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三,悪女に内緒で密会

ジュミルは姉、ティアナに嘘をついていた。



すでに五日前、パール国の港街に滞在する事になった時に、先のことを考えて、シトリス国まで行くためのお金の工面をしてもらうために、父親から従兄弟のシトリス国の宰相閣下に頼む許可をもらっていた。




だが、それを内緒でしてしまった申し訳なさが、ジュミルを悩ませていたが、姉の体調がなかなか治らない事に不安を感じて、後からティアナに本当のことを言おうと決意。



それが、昨日のことだ。



初めにバイトの話を持ちかけた。だが、ティアナも言った通り、バイトの時給は最低額で、とてもじゃないが、シトリス国まで行く費用の足しにはならない金額だった。



だから、深刻さを装い、従兄弟の宰相閣下の話題を持ちかけた。



案の定、ティアナは怒った。いや、駄々をこねた。



従兄弟の彼は確かにジュミルも嫌いだった。自分がいかに有能か、権力者の息子の立場もあり人を馬鹿にする態度には、腹が立った。でも、彼は変わった。



こんなに早く宰相閣下になったのも、彼の努力の賜物だ。久しぶりに会った従兄弟は立派になっていた。



(姉さんはあのことがあったし、彼を知らないんだよなぁ。能力だけじゃなくその努力も。周りに結構支持者がいたし、見た目も変わったからなぁ)



