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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

1000字短編

偽物娘アンの幸福な不幸

作者: 百地おもち

「これをいただくわ」


 お嬢様が言った。当然でしょって口調で、あんまり堂々としてるものだから、凶暴な筈の男が(ひる)んでる。胸の中がこそばゆくなり、あたしの顔が変に歪んだ。


「あら。お前、笑っているの?」


 笑うってどうやるの?

 そう聞いたら、お嬢様がふっと息を零した。途端に胸のこそばゆさが強くなり、鳥のお化けみたいな音が弾んで出てくる。


「いひっ、ひひっ」

「下手ねぇ。これでも笑える?」


 お嬢様が顔のベールを持ち上げた。あの男が、あたしがぶたれる時とそっくりな声を張りあげる。お嬢様の半分はツルツルで、もう半分はでこぼこしていた。ビー玉より青い目が一つ、あたしの目をじっと見ている。


「まだ痛い?」

「いいえ」

「ひひっ、うひっ」

「お前、頭が悪いのね」


 召し使いを一人残し、お嬢様が建物の外へ出た。あたしは初めて馬車に乗る。戻ってきた召し使いは鉄錆みたいな臭いがした。


「今日から、お前はアンよ」

「いひっ!」


 アンになったあたしはお風呂に入る。鏡で見た自分の顔に驚いた。


「うひひ、半分おそろい」


 それから屋敷で暮らしてる。読み書きは苦手だけど、お嬢様が教えてくれる。ドレスは窮屈だけど、お嬢様が選んでくれる。


「ひひっ」


 若い男が訪ねてきた。あたしは喉に包帯を巻いて寝台で話を聞く。喋っちゃ駄目だと、お嬢様と旦那様から言われてる。


「元気そうだな、アンジェリカ。君のしぶとさには驚いた」

「……」


 あたしの仕事は完璧だ。時々、面倒臭そうに奴が来る。困厄者のジムだから仕方ないと言っていた。ジムの話は嫌味ばかり。そのうち妙な事を言い出した。


「僕との結婚は諦めろ。愛する人と出逢ったんだ」

「?」

「だが、君の父上は僕を息子同然に思ってる。これからも顔を合わせることになるな」


 また来るみたい。がっかりしたけど、あたしの話を聞いたお嬢様は嬉しそうだ。旦那様は怖い顔で、息子は一人きりだと唸ってた。ジムは二度と来なかった。夜逃げでもしたんだろうか。


「お前は不幸ね」


 あたしの髪をブラシでとかして、歌うようにお嬢様は言う。


「うちの家督は弟が継ぐわ。わたくしはいずれ寡婦(かふ)館へ居を移す」


 胸がザワザワする。体が震えた。頭がわんわん痛みだす。


「あたしはどうなるんですか?」

「お前も来るのよ。一生、わたくしの側にいるの。可哀相なアン」


 なんだ、連れてって貰えるのか。寡婦館が何か知らないけど、掘っ立て小屋でもかまわない。


「ひひっ、うひひ」


 お前は馬鹿ねと、お嬢様が笑った。


【蛇足】

・寡婦……未亡人や、離婚した独り身の女性。お嬢様は未婚なので、作中では独身くらいの意味で使っています。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 比翼の連理。 読んでこの言葉が感想にしっくり来たので お伝えします。 読んで楽しませていただきました。 ありがとうございます。 初期構想のこの二人のコメディ版、聖貨を稼いでの二人の様なコメ…
[一言] おおーブラックおもちさん! 良いです!! 寡婦館! たようなら紺役者……
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