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全3話予定が全4話になりました。今日中に最終話も更新します。
あの日からアメリアは少し変わった。
まず最初に変化があったのは土産だった。
今までは外で遊んだ際に見つけた虫やトカゲが主だったのだが、最近は野の花や蝶など綺麗な虫を持ってくるようになったのだ。
自分で描いたという意外に上手い風景画を持ってきたこともあった。
その絵は自然の風景が描かれていた。まるでアメリアの目となってその風景を見ているような気持ちになって、僕は思いの外気に入っていた。
そんな風に土産が変わったおかげで、僕が気絶することもかなり減った。
「ジョシュア様、お体は大丈夫ですか?」
「ああ、気を付けているから最近は熱は出ていない」
それから、茶会の最中によく会話をするようになった。
今までは気絶していたから仕方ないのだが、それが無くなった分沢山のことを話せた。
アメリアの好きな食べ物、好きな場所、好きな虫――。
最近は草花に興味があるのか、見つけた草花のことを教えてくれることもある。
やはりアメリアらしく、とんでもない話の内容なこともあるが、それでも僕は楽しいと感じていた。
(それに、最近は少し大人っぽくなった気がする)
昔と変わらない元気さと笑顔を見せてくれるアメリアだが、家では勉強に励んでいるらしい。
何でも、僕を支えるためなんだとか。
僕は17歳になって、体調を崩すことがかなり減ってきた。そのため、将来的に国から公爵位と領地を賜ることが正式に決まったのだ。健康体とは言い切れないが、体が弱くても生きていられるだけで十分だ。
僕を支えるために、大好きな外での時間を減らして苦手な勉強の時間に充てるなんて、何といじらしいのだろう。アメリアの進化が止まらない。
これなら、僕たちは結婚してもそれなりに楽しく過ごせるんじゃないかと最近思えるようになってきた。
「うっ……」
楽しい時間を過ごしていると、突然胸が詰まるような感覚がして、僕は声を上げてしまう。
「ジョシュア様?大丈夫ですか?」
「……ああ、何でもないよ」
実は少し前から、たまに胸が詰まるような、脈が跳ぶような、そんな感覚がすることがあるのだ。
それ以外には特に何もないので、アメリアを心配させることがないように微笑んだ。
アメリアは少し不安そうにしているが、何てことはない。
きっと少し疲れているだけさ。
――――――
「うぅ……」
「殿下、大丈夫ですか?医者を呼びましょうか?」
最近胸の詰まりが増えてきたような気がする。
何だか体もどんどん熱くなってきた。
また風邪を引いてしまったかと自分にがっかりしながらも、心配している従僕に何でもない事を伝える。
「大丈夫……だ」
「殿下!――誰か!誰か医者を!!」
騒がしく声を上げる従僕に呆れてため息を吐こうとして、体がぐらりと揺れた。
(大丈夫だと言っているのに何を騒いでいるんだ?……あれ、何で床――)
何故か視線が床まで下がっていて、それを認識したところで僕の意識は黒く塗りつぶされた。
僕は体調を崩した。アメリアが来てくれたあの日から、体調には気を使っていたのに。
従僕と会話を交わしたのを最後に倒れてしまい、そこから一週間はベッドにいた。
今回は嫌に長引いている。頭は割れるように痛いし、何より胸が酷く苦しい。まるで誰かに弱く握られているような苦しさを常に感じていた。
高熱が1週間も続いているため、僕の意識は朦朧としていて、もはや誰もが死を覚悟していることだろう。
(アメリア……)
薄れゆく意識の中、彼女の名を呼ぶ。
死の淵に立った僕はやっと気付いた。僕は、彼女を愛している。
破天荒で野性的でとんでもない彼女だが、あの明るさに僕は救われていた。
僕の知らない外の世界を連れてきてくれる彼女が眩しかった。いつの間にかどうしようもなく惹かれたんだ。
でも、もはやそれを伝えることすらできない。まぶたが酷く重い。
