五,正体を晒す
背後から襲う紅い光は、ティアナの視界を一瞬奪い、足を止めた。
そして、彼女はすぐに後ろを振り返り、ベッドに置かれた剣を見て顔色を変えた。
「また、黒から白に…」
紅い光が消えて、国宝剣は元の白い剣に変わっていた。
「どうして…?」
急に変わった剣が、また元に戻ったことに動揺する。何がきっかけなのかわからない。
「どうしたの?姉さん!?」
ジュミルの声にハッと我に返った。
いつの間にか目の前に立って、こちらを心配そうに見つめている。
「ジュミル…今の、あなたは見た?」
「今…?見たって、一体なんのこと?」
キョトンとして、訝しげにこちらを見つめるその姿で、彼が今の出来事を見ていなかった…いや、見えていなかったと理解した。
「い、いえっ…!なんでもないわ」
(そういえば、私しか見えないのよね?)
ジュミルに聞いた所で無意味だ。首を振り、なんでもないと苦笑すると、
「今の…なんだ?」
扉の方から、驚いたような声が聴こえた。
ギクリ、とティアナの身体が強張り、ゆっくりとその青白い顔を扉の方に向けた。
すると、黒い服の青年が、驚きと困惑を浮かべてベッドの方を凝視していた。
今の言葉は、黒服の青年が言ったようだ。
ティアナは青年をまじまじと見つめた。
彼の反応はティアナと同じで、それは彼も今の光を見ていたからだ。これがもし、剣の色も同じに見ているのなら、彼もこの剣と何か関係があるのかもしれない。
「あなた…お名前はなんていうの?」
ティアナはルードリッヒの横にいる青年に近寄り、ルードリッヒに挨拶するよりも先に、その青年に声をかけた。
「えっ?お、オレ?いや、私は…っ」
突然声をかけられた青年は、チラッとルードリッヒに視線を向けてはティアナに困惑な表情を浮かべる。
元令嬢のティアナが、いきなり主人であろうルードリッヒを飛ばして、自分に声をかけたのが驚いたのだろう。
「ああ、ごめんなさい!突然、声をかけて申し訳なかったわ!私はティアナ=マゼランテよ。今、あなたはあの剣を見て何か気づいたのよね!?私、あの剣ですっごく悩まされていて…!」
「あ、あの、私は…」
興奮したティアナに詰め寄られ、追い詰められたような顔で青年が少し後退した時だ。
横からスッと白い手が伸びて、
「私をお忘れか?ティアナ=マゼランテ」
ルードリッヒが自分の存在を示すように青年を押し除けて、ティアナの前に割り込んだ。
「…えっ?…ぁっ…!?」
ビク!とティアナは怯えたように強張った。
「お久しぶりですね、ティアナ嬢。ああ、今はティアナ殿と呼んだ方がよろしいかな?」
にこやかな笑みを浮かべて割り込んだルードリッヒだが、その顔は僅かに引きつっている。
「…っ!あ…ああぁらっ、ごめんなさい!従兄弟のルードリッヒ殿でしたね!お久しぶりですぅ!挨拶が遅れて、すみむせん。この数年見ない間に、とーっても変わられていたので、あなただとすぐに気づきませんでしたよ」
ティアナは微かに引きつった笑顔を浮かべて、わざとらしく語尾を上げながら答えた。
その態度にルードリッヒの眉がピクピクと動いた。
無視したことを隠そうともせずに、遠回しにルードリッヒの外見を非難した彼女にイラっときたようだ。
「あ〜…そうでした。ティアナ殿とは子供の頃会ったきり、でしたね。あの頃は私もまだ子供でして、外見に無頓着で…。ほんと、お恥ずかしいです」
ハハッと小さく笑ったが、その目は笑っていない。
軽く受け流されたティアナは心の中で舌打ちした。
「えー…それで、ジュミルから話は聞きました。今回の件、本当に助かりました。私達ではどうにもできない案件でしたので、途方に暮れていた所です。ですが、驚きました。まさかあなた様が、わざわざこちらに来るとは思いませんでしたから」
これも嫌味のつもりで、彼女は言った。
しかし、ルードリッヒはそのことについて何も言わず、突然、真剣な顔をして、ティアナに向き直った。