三年前、ティアナが十三歳。ジュミルは十歳。従兄弟の彼は十七歳。



年頃もあり、結構みんな、子供だった。



ジュミルは姉に内緒で人に会う約束をしていた。



現在、朝方の四時。まだティアナが寝ている時間に合わせ、ジュミルは宿を離れた。



泊まっているのは安い宿屋で、港街の海から離れた住宅地。



そこから街の中心の高級な宿屋に向かっていた。



「はぁ…僕も嫌だった。でも、これは仕方ないよ」



ティアナには見せないようにしていたが、ジュミルも不満があった。




相手が用意してくれた馬車が、宿屋の前で泊まる。



降りて、そこで待っていたのは相手の使用人らしき人物。



にこりと人の良い笑顔を浮かべでき迎えてくれる。



「この奥の部屋にあの方が泊まっております。私がご案内いたします」



ニコニコと若い使用人はジュミルを案内する。



六階建ての高級宿屋だけあり、中は豪華だし、広くて輝いている。



部屋は一階が一番宿泊代が高く、上がるにつれて階段で登らなくてはならないため安くなる。





「久しぶりに、こんな豪華な場所に…。あ、海水浴場があるのか」




ゲストだけに、使えるらしい。



朝方四時でも、ロビーには人がいた。



ラウンジのバーは五時まで開いている。



「ジュミル様、こちらです」



奥の奥、広い廊下の先に百十の数字が書かれた扉が見えた。



そこに泊まっているのか、使用人が扉前に立ち、コンコンとノックした。



ジュミルはゴクリ、と喉を鳴らす。思いの外、緊張している。



「…入れ」




ノックとともに中からくぐもった低い声。




「失礼します!ジュミル様をお連れしました」



使用人は扉を開き,中にいる相手に声をかけた。



「通せ、セドリック」



「はい。ジュミル様、どうぞ、中へ…」



使用人はセドリックと言うらしい。



彼はさっと廊下の方に移動して腰を折り、ジュミルを中へと招く。



丁寧に対応されたジュミルはうなずき、部屋の中へと足を踏み入れた。





「お久しぶりでございます…ルードリッヒ殿」



ジュミルが軽く頭を下げ、中にいる彼に挨拶した。




ソファーで寛いでいたルードリッヒが、ジュミルのいる扉の方に視線を向けた。





「これが、あの時の…ジュミル=マゼランテ?」




不意に、目の前に青年が現れた。ギョッとしたようにジュミルが後退り、そんな彼を青年はじっと睨むように見つめた。




「止めろ。…約束を忘れたのか?」




ジュミルにではなく、青年にルードリッヒが冷たく告げた。



その言葉に青年はチッと舌打ちし、さっと壁に戻った。



ジュミルはドギマギしながらルードリッヒの方を見て、



「あの、ルードリッヒ殿。この方は…」



綺麗な白銀の髪に、炎のように燃えるような紅い瞳。




ルードリッヒも端正だが、彼はその比じゃなかった。



彫りの深い美しい顔立ちが歪み、何故かジュミルを睨み続けている。




「そいつもうちの使用人だ。悪かったな、ジュミル。まだ慣れなくてな」




ソファーからいつの間にかルードリッヒが立ち上がっていた。壁の方にいる青年をチラッと見てから、ジュミルの前に立つ。




「あ、いいえ。それは良いのですが…ルードリッヒ殿。今回の件、早急に対応していただき、感謝しています。実はそれで、折り入って大事な話がありまして…」



「待て。…ふむ、それは、姉のことか?手紙にも書いてあったが、まだ根に持っているのか?」




話すより先に当てられ、ドキ!とした。




顔を引き攣らせたジュミルは神妙に頷いた。




「ようやく話してみたんですが、どうにも嫌がってしまい…。あの、ルードリッヒ殿。やはり、会うのは避けた方が良いかと思います。今日はそれを伝えにこちらに伺いました」




申し訳なさで一杯になる。



普通なら断る事なんてできない。世話になっている立場でそれは図々しい。


でも、姉の気持ちも尊重したい。



「はぁ〜、まったく。毛嫌いされているのはわかっていたが、ここまでとは…。だがな、ジュミル。今回はそんな事言っている場合じゃないんだ。ティアナが剣を持っているんだろ?リュシュランはお前達が出てすぐ気づいて、秘密裏に捜索しているらしい。国宝が盗まれたと世間にバレたらお仕舞いだ」




ルードリッヒは顔をしかめて頭を抱え、大きなため息をついた。



彼こそ、シトリス国宰相閣下である従兄弟のルードリッヒ=コンスタルト。



ティアナが未だに毛嫌いし、天敵としている男だ。




「ティアナ…?ティアナも来ているのか!?」




そのとき、突然壁にいた使用人の青年がジュミルへと飛びついてきた。



「わっ!?な,なんなんですかあなた!」




主人であるルードリッヒの話の最中に邪魔し、あろうことかその客人になるジュミルの肩を掴み、すごい剣幕で告げてくる。



 

「…止めろと言ったのがわからないか?能無しの役立たずな駄犬が…っ」



邪魔されたルードリッヒが額に青筋を立てて、青年を静かに叱る。



その迫力に真っ青な顔でジュミルは息を飲み、叱られた使用人の青年はビクッ!と怯えたように小さく震え出した。




ルードリッヒはギロリと氷のような眼差しで彼を睨みつける。



「まったく貴様は変わらないな。その態度を直さないと会わせてやらんと、何度も言わせるな」




びしゃりと、ルードリッヒが冷たい言い放つ。



青年をハッとしたように顔色を変えて、ジュミルに頭を下げた。



「も、申しわけ、ありません。ルード様の客人であるあなたに対し、大変失礼な態度を取りました」




青ざめて謝る彼を見て、ジュミルは苦笑し、「いいえ、いいですよ」と許すと、彼はホッとしたように息をついた。



「使用人が二度もすまないな。こいつにはよく言って聞かせておく。それで話を戻すが、ティアナが嫌がっていても、剣のこともあるから早く彼女と会わなければならない。わざわざ来てもらって悪いが、彼女がそんなに根に持っていたなら…それ相当の謝罪はする」



言葉を濁しては、昔のことを彼は申し訳なさそうにして言った。



どうやら反省している様子で、ジュミルは少し気持ちが楽になった。



「ルードリッヒ殿…いや、ルード兄さん。このままずっと二人が仲違いするのは僕としても避けたいんだ。だから、僕も協力するよ!」



自分が彼にされていた事や言われたことは覚えているが、もう昔のこと。水に流している。



今はティアナの事を考えようと改めてジュミルは思った。



「ああ、よろしく頼む。今回の件のこともあるから、今日の昼には、こちらから会いに行くよ」



一瞬、ジュミルの言葉に虚をつかれたように目を見開いた。



それからすぐに小さく苦笑し、これからは友好だという証のように、ジュミルの方に手を差し伸べた。



「ええ!では、また昼に会いましょう」



それを受け止めたジュミルは肩の荷が降りてホッと息をつくと、笑顔を向けて明るく返事をした。






だが、彼はこの自分の言葉に、後悔する。



姉と従兄弟の二人の再会は、また新たな問題を呼ぶことに、まったく気づかなかった。







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