六,再会と出会い
落ち着いて話をするために、宿屋の近くにある高級レストランに移動した。
とにかく、詳しい話をしたいと。
ルードリッヒが連れてきた使用人リュードは昔飼っていた銀色の獅子リュオンであると、本人から告白があった。しかし、獅子が人間になるような現象を今まで聞いた事がない。
それはジュミルも同じ。ただ、その雇い主となるルードリッヒだけは使用人リュードの話が嘘ではない事を知っていた。
「つまり…この人が、昔あなたが勝手に奪っていた、私のあの可愛いリュオンだと…?」
ルードリッヒの持ち金でとった個室で四人はテーブルにつき、早速、ティアナが宿屋で聞いた話を確認した。
「正確には奪ったのではなく、きちんとあなたの父上に許可を得て頂いたのだが…。まぁ、それはともかく、このリュード、セフィラ民族には古い歴史があるんだ。彼等の祖先の中に、稀に獅子の姿をする者が実際にいたらしい。これはある国では神話的な話でね。ただ、その書かれた内容や登場人物が別の者とされて、あまり知られていない話だったんだ」
説明の中でいくつかわからない言葉が出てきた。
ティアナは訝しげに眉を寄せる。
「セフィラ民族の話は知っています。私も古い文献を読みました。ですが、獅子が人間になるという奇怪なモノは、聞いたことも読んだ事もありません。それではあまりにも…あの大昔にいた獣人族に、セフィラ民族が関わりがあるように聞こえます」
突然の非現実的な話には考えさせられる。
その質問にルードリッヒは厳しい表情を浮かべ、腕を組み、顎に手を当てた。
「それなんだが、今回、この男…いや、獅子のリュオンをあなたに会わせたのは、実際にあなたに知って欲しかったからなんだ。どこでこのセフィラを見つけ、どうやって飼い慣ら…飼おうと思ったのか…」
(今更、何故そんなことが気になるの?)
思っていた事とは違う話になり、さらに彼に対する疑問が膨らんだ。
「それは…あなたに関係ありますか?仮にこの方がリュオンだとしても…彼と私の大事な思い出を、あなたに話すと思うのですか?」
チラッとリュードに視線を走らせ、すぐさまルードリッヒに冷たい眼差しを送った。
彼は一瞬表情を強張らせたが、フッと哀愁漂う表情で悲しげな目をティアナに向けた。
今は彼の言葉を信じるにも抵抗があった。それよりもティアナは自分と同じように、国宝剣から発せらた光を見たリュードに探りを入れたかった。
ルードリッヒの表情がまた強張った。視線を逸らし、言いにくそうに顔をしかめている。
(やはり…何か知っているのだわ!この男が私に会いに来たのは、あの剣が理由だとわかっていた!あの使用人をリュオンなんて嘘をついて私の気持ちを試し、何か情報でも引き出そうとしているのかも!?)
まずはティアナとの間のわだかまりを解き、自分は改心したのだといいように見せつけて、利用する。
この性悪ルードリッヒが、面倒な従姉弟のためにわざわざここまで来るのには、そういう理由しかないだろう。
ティアナが目を光らせた。
ルードリッヒはチラッとリュードを見てからティアナに向き直り、真剣な表情を浮かべた。
「本当は…もっと早く、あなたに会いに行くべきだった。ジュミルから聞いた。あなたにした昔のことを今でも許していないと。だから、このリュードをあなたに会わせたのは、この者が何者なのかをきちんと知って欲しかったのだ。あの時、私がこの者を引き取った事であなたを傷つけた事も…その謝罪をしたかった」
予想していなかった答えに、ティアナは驚いた。
ルードリッヒは申し訳なさそうにこちらを見つめている。
「…何故、今になって急に?あなたがしたことを、もうとやかく言いません。今更です。それよりも、こちらの方が本当にリュオンなのか、確かめたいです」
ルードリッヒがいくら謝罪しても当時の傷は癒やされない。
ただ、少し、彼が変わったことは受け入れて、前向きに考えることにした。それよりも今は、リュオンが人になる事が気になってしまう。
ルードリッヒは何か言いたそうにしたが、仕方ないと、頭を振って気持ちを切り替えた。
「リュードが変身する場面は後にお見せします。それより先に、このセフィラと出会った経緯を詳しく聞かせてください。それで、国宝剣の事で、あなたとリュードが見た、光についても何かわかるかもしれない」
ルードリッヒはセフィラ民族が国宝剣の何かに関係しており、その二つに一時と言えど関わっていたティアナの存在は大きく、関連性があるのかもしれないと考えたのだ。
それがなんなのか、ティアナも知りたかった。
「分かりました。リュオンと出会った当時のことをお話しします」
ティアナも気持ちを切り替え、真剣な表情で応えた。
「あれは私が初めて一人で王都を出て、父の代わりに、ある施設に向かっていた出来事でした」
ティアナがまだ十三歳で、当時は我儘で甘えん坊…意固地でもあった。そして何より父に大事な役目を任せられ、調子づいていた。
施設のある街の近くの山道に入ると、馬車が突然急停止した。
『ヒヒーン!!』
『なんだ!?……どうして……です?』
馬の嘶きがして、御者が何事か叫ぶ声。馬車の前で誘導していた護衛がティアナの乗る馬車に現れた。
『申し訳ございません、ティアナ様。ただいま、道端に突然野犬が現れまして、すぐに退治しますのでお待ちください』
