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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
105/107

現在10 再会②


「先ほど仰っていた絵はこちらですね」


 丁寧に布を外すと、中から若かりし頃の私たち三人が現れた。


「はい。確かにこの絵です」


 タイムスリップした時には未完成だったこの絵も、あれから確かに十五年もの時を過ごし、今や貫禄も感じられるほど熟成している。


 まさかこんなところに保管されていなんて。


「この絵がここに来たのはつい二ヶ月前のことです。若い男性がこの絵を持ってきた時は驚きました。この絵は確か、柊平の母校で秘蔵扱いになっていると聞いていたもので」

「うちの学校で秘蔵扱い?理事長も勿体無いことするわねぇ」


 言いながら理央が私を見る。


「うちの学校とは、もしやお三方は」

「私たちは柊平くんの後輩であり、教え子です。その若い男性というのは、もしかして柳沢刹那ですか?」


 私の問いに、オーナーはさぞかし驚いた顔をする。


「ああ、OGの方でしたか。ええ、確かにその方です」


 オーナーの言葉に三人の視線が交わる。


「一ヶ月ほどこの絵の面倒を見て欲しいと言われたのですが、未だにお見えにならなくて」

「彼はもう亡くなってますからね。もう取りには来られない、というより、端から取りに来る気はなかったと思います」


 オーナーは至極ドライに言う私をまじまじと見てから、少しだけ困った顔をした。この反応では、そのセツナが柊平くんの息子ということも、もちろん知らないだろう。


「そうだったんですか。そのつもりでお預かりしたわけではないので、そういったご事情なら学校の方へ戻したほうがいいですね」

「この絵の所有権は誰が持ってるか分かります?」


 私はなんとなくその意見に反対だった。


「柳沢さんから聞いた話によれば、今でも柊平のものになっているようです。詳しくは存じ上げませんが、柳沢さんの手に渡ったのも柊平からの指示だったようですよ」


 私は小首を傾げる。セツナはなぜこの絵をここに持ってきたのだろう。


「あなた喪主したんでしょ?セツナから何か遺言とかなかったの?」


 私から言われ、理央は首を振る。


「何も言われてないわよ。私宛の遺言書がないか家中探したけど、メッセージなんて何もなし。家の中だって紗夜ちゃんの家財道具はあったけど、セツナが使ってたものは全て処分されてたわ」


 ならば、理由は闇の中か。


「私たちに見せたかったのかな?」


 真由がしげしげと絵を見つめながら呟く。


「柊平くん、私たちがここへ来ることを知ってたから、この絵を外に出してくれたのかも。これ、ここに飾ってもらおうよ」

「飾ってもらおうって、そんな勝手なこと無理よ」


 理央がため息混じりに言う。


 確かに所有権は柊平くんで、セツナに渡したのも柊平くんだが、それ以上の行動を許すことは死人にはできない。


 親子揃って無言でこの世を去るなんて、あの世で茉莉子さんが聞いて呆れるだろうな。


「難しいことは分からないけど、私、理事長に頼んでくるからさ。そしたら毎年この絵を三人で見に来よう。ね、心美、理央」


 ねだるような真由に、このセリフを柊平くんが聞いたらなんと言うだろう、と考えた。すると、 “誰にも売らない” と言っていた柊平くんの意図が、真由の言葉から少し分かったような気がした。


「分かった。でも理事長には私が会いに行く。この絵の所有権は学校にもあるはずだから、きっとそこで話をつけてくる。なのでオーナー、然るべき許可を得たら、ここで飾っていただいてもいいですか?」

「それは喜んで。ファンの方々もお喜びになることでしょう」


 私としても、人生の終わりがすぐそこまで迫っているであろう理事長とは、話しておくべきことがある。いい機会をこの絵に貰ったと、運命の道筋に感心した。


 話が一段落したところで、オーナーがここへ来た目的の絵の前に案内してくれた。


「こちらの作品が件の絵になります」


 豪華な額縁に囲まれたそれを見て、私はやはり安堵のような懐かしさに包まれた。堂々と、相変わらず凛とした姿で佇む女神が、信念を持って希望の光を見つめている。


 サルヴァツィオーネ、日本語で救済。


 あまりにも変わらないその美しい姿に、今にも柊平くんが後ろから話しかけてきそうな気がした。


「この絵は確かに柊平本人から心美さんへ譲るようにと言われておりますので、お望みの場所へ迅速にお送りいたします」

「ありがとうございます。ぜひ我が家に、と言いたいところなんですが、実は引越しの真っ最中で、ちょっと受け取ることができないんですよね」


 私は段ボールだらけの狭いアパートを思い浮かべる。あんなところに連れて来られたら、さすがのサルヴァツィオーネも怒り出すだろう。しかも引越し先は都心から少し離れたベッドタウン。気取るにはやや地価が安すぎる。


「もし良かったら、この絵もここで展示してくださいませんか。美術館への寄贈もいいですが、この画廊の方がこの絵も勝手を知ってますし」

「心美さん、ここでこの絵を飾っていたことをご存じなんですか?」


 意外そうなオーナーの顔に、私は子供の頃の記憶を手繰り寄せる。


「小学生の頃、父についてこの画廊へ遊びに来たことが何度かあるんです。そこでサルヴァツィオーネと藤堂柊平に出会いました」

「そうだったんですか。その頃ですと、柊平がイタリアで修復師をしていた時代ですね」

「まさか本人から絵を学べるなんて当時は夢にも思ってませんでしたが、今となってはとてもいい縁だったと思います」


 こんなことを素直に言えるようになったのは、全てタイムスリップのお陰だろう。


 結局のところ結末は何も変わらなかったが、確かに未来は変わったと実感した。





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