完
本日2回目の更新です。先に3話をお読み下さい。
「やぁ」
体調が戻った僕は、アメリアの屋敷に来ていた。通された先はアメリアの部屋で、彼女はベッドで上半身を起こしてクッションにもたれている。
「君がベッドに入っているのを見られる日が来るとは夢にも思わなかったな」
「ジョシュア様……!」
僕が突然現れたことで、相当驚いた様子のアメリア。目を見開き、何故ここにと思っているのが一目で分かる表情している。
僕はそれに気付かないフリをして、ベッドの側にある椅子へ腰かけた。
「随分と危険なことをしたんだな」
「!」
僕の言葉で全てを知られていると気付いたのか、アメリアは俯いてしまった。
――彼女は、僕の病に気付いて密かに薬を作っていたのだ。
初めて僕の病に気付いたのは、熱を出して忍び込んできたあの日。
胸を押さえる僕に違和感を感じたらしい。
それからも時々胸を押さえる僕を見て不安になり、医学書を読み込んだようだ。その時に、あの病のことを知ったのだとか。
しかし、珍しい病のため薬自体もとても珍しく、また、完治するまで飲まなければならないため手に入れることが難しい。
絶対数が少ないのだから、王族だろうと手に入れられない。
(僕をがっかりさせたくなかったんだろうな)
病を知ったところで薬はない。いつか止まる心臓に恐怖することがないようにという配慮で僕には隠していたのだろうか。
密かに父上と母上には話していたというから、余計に驚いた。
あの野性的なアメリアが秘密に出来るのかと、失礼にも思ってしまったのだ。
しかも薬が手に入るのを待つ傍ら、自らも薬の作り方や材料を調べていたというのだから、感謝しかない。
薬草や花に興味を持ったのも、それが原因だったというのだから、本当に僕は何も気付いていなかったのだなと思った。
「何故あんな危ないことをしたんだ?」
ようやく薬が手に入ることが決まっていた矢先、僕は危篤になった。だが薬はまだ手に入らない。
それを知ったアメリアは強硬策に出た。
自ら材料を取りに行って薬を作ったのだ。
崖の側面にしか生えないという薬草を自らの足で取りに行った。
そこで足を滑らせ、あと一歩間違えれば死んでしまうところだったと聞いた。
足は骨折し、全身強打で重傷だ。それなのに、何とか屋敷にたどり着くと、止めようとする周りを制して部屋にこもり、薬を調合した。
薬が完成して僕が一命を取り留めたと聞くと、3日間眠り続けたらしい。
僕が目を覚ましてから1週間が経ったが、まだ怪我の様子が痛々しい。
「それは……」
俯いたアメリアは言葉を濁す。今にも消え入りそうな声は、僕に怒られると思ったのだろうか。
僕がここに立っていられるのは君のお陰なのに、怒るはずがないだろう?
「別に怒ってるわけじゃない。でも……心配した」
俯くアメリアの頬に触れて顔を上げさせる。
突然触れてしまったからだろうか。アメリアは目を見開くとみるみる顔を真っ赤にさせて、まるで熟れたトマトのようになってしまった。
頭にも巻かれた包帯が痛々しくて抱きしめたい衝動に駆られるが、相手は怪我人。何とかその衝動を抑え込んで、頬を撫でるに留める。
「し、心配したのは私です。ジョシュア様が危篤だって聞いて……」
「ああ、ありがとう。君のおかげで僕はこうやって生きることが出来た」
撫でられているためか赤い顔のままもごもごと話すアメリアだが、僕はその手を止めずに感謝を述べた。
アメリアが大怪我を負ったと聞いた時は動き出したはずの心臓が止まると思ったんだ。このくらい許されるだろう。
すると、突然アメリアの瞳からぽろぽろと大粒の涙が流れだした。
「ジョシュア様……!死んじゃうかと思って怖かったんです!生きてて本当に良かった!」
そう言ったアメリアの声は、とても悲痛な声で、聞いているだけで息が詰まりそうになる。
それだけ怖い思いをさせてしまったのだと思うと申し訳なくなった。
