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黎明の森に深く沈む  作者: 津村
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現在10 再会


 まだ梅雨入りも先だと言うのに、ジリジリと肌を灼く日差しの強さに辟易した。


 タイムスリップをしてから今日で丸一ヶ月。


 私は有楽町で電車を降りると、ビルの日陰でキャスケットを目深にしてから日向に踏み出す。湿気を含んだ重い熱気を掻き分けて銀座の路地を進むと、思いの外すんなりと目的地に到着した。


 手の中にあるハガキを確認し、視線を上げる。一面窓のない黒壁で中の様子は見えないが、ブリキの看板にはハガキと同じ書体で小さく画廊の名前が彫られていたので、ここで間違いなさそうだ。


 ゆっくりと木製のドアを引くと、キラリとか細い鈴の音がして、中の冷気が私を出迎えた。


「あら心美、遅かったじゃない」


 薄暗いギャラリーに入ると、部屋の一角にある応接間のソファから理央が私を手招く。その隣で真由がハンカチで首筋を拭きながら「外、暑いねぇ」とうんざりした顔をこちらに向けた。


 どうやら私が最後のようだ。


「いらっしゃい、 心美さんですね。 さぁ、こちらへお掛けください」


 ブラケットライトに浮かび上がる絵画を見渡していると、奥からベストを着た初老の男性が現れ、テーブルにアイスティーが注がれたグラスを四つ置く。私はそのいかにも銀座に住み着いている風貌のオーナーに挨拶をしてから、席についた。


「これで全員揃いましたね。改めまして、私はこの画廊のオーナーをしてる、佐伯と言います」


 三人の顔を見比べ、嬉しそうに微笑むオーナーが「ちょっと失礼」と言ってグラスを持ったので、私たちも倣って冷たいドリンクをいただいた。


 体内が冷えて、一気に汗が引いていく。


「今日はとても暑いところをありがとう。三人揃って来てもらえるなんて、柊平が聞いたらさぞ喜ぶに違いない」


 私たちがタイムスリップを終えた後、帰宅するとこの画廊から一枚のハガキが届いていた。手書きで書かれたそのハガキには『とある画家からあなた宛の作品を預かっているので受け取りに来て欲しい』とだけ簡潔に記されていて、すぐにピンときた私はその日の内にここへ電話をかけたのだ。


 三人のスケジュールの都合上、一ヶ月も先延ばしになってしまったが、ついに今日、あの絵が私の元へやってくる。


「佐伯さんは柊平くんとどういったお知り合いなんですか?」


 女優よろしく赤いフレアスカートを優雅に着こなす理央が、グラス片手に聞く。


「今はこんな感じで悠々と画廊を開いていますが、昔は真面目に画商をしていましてね、そこで橘くんと出会って、後に柊平を紹介して貰ったんですよ」


 そりゃあこんなに立派な画廊を営んでいるのだから、本格的に画商をやっていても不思議じゃない。このおっとりとした優しい瞳の奥に真贋を見極める鋭さがあるなんて、人間とは一見して分からないものだ。


「柊平くんの作品もお売りになってたんですか?」


 すっかり涼しい顔をした真由が、周囲の作品を見渡しながら言う。


「もちろん。彼の作品は主に中央ヨーロッパと東アジアで人気でしたので、そちらの方面にはよく彼と一緒に行ったものです。今や所在不明な上、活動期間も短かったものですから、現在でもよく問い合わせをもらっています」


 ああ、柊平くんの所在ね。柊平くんなら、綺麗な花を咲かせる山桜の下で、のん気に昼寝でもしているわ。なんて、世界中の人は夢にも思っていないだろう。


「あの、一つお聞きしてもいいですか?」


 オーナーが発言主の私を見る。画壇に精通しているオーナーに、どうしても聞いておきたいことがあった。


「なんでしょう?」

「彼が行方不明になった前年に、一枚だけ新作を発表したと思うんですが、 そちらの絵は今どこにあるかご存知ですか?」

「それなら」


 オーナーはゆらりと立ち上がると、優美な手つきで片手を下げる。


「地下の保管庫へご案内しましょう」



 オーナーに続いて階段を下りていくと、重厚な鉄の扉が現れ、複数のロックを解いて中に入るや否や、見覚えのある絵画作品がいくつも目に飛び込んできた。


 そこには柊平くんの作品だけではなく、国内外の超がつくほど有名な画家の作品が所狭しと並べられ、それぞれが強烈な個性を放って輝いていた。絵をかじったことのある人間からすれば、時価総額を考えただけでつい口元が緩んでしまう程の豪華なラインナップだ。


「わぁ、まるで美術館に来たみたい!」


 横で真由が感嘆の声を上げる。


「これだけのものを、よくこんなに」


 そんな私の独り言に、すかさず理央が「勿体無いわね、人目にも触れさせずにこんな地下に閉じ込めておくなんて」と呟くものだから、私は慌てて肘で小突いた。


「ここにある作品は、大抵が所有者から一時的に預かっているものなんですよ」


 理央の暴言に、オーナーは笑顔で答える。


「個人所有で修復に出すものや、売買契約をしている最中のもの、はたまた展覧会に貸し出す予定のものなど、様々な理由で一旦ここにお預かりしてるんです」


 へえ、と納得してそれぞれ見回っていると、オーナーは向かった先から一枚のキャンバスを取り出し、キャスターに載せて私たちの前へ移動させてきた。





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