『野犬?…ちょっとお待ちなさい』
何故かそのとき、ティアナは妙に気になった。護衛は危ないですからと、止めに入ったが、ティアナは我が儘を押し通して護衛を黙らせた。
馬車から出て、御者が青ざめた顔で立っている。
よく見ると、数メートル先に、黒い毛並みの獣がギバを剥いて唸っている。
警戒しているのだろう。もう一人の護衛が今にも斬りかかりそうだ。
『待ちなさい。剣を突きつけてはダメ。この子、傷を負っているわ』
剣なんか向けられたら余計に警戒してしまう。
獣はまだ子供で、足に怪我を負っているのか地面に血痕がついていた。
『ですか、ティアナ様。獣は…』
『私の命令が聞けないと言うの?いいから、あなたたちは下がりなさい』
冷たく睨み、有無を言わさない態度で、ティアナは護衛達を黙らせ下がらせた。
小さくはないがまだ子供の獣はティアナを威嚇している。
ティアナがもう一歩近づくと、更に牙を見せて今にも飛びかかりそうな勢いだ。
ティアナはそこまで動かず、なるべく刺激を与えないように獣と目線を合わせるためにその場にしゃがみ込んだ。
『ティアナ様!何を!?』
護衛が後ろで慌てたように叫ぶ。ティアナはお構いないしにしゃがみ込んだまま、目の前の獣を見つめて、にっこりと笑った。
『初めまして、かっこいい獣さん。私はティアナ=マゼランテと言うの。あのねぇ…少しだけ、ここを通らせてくれないかな?どうしてもここを通って行きたいの』
挨拶から切実な気持ちで訴え、獣の許可を取る。
獣はじっとティアナを見つめていたが、小さく喉を鳴らしたかと思うと、ティアナの手に噛みつこうとした。
『汚らしい獣め!ティアナ様に何をする!』
『ティアナ様!お下がりください!』
二人の護衛が喧騒変えてティアナを守るように前に出ては、噛みつこうとした獣に剣を突きつけた。
ギラッと光る剣を前に、獣は唸り、ふらつく足取りで立ち上がる。
今にも襲いかかりそうな獣を見て、ティアナは「やめて!」と大きい声をあげて、獣を背に庇って二人の護衛と対峙した。
『二人ともやめてと言うのがわからないの!?無闇に剣を抜かないで!この子は怪我をしてるのよ?私たちがそんな態度を取ればますますこの子は警戒するわ!』
それが何故わからない!と、ティアナは護衛達に訴えた。
『怪我をしたとしても獣は獣です。万が一ティアナ様に何かあれば我々は責任を問われます!それに護衛は対象を最後まで守り抜く事が勤めです』
彼らは彼らでティアナの護衛である責任がある。
危険な者から守るのが彼らの使命だ。
『ティアナ様は馬車にお戻りください』
次の瞬間肩を掴まれ、無理やりお姫様抱っこをされた。
『な、何をするの!離して!』
ティアナはギョッとして暴れもがくが、護衛の男に力では敵わない。
そのまま馬車へと彼女を運び、力技で中へと押し込もうとした時だ。
ギャン!と一際高い鳴き声が聞こえた。
ハッとしてティアナは顔色を変えて、護衛の腕に噛みついた。
『ぐっ!?何を…!』
手が離れ、隙を見せた護衛を見て、ティアナは身を屈め横からすり抜けて馬車から離れた。
『ティアナ様!』
後ろの護衛が叫ぶがティアナは止まらず、前で獣を斬りつけるもう一人の護衛の方に全力疾走した。
『悪く思うな』
剣を持った護衛が、ヒューヒューと息をついて動かなくなった獣に向けてトドメとばかりに振り上げる。
『ダメェェッ!』
大きな声をあげて駆けつけたティアナは、獣を守るように手を広げ、今まさに剣を振り下ろそうとする護衛の前に飛び出た。
『なっ!?』
護衛はハッと顔色を変えて、ティアナの額スレスレの位置で止めた。
ダラダラと冷や汗が流れ、ティアナは目前にある剣にごくりと生唾を飲み込んだ。
『な、何をしているのです!もうあと少しで、私はあなたを斬るところでしたよ!』
剣を右手に持ち直し、ティアナを一喝する。
その護衛の額には脂汗が流れ、頬は紅潮し、怒りと斬りそうになった事への動揺に身体が震えていた。
『あ…わ、悪かったわ。でも…あなたたちも止めてという私の言葉を聞かなかった。この子は何も悪く無いのに…』
後ろを向き、ティアナは恐る恐る動かなくなった獣に触れた。まだ暖かく、微かに上下する胸にホッとするが、呼吸が弱まっている。
『ティアナ様、何をして…?』
驚く護衛を無視し、ティアナは獣の体を抱きしめた。べっとり、血がつくのも構わず、悲しそうに顔を歪める。
『ごめんなさい。私に止める力があったら…ごめんね』
ここまで斬られていたら、もう助からないだろう。
ここまで血が流れていては、傷は癒せない。
ティアナはその身体に顔を埋め、そっと涙を流した。
刹那、死に近づいていた黒い獣の身体が、眩しい光を放った。
『えっ…!?な、なにっ!?』
驚いて、慌てて獣から身体を離し、右手で目を、視界を覆う。
その指の隙間から、獣の毛並みが、黒色から綺麗な銀の色へと変化し、斬られた場所が綺麗に再生されていった。
そして、ピクリとも動かなかった獣は、突然、息を吹き返したようにムクリと身体を起こし立ち上がったのだ?
『え?えっ?あなた…っ』
再び動いた獣はティアナの方に鼻をこすりつけ、甘えるかのように擦り寄ってきた。
『色が変わって…!それに、傷が…?』
驚くティアナの前で、傷一つなく元気になった銀の獣は、一言『ウォン!』と鳴いた。