最後にアメリアに会いたかった。
会って、どうか君は今のままでいて欲しいと伝えたかった。
(ああ、会いたいな――)
僕は完全に意識を手放した。
不意に意識が上昇して、僕は重い瞼を何とか持ち上げた。
見慣れたベッドの天蓋が視界に入る。そこで、自分が死の運命から逃れたのだと気付いた。
「生きてる……」
「ジョシュア!!」
「ジョシュア……良かった!」
呟けば、ベッドに人が駆け寄ってくる。
顔を顔を動かして周りを見れば、何故か父や母、兄たちまで勢揃いだった。
「父上、母上……兄上たちまで」
「ああ!もう駄目かと思ったわ……!」
母上が目にいっぱいの涙を浮かべて僕に抱き着いてくる。
体が酷く重いが、胸の苦しさは無くなっていて驚いた。
直ぐに控えていた医者が来て、僕の体を念入りに診察していく。
「しばらく寝ていたので筋力はだいぶ落ちていますが、もう危険はないでしょう。後は食事をとってゆっくりと回復するのを待つのみでございます」
そう医者が発すると、緊張の糸が緩んだかのように皆が息を吐いた。
その様子に、相当危ない状況だったのだと察することが出来た。
「僕は……助かったのですか?」
「ああ、そうだよ」
思わずそう尋ねると、父上が僕の手を握って頷く。
「お前の病気が分かったのだ」
「なっ……」
そして徐に言ったのだ。突然のその内容に、僕は言葉が出ない。
「驚くのも無理はないわね。ずっと原因不明だと言われていたのだから」
「――私が説明致します」
母上の言葉を引き継いで、医者が口を開いた。その話は驚くべきものだった。
「殿下の病気は全て、心臓からくるものでございます」
「心臓だと?」
医者曰く、この病は心臓が石のように固まるものだという。
幼い頃から徐々に動く部分が減り、20歳になるまでには止まってしまうのだとか。
その病を発病した者は、詳しくは分かっていないが、幼い頃から高熱を繰り返す。固まりそうになる心臓を熱を上げることで動かそうとしている――というのが、一番有力な説だ。しかし通常はその時点で死んでしまうため、病に気付くこと自体が難しく、解明も進んでいない。
胸が苦しくなったり脈が跳ぶようになってから気付くことが多いのだが、それを治すには特別な薬が必要となる。
そのため、薬が出来るのが先か死ぬのが先か……ということらしい。
実は前から病は判明したのだが、薬を待つ期間がどのくらいになるか分からないので秘密にしていたようだ。
そして、その薬が間に合ったことで一命を取り留めた。
「そうか……そうだったのか」
今までの熱も胸の苦しさも全て心臓から来ていたのか。しかし、今は苦しくない。ということは――?
「それでは、僕は完治したのか……?」
期待を込めて医者を見上げる。今まで絶望したことはあれど、希望を持ったことなどない。
でも、今なら許されるのではないかと思った。
そんな思いに気が付いたのか、幼い頃から僕を見てきた年老いた医者は、優しく微笑んだ。
「まだしばらく服用を続けることにはなるでしょうが、近い内に完治するでしょうな」
その言葉を聞いた瞬間、喜びで胸が張り裂けそうになり、叫び出したい衝動に駆られた。
僕はその言葉を17年間待っていたのだ。
そう思うと同時に、アメリアの顔が頭に浮かんだ。
(今すぐ彼女に会いたい。会って、彼女に想いを伝えるんだ)
死の淵にいた時に気付いた彼女への気持ち。もう二度と後悔はしたくないと今すぐにでも愛を伝えて、結婚してしまいたいとまで思う。
いや、しかし、こんなやつれた姿で会いに行ってはアメリアが酷く心配するかもしれない。
(時間は沢山あるんだ。もう少し回復してからにしよう)
一人であれこれ考えていると、周りが嫌に静かなことに気付く。
不思議に思い目を向けると、誰もが黙り込んでいる。何だか嫌な予感がした。
「父上、母上、兄上たちまで……一体どうしたというのですか?」
「実は――」
第1王子の兄上が言い辛そうに口を開いた。続く言葉を聞いた僕は、開いた口が塞がらなくなってしまったのであった。