プロローグ
ひらひらと舞い散る紅く色づいた花が積み重なり、赤い敷物のように地面を覆う。
木にもたれ、その上に座る白髪の男。
白い服を着て、右腕に黒い剣。
髪に隠れ、頭にふたつ生えるのは、人に在らず獣の角。
この世に災いを招き、人類を破滅に導いた悪しき獣神の化身、獣人族。
その獣人族が姿を消して千年以上、今世に語られるそれらは今や架空上の生物とされている。
その獣人らしき男が目の前にいる。
眠っているのか、近づいても起きる気配がない。
紅い花の敷物に足を踏み入れ、音を鳴らしても、彼は目を覚さなかった。
「ーーこれは…?」
ピクリとも動かない獣人らしき男の目前に立つと、彼が持つ剣に目がいった。
それは代々、リュシュラン王国の王家に伝わる国の宝剣、神をも斬ってしまう神剣に類似している。
その剣の白い鞘に蔦のように金の花が散りばめられ、柄には紅い三日月の変わった紋様が刻まれている。この目の前の獣人らしき男の持つ黒い剣の鞘と柄にも同じように刻まれて、その鞘の部分が金ではなく銀に変わっていた。
「あり得ん。なぜ、こんな不吉な奴がこの剣を…っ!」
目を見開いて叫んだその手に、じっとりと汗が滲む。
ドクドクと激しく心臓が脈打ち、目の前の獣人らしき男に対し怒りが込み上げた。
気づいたら、手には神剣を持つ自分がいて、眠る様にそこにいる彼に向けて剣を振り下ろしていた。
…バサバサバサ!!
刹那、強い風が吹いて紅い花が宙を舞い、視界を奪われた。
「くっ…!」
咄嗟に手を止めて顔を覆った。
数秒後、風が収まり舞っていた花も地面に落ちて、再び視界が開いた。
「なっ…!?」
だが、再び開けた視界の先には、獣人らしき男の姿がなかった。
「どこに…っ!」
周りに目を向け確かめるも、そこにいたはずの獣人らしき男はいなかった。
あの数秒間で、彼は忽然と姿を消した。
「どういうことだ?…これは、なんで…」
逃したのだと焦り、近くを駆け回るが、あの男の姿はなく、ただ紅い花のなる大きな木がそこに立っているだけ。
「なんで…何処に行ったの…っ?」
ーーーーーールビーっ!!!
その瞬間、カッ!と目を開き、自分の呼び叫ぶその声で目を覚ました。
「はぁ…はぁ、はぁ…うっ!」
ぐるんと目が回り、吐き気が込み上げる。
慌てて横棚の上にあった椀を掴み、そこに嘔吐した。
「うっ…はぁ、はぁ…ゔぐぅぅ…」
まだ、胃がムカムカする。
気持ち悪い。
「うっ…最悪。また…この夢か」
目覚めの悪いおかしな夢。
千年も昔に絶滅した獣人が出てくるこの夢は、三週間前から見続けていた。
「あっ…ぐっ…ううっ。まだ、気持ち悪いし、頭も痛いぃ。ああ、ホント…これもそれも、あの剣のせい!」
横棚とは反対の、少し離れた棚近くの床に、無謀さに置いてある王家の神の剣。
あれがそもそもの、この悪夢を見る原因である。