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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
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現在10 再会③



 一階へ戻ると、私たちはオーナーに深く頭を下げた。展示場所を無償で提供してくれる上、二つの作品の管理まで申し出てくれて、願ったり叶ったりで感謝しかない。


 これからあの絵は、常に人目に触れることになる。


 理央の言う通り、あの作品を暗い部屋に閉じ込めてしまうなど、愚行にも程がある。私は私のように、あの絵で救われる人が一人でも多く現れて欲しいと、心から願った。


「それでは三ヶ月後にお待ちしております」

「今度は柊平くんが学生だった頃の話を聞かせてください」

「はい。今から楽しみですね」


 私と理央は三ヶ月に一度、真由は年に一回、必ず揃ってここに来るという約束はオーナーの前で決めた。何も知らないオーナーは、柊平くんの所在が分かったらすぐに連絡をくれると言ってくれたが、叶うことならこのまま永遠に行方知れずで、みんなの心の中で生き続けて欲しい。


「それじゃあ私たちはそろそろお暇させてもらいましょうか」


 そう言いながら理央が大きなサングラスをかける。次は灼熱の真夏に来るのか。ギャラリーに飾ってある作品は、その時ゆっくり艦賞することにしよう。


 しかし、理央がドアに手を掛けたところでオーナーが「おっといけない!忘れるところでした」と慌てだしたので、私たちは一斉に振り返った。


「実は柳沢さんからお預かりした絵の状態を確認した時に、額の中から水彩画が出てきまして。念のため確認だけしていただけますか」


 オーナーは急いで奥の部屋へ行くと、ポートフォリオを持って出てくる。


「こちらです」


 厳重に梱包された中から出てきたのは、いつか私がセツナのために描いた、聖母マリアの絵だった。


 驚きのあまり、私はあっと声を漏らす。


「この絵、私が描いたものです。セツナにプレゼントするつもりが、諸事情で柊平くんに没収されてしまって」


 あの絵がまさかこんなところから出てくるなんて。私は手に取りそれを見る。


 若干の劣化と色褪せを起こしているところを見るに、きっと目の届くところに飾られていたのだろう。あの絵の中にあったということは、ちゃんとセツナの元に届いていたということだろうか。


「それとこの絵の裏に描かれてるデッサンなんですが、そちらは柊平が描いたものかな?」


 オーナーに言われてひっくり返してみると、今度は三人で声をあげた。


「え!ちょっと、これ!」


 理央が興奮して、悲鳴のような声をあげる。


「この人って、まさか!」


 実際に会ったことはないし、写真すら見たことがない。けれど、一目見てそれが誰なのかすぐに分かった。


 三人同時に名前を叫ぶ。


「茉莉子さんだ!」


 初めて父親らしいことをした柊平くんに、私たちはめいっぱいの拍手を送った。






 東京駅は今日も人で賑わっている。


 たまには新幹線で帰るという真由に、東京ばな奈を山ほど持たせると、私と理央は去りゆく新幹線が見えなくなるまで手を振った。


「次に会うときは、あの子の結婚式ね」


 遠くを見て感慨深げに呟く理央を見たら、なんだか笑いがこみ上げてきた。


「心美、ここ笑うところじゃないわよ」

「いやだってさ、元カレが結婚式に出席するだけでも顰蹙ものなのに、そのうえ女装って……」


 華やかでアットホームな結婚式に女装姿の元カレなんて、ほんの少し想像しただけでもとんでもなくシュールな画だし、田舎の人からすれば格好の的だ。


 花嫁本人が許可したのだから構わないが、 “私は他人” それだけは、式場に到着したら早々にアピールせねばならない。


「真由の婚約者って若いんでしょう?大都会の空気をまとった私を見て、変なスイッチが入らなきゃいいけど」


 颯爽と次の新幹線がホームに滑り込み、理央のフレアスカートを派手になびかせる。その佇まいの華麗さに、我が兄ながら「確かにこれはヤバいかも」と、真由の婚約者に危機感を抱いた。


 今年の秋、真由が結婚する。


「ウエディングドレスかぁ」

「そう言えば心美は結婚式したの?」

「まさか。列席者どころか、婚姻届にサインをしてくれる友達すらいなかった」

「だったらあなたも結婚式したら。私と真由で参列するわよ」

「どこがどう純潔でバージンロードを歩くっていうの」

「特別発注で全部黒くしてもらうとか」

「いいよねぇ、お金持ちはテンションで物事を決められてさ」


 新幹線から下車してきた集団を見送ってから、私たちはエスカレーターを降りる。八重洲口を出ると、玲央が車を停めて待っていた。


「よくできたマネージャーね」

「生き甲斐なのよ、私の面倒をみることが」


 二人して乗り込むと、車は滑らかに走り出す。車内はやっぱり無言で、そんな中テンポ良く安室奈美恵が歌っている。


 この三人はかつて兄弟だった。


 何かのきっかけで歯車が狂い、それによって離散し、けれど、時を経てこうして同じ空間に座っている。


 懸命に生きていると、つい目の前の出来事を結果と捉えがちになるが、それは違う。


 今生きているこの時は、大きな人生の通過点にしか過ぎない。


 悩みはただの分岐点。


 全てが上手くいかなくたって、苦しくたって、がんじがらめで動けなくたって、心持ちで人生は大きく変わっていく。


 視線を少しずらすだけでいい。


 そうしたらきっと、その瞬間に夜明けが訪れる。





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