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一,悪女誕生

左手で肩を掴み、右手で薄紫のハンカチーフをこちらに向けるのは、腕章に金の獅子の入った軍服を着た男。



その右手のハンカチーフには、赤いモノがべったりとこびりついていた。



「これは確かなる証拠だ。この娘こそ、リュシュラン王家の国宝を盗み、愛しいサラに過度な嫌がらせを続け、命を奪うまでに追い詰めた犯人だ」



睨むようにこちらを見つめる瞳が殺意に細められ、紫の目が異様な光を湛えている。



「な、何を言うのです!?私は違う!犯人じゃないっ」



証拠とされたハンカチーフやその身に覚えのない話に、思わずティアナは青ざめ、叫んだ。



「黙れっ!悪女がっ!私のサラを貶めた罪、この場で償ってもらうぞ!」



ティアナを犯人と思い込んで頭に血が上って話が通じないのは、この国の王子を守る騎士団長のケイト=ブリュッセ。



その横で涙目になって、彼に守られるようにひっついているのが、彼の愛しの初恋相手、ビクトール男爵家の令嬢サラ。



「ティアナ様、もうおやめになって!私を憎むのはわかりますわ!でも、あなたは取り巻きの方を使って、皆が見ていない場所で私に国宝の剣を盗めと脅したのは、国の裏切り者の証!」



ケインの側だからか、他にも味方が周りいるからか、嘘の証言をして喚き散らす彼女に、空いた口が塞がらない。



皆、この場にいるのは彼女に好意を抱くものばかり。



そんな人達に囲まれたこの状況では、ティアナが何を言ってもその言葉を信じてはくれないだろう。



ティアナはしてもいないことを訴えられ、怒りに体が震え、眩暈がした。



「真実を突きつけられ、言葉も出ないようだな。ティアナ=マゼランテ!」



言い逃れなどできない。



それはもう仕組まれていたのだ。



ケインの後ろに控えていた婚約者である王太子殿下がティアナの前に現れる。




「ティアナ=マゼランテ。お前が彼女にして来た数々の悪行…私の婚約者などと呼ぶ資格もない。この時を持ってお前との婚約を解消し、お前の家族とも縁を切る!」



王太子の言葉で、それはもう確定だ。



「そんな…殿下まで!私は違います!そんなことしていません!皆様、私は、そんな悪行など、ましてや国宝を盗むなど、罰当たりなことはしません!」




今にも倒れそうなほど青白い表情で、王太子の登場で我に返った彼女は訴えた。しかし、誰も彼女の言葉を信じなかった。冷たく蔑む視線が、それを物語っていた。





「我が騎士団よ!この女を捕らえよ!」



近くで控えていたケインの部下達がティアナへと駆けつけ、その身柄を拘束した。



「やめて!離して!わ、私は犯人じゃない!」



首を振り訴えるが、その言葉は誰も聞き入れない。



リュシュラン王国王太子殿下の婚約者であり、王立学園のマドンナ的存在だったティアナ=マゼランテ公爵令嬢。



この時を持ち、王家の国宝を盗むために同級生を貶め、嫉妬から騎士団長の愛する令嬢をいじめその命を奪おうとした罪により、ティアナはこの学園から追放となった。




その、一週間後。




王家を裏切ったレッテルを貼られ、マゼランテ公爵家一族は罪深い貴族として爵位を返上され、国から追放された。






何の罪もないティアナを貶めたのは…あの場で、守られていたあの女だ。



カタカタと揺れる馬車に乗り、母国を出た隣のパール国の街並みを窓からじっと見つめる。



弟のジュミルが向かいに座り、大陸を渡った向こうの国シトリスへ向かった両親の後を追っている。



大陸を渡るには、隣の国パールの港に向かわなければならない。



向こうの大陸で再出発することにしたようだが、貴族という地位までは当分戻れないだろう。



知人の手により、貿易商人として働く父を手伝い、新たな人生を送るのだ。



「姉さん、着くよ」




ジュミルの声にハッとした。




いつの間にか都に来ており、海の匂いがした。



「着いたのね。ふぅ…思いのほか長かったわ。でも、ここから、新しくやり直せる」



ティアナはグッと拳を握る。



(命があるだけ、何もかもやり直せる!そう…私達家族をこんな目に合わせたあの女を、この国から追い出した王太子達に、復讐するのよ!)




それがあれば、この暮らしも悪くない。



「そうだね、姉さん。…だけど、良かったのかな?僕は不安だよ。まさか、姉さんが本当に持ってくるなんて…」



決意し、意気込みを見せる姉の姿にジュミルは共感すると、すぐに顔を曇らせて、その横の席にあるモノを見つめた。



そこには、淡い光を帯びた美しい剣があった。



白に金の花の紋様が刻まれた剣。




ティアナはジュミルの言葉にその剣の方に視線を向けて、手に持っていた扇子を広げ、ふっと残忍な笑みを浮かべた。




「愚かなものよねぇ。誰も、これが本当に盗まれたとは気づいていないもの」




あの女、サラ=ビクトールの言葉は、半分は嘘で半分は真実。



ただ、順番が違った。



初め国宝の剣を盗もうとしていたのはサラであり、それを偶然知ったのがティアナだった。それをサラが騎士団長と恋人関係の立場を利用し、先にティアナに罪をなすりつけ、あのようなことが起きてしまった。



だからティアナはそのあと、追放されるならと、本当にリュシュラン王国の国宝を盗んだのだ。




誰にも内緒でひっそりと、偽物とすり替えてきた。



当分は気づかないだろう。




「ふっふっふっ。私を貶めた罰よ。気づいた頃には、私は反対側の大陸にいるわ」





誰にともなく呟き笑う姉の不気味な姿に、弟は苦笑いを浮かべ、今後の不安に悩まされるのだった。







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