最後、そう部長が声を張り上げると、一斉に割れんばかりの拍手が起こった。何事かと周りを見渡すと、誰もが興奮しているようだった。


 そんなに商売をしたいのか……?と思いながら、ふと体育館の後ろを見ると、静かに拍手をする、さっきまで桜の下にいた彼の姿が目に入った。


 やっと万雷の拍手が鳴り止むと、彼は柔らかな笑顔で、降壇してきた梅原部長の肩に手を置く。耳元でなにかを言うと、梅原部長は見るからに力が抜け、二人は談笑しながら体育館を出て行った。


 次の部活の紹介がはじまると、体育館は再び落ち着きを取り戻した。


「で、さっき何か言った?」


 美術部の紹介が済んで、やっと相手にしてくれる暇ができたのか、さっき声をかけた男子が私に話しかけてくる。


「美術部って、そんなに凄い部活なの?」

「説明、聞いてなかったの?」

「聞いてたけど、他の部活と違ってみんな熱気ムンムンだし、入部するのに試験って……」

「なんだ、うちの学校を受けたのにそんなことも知らないのか」


 彼がそこまで言うと、


「だったら俺が教えてやるよ」


 と、すぐ隣にいた違う男子が身を乗り出してきた。


「ここの美術部っていうのは、将来有望なエリートしか入れないんだよ。活動内容を聞いてても分かるように、かなり優遇されてる。美術部員っていう実績で言えば、進級試験だってほぼ無いようなもんだし、進学の時だってかなり有利になる。それになんて言ったって、幸運なことに今年から、藤堂さんが顧問になったんだよ!」


 そう両手を広げて興奮気味に話す彼の姿に、私と心美は面食らった。


「藤堂……?」


 美術部の顧問と言えば、さっきの彼のことだ。


「藤堂柊平のことも知らないのか?ここのOBで、日本じゃ名の知れた画家だよ。在学中にいくつも作品を世に出して、今でもオークションの落札額は右肩上がり!まぁ、大学を出てからはオリジナルは一枚も描かずに修復の方ばっかりやってたらしいから、徐々にプレミアがついてるんだろうな」


「修復ばっかりやってたって言ったって、ちゃんとイタリアで修復師の国家資格を取った凄い人だけどね」


 更にその横に座っていたクラスメイトまでが話に乗ってくる。


「修復師って、レスタウラトーレって言うのよ。私も絵画修復に興味があるから、もし個人的に藤堂さんと話せたら、向こうでの話しを聞くつもり」

「俺は藤堂さんが修復した絵を見てから、油絵を描くようになったんだ」


 藤堂先生の話になると、周りの生徒が次々に口を挟んできた。そんなに有名な人だったとは知らず、私はろくに挨拶もしなかったことを少し悔いた。評価対象にされているなら、多少でもいいイメージを持たれたかったのに。


 藤堂先生の話題には心美も興味があるのか、珍しくじっと聞き入っている。


「なら、みんな入部試験を受けるんだ」

「いや、俺は受けないよ」

「私も……」

「俺も」


 あれだけ熱心に話していたのに、周囲は誰一人として入部試験を受けないつもりでいるらしい。


「どうして?」

「受けた所で落ちるだけだからな~」

「そうそう。柊みたいに上位合格者でもない限り入部するのも難しいって言われてるから、並の生徒には受けるだけ時間の無駄だし、入れた所で息抜きができなくて追い詰められるだけだよ」

「それに、朝晩くらいは運動部で体を動かした方が健康的だしね。美術部はそれだけうちの学校の誇りってこと」


 妙に納得させられたところで説明会は終わり、先生たちから校舎へ移動するように指示が出た。

 

 その後、クラスで何班かに分かれ、校舎案内の為の簡単なスタンプラリーをさせられると、やっと初日の全行程を終えたのは、とっくにお昼を過ぎた時間だった。


「では今日はこれで下校になります。午後は自由に過ごしてもらって構いませんが、校則にもあるように、敷地外へは絶対に出ないこと!それだけは守ってくださいね」


 紗夜ちゃん先生がそう念を押すと、録音ではない鐘の音が、ゴーンと高らかに鳴った。起立をして礼をすると、教室内はすぐに雑談と椅子を引く音でいっぱいになる。


「ああ、お腹すいた……」


 心美が力なくそう洩らしたので、真由が帰り支度をしながら校舎の案内図を広げた。


「食堂は三年生の校舎の横か……お昼は学校でも寮でもいいんだよね?だったら近いし、校舎の方の食堂に行かない?」


 真由の問いに、心美は「食べ物があるならどこだって構わないよ」と二回頷く。


「ねえ」

「あらセツナ、どうしたの?」


 リュックに荷物をしまいながら、何を食べようか考えていた私に声をかけてきたのは、意外にもセツナだった。


「ちょっとだけ付き合って欲しいところがあるんだけど、いいかな?」


 出会ってから苦節三日。やっとセツナから話しかけてくれた嬉しさに、私は即答で立ち上がる。


「いいわよ。行きましょう!」


 真由と心美に、後で行くから先に食べててと伝えると、私たちは足早に教室を出た。


「私たちの記念すべき初デートね。で、どこへ行くの?」

「デートじゃないけど、美術部へ」

「噂の美術部!セツナ、入部試験受けるの?」

「首席入学は入る義務があるんだ。だから、試験はないよ」

「そうなの。首席って凄いのね!」


 この“自然に仲のいい”感じ、なんて素晴らしいんだろう。セツナとこんなに会話が続いたのは初めてだから、テンションが上がる。


「本当は、バスケ部を続けたかったんだけど……」

「セツナ、バスケ部だったの!」


 本音を言えば「その社交性のなさで団体競技なんてやってたの!?」と驚いたけど、嫌われたくなかったから言葉にするのは止めておいた。


「バスケをしてたから背が高いのね!」

「生まれた時は未熟児だったけどね」

「セツナも未熟児だったんだ?私も未熟児だったのよ。でもギリギリだったから、すぐに保育器からシャバに出られたけどね!」


 「シャバって……」と小さく笑うセツナに、私が双子だということはあえて伏せておいた。


 セツナと並びながら歩くと、そこかしこで女の子たちがこちらを見ながら噂をする姿が目に入った。首席だから注目されるのか、この顔だから注目されるのか、私はセツナの整った横顔を見ながらニヤついた。セツナのハーレム姿なんて、想像しただけで最高に面白い。


 一旦外へ出てしばらく一本道を歩くと、木々の間から、煉瓦の壁にアイビーが絡むレトロな建物が見えた。


「美術部ってここ?なんだか他の校舎と雰囲気が違うけど」

「うん。ここは建築様式が少し違うよね。えっと、先生は二階にいるって聞いてきたんだけど……」

「行ってみましょう」


 私たちは外階段を上がり、廊下の突き当たりにある磨硝子のドアを四回ノックした。


「はい。開いてるよ」


 中から返事が聞こえると、セツナに譲られて私がドアを開けた。






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