表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明の森に深く沈む  作者: 津村
100/107

現在8 特異点⑤



 明日、理央が君のところへ行く。戸惑っているだろうから、全て話してあげて欲しい。それから、君が考えている事やしようとしている事は間違いじゃない。そのまま進んで構わない。責任は全てこちらで持つ。




 たったそれだけの、付箋でも事足りそうな内容に、私は懐かしい友人へ思いを馳せた。


「セツナとは卒業以来会ってなかったのよ。こんな手紙を読むと、会いたくなっちゃうわね」


 生きて再会できたなら、私たちは何を話したろう。セツナに彼女のことも聞きたいし、仕事のことも聞きたい。どこに住んでいて、今までの人生で何と出会ってきたのか。お酒でも飲みながら、ゆっくり語り合いたかった。


 それに、今なら高校時代の思い出も。


「そうしてしまったのも、僕のせいだ」


 セツナが呟くように言葉をもらす。


「手紙に書いてあるじゃない。セツナがしようとしてることは、間違ってないって」

「違う、きっと違うんだ。僕の考えと、未来の僕の考えは。僕は誰も傷つけたくないだけなのに……それなのに……多分何もできない。だから責任を持つだなんて書いてあるんだ。僕がいるとみんな不幸になる」

「セツナ」


 私は思い出す。


 高校三年生のセツナの誕生日。


 部室の外階段でセツナが言っていたこと。


 私は思い出す。


 卒業式前夜。


 私たちの部屋でセツナから言われたこと。





「理央」


 呼ばれた声に顔を上げると、セツナの姿が目に入った。


 いつものスウェットを着て、殆ど私物が残っていない広い机で、いつもの本を開いている。私には到底理解しえない、哲学の本だ。


「なあに?」


 私はサイドテーブルの冷えた紅茶に口をつけ、見慣れたセツナのうなじを見つめる。こんな光景も今夜で見納めかと思うと、少しだけ寂しく感じた。


「理央はどうして僕を同部屋に指名したの?」


 セツナは視線を本に落としたまま尋ねる。


「一人じゃ寂しかったから。かしらね」


 入学式の頃を思い出そうとしてみても、うまく思い出せなかった。記憶に蘇る全ての人や物が歪んで見え、感情は輪郭を溶かし、音も鼓動も水中にいるみたいに濁って感じる。


「僕もそう思ってたんだ」


 ページをめくる音に、セツナの声が重なる。


「だから、ありがとう」


 ありがとう。


 三年間、一緒に暮らしてくれてありがとう。


 孤独を紛らわしてくれて、ありがとう。


 それを言わなきゃいけないのは私の方なのに、なにかが邪魔をして唇は動いてくれなかった。


「もしいつか理央がここへ戻ってくる時があったら、僕のことを思い出して欲しい。そしたらきっと、僕も理央を感じてる」

「それは、いつ?」

「今は分からない。でも、いつか必ず」


 私はそのまま眠りに落ちて、朝になると二人で部屋を後にした。





「セツナ、あなたはいつも生き急いでいた。誰よりも力を欲していた。それは自分の存在を正当化したかったからよね。でもいいのよ、セツナの存在は最初から正しいの。望まれてそこに存在してるのよ。柊平くんからも、私たちからも。だからセツナ、少しは自分の幸せも考えて。あなたの幸せを願っている人が、この世界には沢山いるのよ。それを忘れてはいけないわ」


 私は金縛りに警戒しながら、セツナの手紙の余白に、デッサン用の鉛筆で自宅の住所を書き込む。


「はいこれ、私の住所と電話番号ね。と言っても今から十年経たないと使えないものだけど、何かして欲しいことがあったら必ず連絡しなさいね。いい?死ぬ前によ?いいわね?」


 それをまじまじと見るセツナの顔に、笑顔が浮かぶ。


「ありがとう、理央」

「セツナ、信じてるからね」


 セツナの言う通り、行き着く未来なんて一つしかないのかもしれない。元の世界へ戻ってもセツナはやっぱり亡くなっていて、二度と言葉を交わすことはないかもしれない。


 けれど、これで少しでも何かが変わってくれたら。

 一ミクロンにも届かない変化でも、時の軌道から運命を動かすことができたなら。


 私はそれを期待して、過去に異物を投げ込んだ。







 隣では裏門で合流した真由が闇の向こうを睨んでいる。


 しっかりと繋がった手には共通の決意が握られていて、私はそれを落とさないように力を込めた。


 真っ暗な山道を、恐れもせずに私たちは歩く。


 獣道を抜けると光が見えた。


 心美と柊平くんがいる、ログハウスだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