「そのことであなたに大事なお話があります。その前に、先程ティアナ殿はこの男に何か伝えようとしていましたね?それはもしかして、あのベッドに置かれた国宝剣のこと、ですか?」
いきなりの質問に、ティアナは一瞬固まり、すぐに笑顔を浮かべて頷く。
「え、ええっ、そうです。先程、この剣から眩い光が放たれました。それをこの人は見えていたので、詳しく尋ねようとしたのです」
「剣から光が?…リュード。お前は見たのか?」
黒服の青年に鋭い視線を向けたルードリッヒに、リュードと呼ばれた彼は微かに頷いた。
「はい、見ました。あの剣が一瞬だけ、この部屋全体包み込むような眩い、紅い光を放ちました」
答えた彼の顔は青ざめ、良く見ると額に汗をかいて辛そうだ。
「やっぱり…!私と同じ!彼も見える側よ。でも、何故かしら…?ルードリッヒ殿。この人はあなたが雇っている使用人ですよね?どこの出身なのかしら?」
ルードリッヒとあまり話をしたくないが、この場合は彼の主人であるルードリッヒを通してからじゃないと、彼は多分話してくれないだろう。
「……何故、今それを聞く?」
少しの間の後、彼は僅かに顔を曇らせ、逆に疑問をティアナにぶつけた。
「え…?何故って、今、言いましたよね?彼は剣が光ったところを見たのです。ジュミルは見えなかったし、あなたも見えていなかった。だから、何故彼が見えたのか、何か理由があるのかと思ったからです」
自分と彼の共通点がわかれば、国宝剣が人によって違う姿をしている理由が少しは掴めると思ったからだ。
「……っ。余計な……」
ボソボソとルードリッヒが何かを呟いた。
「え?今、何かいいましたか?」
だが、ティアナ耳にはそれは届かなかった。リュードと呼ばれた使用人には聞こえたようで、一瞬ビクッ!と震えたように見えた。
「いや、なんでもない。それよりこの男のことだが、名はリュードと呼び、出身は北のアべネフィルム。あの国には古い民族が住んでいるんだが、この男はその生まれで、物心ついた頃から人より優れた身体能力を持つ。人の気配に敏感な男でね。それできっと、あの剣の異変に気づいたのだろう」
アベネフィルムは北側のさらに北に位置する国で、寒さに強いのはもちろんただが、その国の北峰山近くに、人より優れた身体能力と特殊な目を持ったセフィラ民族がいる。
「セフィラ…!?確かに、聞いたことがあります。我々の居るこの世界で、一番最強の民族がいると…!まさか、そのセフィラが、彼だと?」
彼等だけではないが、世界にはいろんな民族がいる。
それでも人間という種族の中で、一番最強な種族だ。
「リュード、自分で話せ。お前の発言の許可を許す」
ルードリッヒが一瞬考えてからリュードにそう言うと、リュードは少し驚いたようにルードリッヒを見て、すぐにその顔が嬉しそうな表情に変わる。
「よし…!これで、ちゃんと話せる!ティアナ…様!」
その瞬間、目の前で勢いよくリュードがティアナの手を掴んだ。
「久しぶりだ、ティアナ様!」
強張っていた表情が、パァと明るくなり紅い目がキラキラと輝く。
唐突だが、その顔に既視感を感じた。
「は…っ!な、何をするんですか!」
途端にハッと我に返り、ティアナは顔を真っ赤にしてリュードの手を払い除けた。
その顔がだんだんとしょぼくれた。紅い目が悲しそうにティアナを見つめ、子犬のように潤む。
その表情にティアナはドキッとした。
まるでそれは、昔自分が飼っていた銀獅子、リュオンに似ている。
(はっ…私ったら!この男がリュオンを奪ったからって、その使用人である彼を、リュオンと似てると思うなんて!)
失礼だ、と苦虫を噛み潰したような顔をした。
その瞬間、使用人リュードがティアナの顔を覗き込み、
「もう忘れたのか…ティアナ…様。俺…いや、私はあなたに拾われた獅子。リュオンだ」
そのリュオンそっくりの真紅の瞳で訴えるように告げた。