「ジョシュア様の病気を知った時、いつ死んでしまうか分からないと、薬が手に入らないと知った時、怖かったんです!何かしていないと私が耐えられなかった!ジョシュア様は、初めてありのままを受け入れてくれた人だったから……」
泣き続けるアメリアを見て、僕は胸を突かれる思いだ。
そうだ、死ぬかもしれないと知って平気なはずがないのだ。
感情に素直なアメリアが、僕の前で何ともないフリをするのはどれだけ大変なことだったのだろう。
僕は椅子から立ち上がると、ベッドの端に腰掛けてアメリアの手に自らの手を重ねた。
アメリアは距離が近くなったことにたじろぐ。
「――思えば君には救ってもらってばっかりだな」
僕の唐突な言葉に、涙を流しながらもアメリアは首を傾げた。
「10歳の僕は、君と出逢ったことで救われたんだ」
思いもよらないことを聞いたというように、アメリアは目を真ん丸にさせる。
「僕はずっと役立たずの王子として生きていて、いつ死ぬとも知れなくて、自分の存在理由が分からなかった」
いつだって僕はお荷物な気がして、ベッドから離れられない自分を呪った。
「でも君の訳の分からなさとか、意味不明なまでの溌剌さとかを見ていると、そんなのどうでも良くなっていった」
ただ王家のために組んだ婚約のはずだったのに、気付けば君に会うことが楽しくなって。
あの謎の土産たちだって、君なりに僕に外の世界を見せようとしたことなんだと今なら分かる。
方法はちょっと……頂けなかったけれど。
「僕はずっと、君の笑顔に救われていたんだ」
アメリアの笑顔を見ていると、不思議と未来を考えられた。
いつ死ぬかと恐怖を感じ、先を考えることのできなかった僕が。
それがどれほど尊いことなのか、アメリアはきっと気付いていないだろう。
でも、そんなアメリアだからこそ、僕は救われたんだ。
「ありがとうアメリア。僕の愛する人」
「ジョシュア……様……」
手をすくい取り、その手を僕の額に押し付けながら愛を伝えると、アメリアが息を飲む音が聞こえた。
手を下げてアメリアの表情を窺うと、彼女はその大きな瞳を溢れんばかりに見開いていた。
僕が自分を愛しているなんて、思っていなかったのかもしれない。
それなら、僕はこれから愛を伝え続けるだけだ。
「ずっと僕の傍に居て欲しい」
目を見つめて心を込めて伝える。すると、一瞬の後、アメリアは今まで見た中で一番輝く笑顔を見せた。
「はい、ジョシュア様。私もジョシュア様のこと愛してます」
その言葉が嬉しくて、愛が溢れてきて、僕は怪我をしたアメリアの負担にならないように、そっと抱きしめた。
そしてその温もりに、生きていることを実感したのだった。
――1年後、僕たちは結婚した。
僕は臣籍降下して公爵位を賜り、今はアメリアと共に公爵領で暮している。
心臓の病は治ったものの、長年蝕まれていた体は強くはならず、未だに体調を崩すことが度々ある。
それでも、ベッドに寝たきりだった頃に比べて格段に健康になったと言えるだろう。
こんな生活が送れるようになるなんて、10歳の頃には思ってもいなかった。
本当にアメリアには感謝しかない。
そのアメリアは、女主人として屋敷を立派に切り盛りしてくれている。
そして驚くことに、本格的に医学を学び始めた。
病や薬のことを調べていく内に、病に苦しむ人の助けになりたいと思ったらしい。
僕はそんな彼女が誇らしかった。
だが、アメリアはあまりに疲れると馬に乗って走り回ったり、木に登ったりしていて、未だに野生令嬢であった頃の名残りがある。
たまに昔のようにカエルを見せて驚かせようとしてくるものだから、僕もそういったものにすっかり慣れてしまった。
でも、体が弱いのが僕であるように、野生令嬢であるのもまたアメリアなのだ。
――僕たちの間に生まれる子はどんな子だろう?
きっとどんな子でも、僕は愛することができると確信していた。
そして、いつか子どもに話して聞かせてやるのだ。
『病弱王子と野生令嬢』の間に生まれた愛の話をーー。
これにて完結です。
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